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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
序章 出会い
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序章3

2024/4/28 加筆修正

 ミリスが目を開くと、空の中央が黄土色に染まっていた。昼と夜の中間色は綺麗な色ではなかったが、その表情がミリスは好きだった。躰を起こして横を見ると、ウィンジーは背丈に似合わないほど長い杖を抱えて空を見あげている。ミリスはウィンジーの隣に移動し、同じように上を向いた。


 ウィンジーは目線をそのままに、独り言のように呟いた。


「おはよう」


「おはようございます」


「寒くなかった?」


「……いえ」


 そう答えて、ミリスは周囲が仄かに温かな色合い染まっていることに気づいた。けれども焚火や蝋燭の類いは見当たらない。目を凝らせば幽かな幕が二人を覆っているのが見えた。それは、この温もりが魔法によるものだということを示していた。


 彼女自身は魔法をほとんど扱うことはできないが、仙人が魔法を使う姿はよく見ていた。だからこそ、その小さな違和感を見過ごさなかった。そこに、魔法を使用した際に生じる一切の魔力残滓が残っていなかった。彼女の知る魔法はどのような場合でも必ず残滓が発生した。さながら、光を得るための燈火が熱は発するように。


 それが、彼女に疑問を抱かせた。


「これは、魔法ですか?」


「そうだよ」


その口調は「どうして?」と逆に問うている。


「魔力が感じられなかったもので」


「それは君が残滓を感じられなかっただけじゃないの?」


 その質問にミリスは目を見開いた。今の今まで、魔力残滓が発生するという事実を疑ったことがなかった。だから残滓を感じられなかったから、魔法に疑問を持ったのだ。


 思わずミリスは息を呑んだ。


「昔から魔力探知は得意だったので……」


 その言葉は意図していないのに尻すぼみになっていた。


「へー」


 ウィンジーの相槌が心なしか値踏みするように聞こえる。ミリスは三角に座ったまま拳を強く握った。


「その年で魔力が測れるんだね」


「そのつもりでした」


 ミリスは俯いた。これが魔法だとしたら……。小さな自信が揺らぎかけていた。


「なかなかに見込みがあるのかも知れないね」


「本当ですか?」


「魔法に興味があるの?」


「はい」


 ミリス勢いよく頷いた。


「少し試してみる?」


「お願いします」


 ウィンジーは杖を脇に置いて、両手の指をあわせた。そっと瞼を下ろし、ゆっくりと息をはいた。すると、掌と掌の中央に透明な歪みが生じる。水晶を通して世界を見たような歪曲は、ミリスにとって無としか見受けられなかった。


「どう見える?」


「…………」


「一応、見えているみたいだね」


「では、これが……」


「そう。これが魔力の塊」


「でも……」


「魔法の色については教わった?」


「はい。善意の魔法が白く、悪意の魔法が黒と教わりました」


「正確には少し違うんだけど。それは長くなるから後回しにしようか。そもそも魔法に色というけど、それは人間の魔法に対する浅い理解の象徴みたいなものだよね。魔法を視覚的に処理する上で便利だから色って概念を持ちだしてるだけなんだよね」


「本で少し、読んだことがあります」


 ミリスは内容を思いだして難しい顔をした。ウィンジーは中空に焦点を当てたまま、小さく頷いた。


「なら話が早いね」


「……はい」


「要するに。人間が魔法を視覚的に擬える結果を透明にすればいいだけ」


 簡単でしょう? 彼女の口調はそう物語っていた。ミリスは応えなかった。ただ見様見真似でウィンジーと同じ格好をした。ミリスは傍からでも判るほど両手に強く念じた。けれども、その中央に現れたのは淀みなき純白だった。


「綺麗な色だ。よく訓練しているね」


「これは白色です」


「でも純粋な色だ。ほとんどの魔法は白といいながら、少し別の色を帯びている。それが黒でないというだけで、見逃されているの」


「白が優れているのですか?」


「優劣はないよ。ただ、人間が感覚に左右され過ぎているだけ」


「それが、透明でもですか?」


「本質は変わらないよ。でも透明な色は普通見えないでしょ。だから透明な魔法も、魔法自体を見ることはできないんだ。感知されないというは大きなメリットだよ」


 そうこう説明を受けているうちに、陽は沈んで夜空へと変わっていた。空はすっかり群青色に染まり、その中で青白い点が無数に浮かんでいる。人里では決して見ることができない星の海だった。


「綺麗ですね」


 ミリスは息を呑んだ。


「今の人は空の綺麗さを忘れちゃったのさ」


「これを知らないなんて勿体ないです」


「昔はみんな夜空を見ていたものだよ」


「それは、……少し羨ましいです」


「昔はそれしかすることがなかったからね」


「これから、もっとすごいものが見られるんですよね」


「そうだよ。世界一の絶景だ」


「ウィンジー様についていったら、もっといろいろ見られますか?」


「さあね。目的のない旅だから。エルフは気紛れなんだ」


 ミリスが口を開きかけたそのとき、夜空の中心がぱっと煌めき、無数の星が一斉に弾けた。その中心から渦が巻くように広がり、ゆっくりと空を覆うように伸びていく。


「ぁぁ」


 ミリスの感嘆は声になっていなかった。しかし、その震えた吐息が彼女の感情を十二分に表現している。ウィンジーはそれを横目で見て、確かにほほえんだ。


「綺麗でしょ」


「はい」


「これが世界一の流星群、ウェルテクス流星だよ」


 ウィンジーは心なしか胸を張っているようだった。それからは沈黙の時間だった。けれども、それはもう二人にとって間隙ではなく、必然的なものだった。


 群青の空の大半を覆っていた白光が次第に細り、中心に闇が戻ってくる。すると、今まで薄れていた幾何の星が前景化していた。その瞬間、ミリスは星空を忘れていたことに気がついた。あれほど感動していたのに彼女は忘れてしまっていた。


 それについて深く考える間をウィンジーは与えなかった。


「ここからが本番」


 その言葉が終わるが早いか、渦の中心に強い光が宿っていた。それは一気に渦全体を包みこみ、周囲はまるで曙のように明るかった。ぼんやりとしていたミリスの眼が覚醒し、空の中心を確かに睨みつけるかのように真剣に見つめていた。


 瞬間、光が凝縮し、その姿は龍を描いた。


「あれは……!」


「ラードーン彗星だよ」


 それ以上の言葉は必要なかった。


 その龍は地上へ向かって大きく羽搏かせる。地上に向かって一直線に突進し、地上を睥睨する。それは、恰も空が落ちてくるかのように錯覚させた。ミリスは全身が粟立つのを感じた。それは確かに恐怖だった。ミリスは恐怖のあまり身構えるのも忘れて、ただ躰を硬直させることしかできなかった。


 空全体が龍に覆われると、それは一気に霧散した。


 ミリスは固唾を呑んで次を待った。その隣でウィンジーは立ちあがって大きく伸びをした。ミリスはそれを見あげて安心したように長い溜息をはいた。


「どうだった?」


ミリスの喉は言葉を発せなかった。


竜星が消滅しても、二人はしばらく空を見あげていた。

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