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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
2章 黒墨の郷
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2章-5 冷たい暗闇

 しばらく無言のまま進んでいると、雰囲気が凛然とし始めた。ミリスはそれを敏感に感じとった。その棘の切先はミリスの喉元を狙っている。だが、それはまだ寸前のところまで迫っていない。


 ウィンジーは短杖を聖樹の杖に持ちかえた。その杖で光源を作り、それを頭上に浮かべた。光は彼女が腕を下ろしても、主の歩に合わせて前に進む。


 ウィンジーの少し後ろを歩いていたミリスはウィンジーの横に並んだ。


「ごめん。眩しかったよね」


「いえ、大丈夫です」


「そんなに気張らなくていいよ」


「はい」


 そう答えるミリスの声はまだ少し堅かった。


「あくまでも暇潰しだからね」


「お礼でしたっけ?」


「まあね。面倒だったら帰ってもいいよ」


「いえ、私もいきます」


「そう?」


 ミリスは大きく頷いた。


「ただ若い魔獣は無鉄砲なところがあるから、それだけは気をつけてね」


「判りました」


「といった傍から……」


 その言葉を終わらないうちに彼女は三重の障壁に張った。瞬間、二枚の障壁が砕け、三枚目に亀裂が入った。


「これは……」


 ミリスは驚愕しながらも咄嗟に障壁を追加した。


 ウィンジーはそれを躊躇なく内側から破砕して、純白の光弾を三発奥部に放った。


 洞窟の側壁が光の輪になって遠ざかっていく。


「まだ遠いね」


「はい」


 その光はなにも照らさないまま闇に消えていく。


「ミリス、今のを頼むよ」


「判りました」


「等間隔にね」


「はい」


 ミリスはウィンジーの隣に並んで、純白の光弾を放った。ウィンジーは頭上の照明を消す。ミリスは指示通りに四歩ごとに発射し、二人はそれを照明の代わりにして進む。


 やや経過して、始めの緊張が薄らぎ始めたそのとき、光弾がなにかを浮かびあがらせた。


「今、なにか――」


 ミリスは固唾を呑んだ。


「いいから続けて」


 ウィンジーの声はいつもより少し低かった。旅人生活が長い彼女は油断知らずである。それが致命傷であると実感していた。


「……はい」


 次の光弾で、より鮮明な輪郭が浮かびあがった。だが、その輪郭が鮮明化する直前、光弾のほうが消滅した。まだ随分と遠くだったから、見間違いかも知れない。しかし、少なくともミリスの目にはそう映ったのだ。


 それはウィンジーにも同じだった。


「これは少し不味いね」


 その言葉に、ミリスは応えられなかった。ウィンジーは彼女にとって計り知れないほど高みにいる。そのウィンジーがあからさまに警戒しているのだ。ウィンジーは確かに油断をしないが、警戒を周囲に悟られもしない。狩人は獲物が獲物として振る舞っている間は警戒しないものだからだ。


 だからといって、ミリスにできることは限られている。彼女は指示通りに次の光弾を放った。


 次の瞬間、ウィンジーはその光弾を宙で撃ち落とした。光弾の破片がミリスの驚愕した表情を浮かびあがらせる。魔法の実体は核にあり、それを寸分違わずに撃ち抜かなければ破壊することはできない。それが難しいから魔法の防御には障壁という面を使うのだ。これはミリスがウィンジーと出会う以前にセンリョクから習った魔法理論における基礎中の基礎である。しかし、目の前でその常識は自らが放った魔法と共に打ち砕かれた。


「ウィンジー様……?」


 その声は驚愕に震えていた。それをウィンジーは嗜める。


「戦闘中だよ」


 ミリスは邪念を振り払って、奥部に視線を向けた。


「もう一度撃ちましょうか?」


「やめたほうがいいかな。光を食べられている可能性がある」


「光を食べるのですか?」


「そういう魔獣もいるってこと」


「他の可能性もあるのですか?」


「さっき、私がやったでしょ」


「ああ」


 ミリスは頷いた。相手が優れた魔法使いであれば、先ほどのウィンジーのように魔法の核を的確に打ち抜いて破壊することができる。この場合の魔法使いは人属とは限らない。魔人は大抵の場合、人属よりも魔法を使い熟す。魔獣であっても知力の高い一部のものは高度な魔法を使うこともできるのだ。


 ミリスは魔法を使う魔獣と出会ったことはなかったが、仙人から話に聞いていた。しかし、そのような魔獣は稀有である。それも核を破壊するほど精密な狙撃が可能な魔獣は、この世界においてウィンジーの存在よりも稀代の存在かも知れない。


「では、敵は魔人でしょうか?」


「さあね。ただ、思っていたよりも厄介そうだ」


 だが、ミリスは少しだけ安心していた。こんな洞窟の奥に人が住み着くとは考えにくい。人属は光を頼りに生きる生物なのだ。だから、この先で人と出会うことはないだろう。


 アルチーナとの戦いで、対人戦に懲りた彼女はそう考えて、胸を撫で下ろした。

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