2章-7 異形の者
坑内の空気は濃く、冷たく、淀んでいた。
洞窟から垂れ下がった女は退廃的な肉体を両腕で抱き、髪が紙垂のようになっていた。紺色の髪、褐色の肌、暗灰色の瞳、その姿はまるで蝙蝠の女王だった。
蝙蝠女は額に黄色の点を浮かべ、ぎょろりとミリスを睨みつけた。その一睨みで、ミリスは身も竦む思いだった。もし、隣にウィンジーがいなければ完全に硬直してしまっていただろう。しかし、ウィンジーがそれに怯んだ様子はなかった。
「これは、威圧の術だね」
それに、ミリスはうまく答えられなかった。全身がなんとく強張って、発声がうまくいかなかった。
それを時機と見て、蝙蝠女は咆哮した。ミリスの展開していた障壁が粉砕し、無防備な彼女が露になった。
瞬間、女は一気に距離を詰め、鋭い牙を閃かせた。一息にミリスへと迫り、ミリスは為す術なく身を構えることしかできなかった。
大きく口を開いた女は透明な壁に阻まれて間一髪のところで停止していた。女は一気に距離を取り、再び同じ位置から二人を睥睨していた。
「レイミアか」
ウィンジーは面倒そうに呟いた。
蝙蝠に見えた女は下半身が長蛇で、それで天井に張りついていた。
「じゃあ、さっきのは魅了か。女を魅了できるとは、なかなかの力だな」
「……レイミアですか?」
金縛りが弱まったミリスがいった。
「滅多に出会えない珍しい種族だよ」
会いたいとは思わないけど、ウィンジーは溜息をついた。
「……初めて見ました」
「私だって数回しか会ったことないよ」
ウィンジーは透明な障壁を可視化させて、ラミアと正面から睨みあった。
「目的はなんだ?」
「帰れ」
女は濁声を坑道内に響かせた。
「ここはお前の場所ではないぞ」
「帰れ」
「ここから去れ」
「帰れ」
「話が通じないのか。あの色惚け女は……」
ウィンジーは吐き捨てるようにいって、杖を持った右手をラミアに向けた。そのまま問答無用といわんばかりに光弾を放った。
レイミアは躰をうねらせ、それを避けた。光弾はそのまま天井に着弾し、足場を失ったレイミアは落下し、その上に岩が崩落した。
少女の死体も落石に巻きこまれ、その姿を隠した。
巻きあがった砂埃の中で、醜悪な断末魔が響いた。それをウィンジーは冷徹な眼差しで見下ろした。
そのまましばらく睨みつけていたが、岩の下から反応はなかった。
「死んだのでしょうか?」
「この程度じゃ死なないよ」
彼女の声には、まだ戦意のようなものが残っている。
「この隙に先に進もうか」
「はい」
そう答えながらも、ミリスは心残りがありそうに積みあがった岩を見つめていた。けれども、ウィンジーは全く気に留めず、闇の奥へと進んでいった。
「結局、光を食べる魔獣じゃなかったね」
「あれは魔人の類いなのですか?」
ウィンジーは苦笑した。
「あれでも人属だよ」
「…………」
ミリスは言葉を失った。
「あれほど異形の人属も珍しいけどね」
「……はい」
「他にも全身が硬い鱗に覆われたのとか、翼を持ったのとか、いろいろいるよ」
そういいながら、ウィンジーは長い耳を隠すようにフードを深く被り直した。
世界中に人属は多いが、そのほとんどがヒトを自称する種族で、その多数派からすれば残りの全てはなんらかの異形を持っている。一番異形の少ない種は矮小な躰を持つドワーフである。次点に耳のみに特徴を持つエルフがつける。ミリスの周りの人属は、異形の少ない種だっただけなのだ。
しかし、人の認識というのはそのように作られるものであるから、彼女の偏見もある意味で仕方がないものだった。
「あの……?」
「魅了ってなんですか?」
「アルチーナが傀儡を使っていたのは憶えてる?」
「あれと同じなのですか?」
「厳密には違う」
「それは、どのような?」
「表面的な効果は同じだけど、原理が異なるんだよ」
「呪いと、ですか?」
「まあね。魅了はレイミアという種が持っている固有の能力だよ」
「それは強力なのですか?」
「かなりね。さっきの金縛りも魅了の一種だよ」
「…………」
「精神支配に対して、耐性をつけておかないとね」




