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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
2章 黒墨の郷
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2章-2 黒墨の郷

2023/12/14 加筆修正

 ミリスが旅にでてから、ちょうど半年が経過した日。


 一行は黒錆色のゴツゴツとした山と、その中腹に淀む白煙と白煙がはっきりと視界に納めることができた。


 黒墨の郷が靄の中から全身を露にする前に、活気ある槌音と猛る釜の熱気が、その存在を隠すことなく周囲へ知らしめていた。


 三人は招かれるまま赤い道を進んでいくと、煙の中におぼろげな人の街の輪郭が浮かびあがった。

機能だけを求めた不愛想な建物が傾斜地を切りだした土地に所狭しと並んでいる。それを丸太から大雑把な人型に削りだされた置物が囲み、混沌とした街並みを作りだしていた。


 その頭頂部から生やした紙垂を風に靡かせる丸太は祈祷の祝木と呼ばれるもので、祈祷師の呪いの祭具だった。


 その街は背後に鉄の柵に堰かれた巨大な空洞を背負い、それは月影に隠れた陽のように、暗澹たる闇を落としていた。


 それを遠目に見るだけでドウコウは早くも浮足立っていた。痩せこけていた体躯は長い旅路の間に本来の体形に戻り、ウィンジーが途中で買い与えた鉄製の鎚鉾を軽々と振り回せるようになっていた。


 ドウコウの早歩きが次第に駆足へ変わり、二人はそれを追う恰好になった。ウィンジーは文字通り空を飛んで、それを真似できないミリスは走るしかなかった。


 だが、生粋の頑強者であるドワーフにミリスが体力の面で及ぶ筈もない。ミリスが途中で息切れして、それに合わせてウィンジーは速度を落とした。結果として、二人はドウコウの後ろ姿を見失った。


 しばらく遅れて郷に到着した二人を門番は険しい表情のまま敷居を跨がせた。二人が踏み入ると、門番は後ろを取った。それに意識を向けた隙にドワーフの人垣が二人を囲った。


 ミリスは反射的に杖を呼んだ。


 急に武器を呼びだした彼女に、ドワーフの大勢が息を呑むのが判った。それは、まるで圧倒的捕食者を前にした小動物のような固結だった。


 ミリスにしても多勢に無勢。彼女は為す術なくウィンジーを窺った。けれども、彼女はフードを目深に被ったまま杖も呼ばずに棒立ちしている。それで、ミリスの緊張が一瞬だけ削がれた。それは硬直した場において大きな間隙だった。


 ミリスは硬結しきった躰に、頼りなさを覚えた。その瞬間、全員が両手をあげた。それに合わせてウィンジーまで両手をあげている。


「これは、立派な歓迎だね」


「…………」


 ミリスは言葉を失った。


 両手をあげ、大声をあげる。まるで野生動物の示威行動である。それは幼い子供を恐怖させるに十分な迫力があった。


「これが……」


 ミリスは星降の郷で歓迎を受けたばかりで、それが彼女の理解する正当な歓迎だったから、これが余計に異質に感じられるのだ。


「これが、歓迎なのですか?」


「私たちは子供を助けたでしょ。あれのお礼だよ」


「それだけですよ」


「それだけだね」


「これに総出なんて」


「ちょっと大袈裟かもね。でも、これが彼らにとっての誠意なんだよ」


「そうなのですか」


 と答えながらもミリスは釈然としなかった。だが、人垣の中に喜色満面のドウコウが大音量の中、ありがとう、と口を動かしているのを見て、これが恐喝や威嚇などではなく、本物の歓迎であることだけは理解した。


 それでも理解できないことはあった。子供を救ったらその親族に感謝されるのは理解できる。だが、それが集落をあげるほどのものなのかだろうか、という疑問だった。彼女の感性でいえば、それほど重要なことには思えなかった。少なくとも彼女が今、故郷の村に帰ったとして、ウィンジーをここまで篤く歓迎するのだろうか。彼女にはそうとは思えなかった。これには強い確信があった。


 ただ、持てなしに悪い気がする人はいない。それはミリスも同様だったが、宴に拘束されると思うと、旅の疲労が思いだされた。しかし、それは杞憂だった。二人は立派な宿屋に通され、拘束の類いは一切なかった。


 ミリスはまず上着を脱いだが、ウィンジーはそうしなかった。手荷物だけ置いて、彼女は扉に手をかけた。


「疲れてるんでしょ。ここで待ってていいよ」


「どこにいくんですか?」


「ちょっと知り合いのところまで」


「私もいきます」


 ミリスは、見知らぬ土地で一人になるのが怖かった。ミリスも荷物だけ置いて、今脱いだばかりのコートを着た。


 宿をでて、ミリスは周囲に人がいないことを確認してから小声でいった。


「あの歓迎、少し怖かったです」



「まあね。私も初めてのときは驚いたよ」


「ウィンジー様も……」


「それに、これは私のときよりも大きかったし」


「そうなんですか?」


「前にドワーフは奴隷の歴史を背負ってるという話はしたよね?」


「はい。旅にでる前に伺いました」


「だから、という接続詞が適当なんだろうけど。ドワーフの民族として奴隷に対しては敏感なんだ。判りやすくいうと、隷属からの解放は英雄の行いなんだよ」


 良くも悪くも、ね。そうウィンジーはいった。


「それを知っていたのに助けなかったのですか?」


「私は面倒事が嫌いだからね」


「本当にひどい人ですね」


「私は旅人だからね」


「旅人は免罪符ではありませんよ」


 ミリスの冷たい視線にも、ウィンジーは顔を背けたままなにも答えなかった。このままでは埒が明かないから、ミリスは話題を変える。


「それで、誰のところにいくんですか?」


 急に話が逸れて、ウィンジーは少し首を傾げた。けれども彼女はミリスが欲している内容を正確に答えた。


「ハンレイ。センリョクの弟だよ」


「…………」


「…………」


「……え?」

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