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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
1章 山麓の村
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1章-17 証

 宴会がお開きとなり、三人は浮ついた気分のまま宿屋に這入った。ウィンジーが寝かしつけるからと別れたので、ミリスは一人で先に部屋に戻っていた。


 ミリスがベッドの上で、慈しみながら石杖を磨いていると、半分も進まないうちに隣の部屋の扉が閉まる音がして、ミリスの部屋の扉が開いた。


 ウィンジーはゆっくりと開いた扉の隙間から少し朱の残った顔を覗かせた。そこでミリスと目が合い、彼女は小さな驚きを表した。


「早かったですね」


「まだ起きてたんだね。あの子も興奮したままで、苦労したよ」


「もしかして魔法を使われたのですか?」


「そうだけど?」


 なにか問題でも、といいながらウィンジーは大きな欠伸をした。ミリスは俯きがちに首を振った。彼女は杖磨きに戻った。ウィンジーはそっと扉を閉めて、


「杖に尽くすとは、良い心がけだ」


 満足そうに大きく頷いた。


「はい。この杖には命を救って頂いたので」


「そういえば、聖樹の杖を預かったままだったね」


 ウィンジーは杖を呼び、それをミリスに差しだした。だが、ミリスは石杖から目を離さなかった。


「それは受け取れません。今回のことで、私にはそれを使い熟せないと思い知りました」


「そう」


 ウィンジーはそれをどこかへ飛ばして、ミリスにほほえみかけた。


「なら、その杖に名前をつけないとね」


「……黒焔の石杖、なんてどうでしょうか?」


「いいんじゃない?」


 ウィンジーはミリスがほとんど考えなかったことを指摘しなかった。その代わり、小さな手提げ鞄を呼んで、そこから漆黒の布を取りだした。


「これを使うといいよ。魔石を磨くための布だ」


「ありがとうございます」


 ミリスは素直に受け取った。それで曇っていた黒い石を丁寧に拭いていく。その宝石はほんのりと熱を帯びている。磨くたびに、その芯に赤い光輝が覗き、それを中心として波動が鼓動のごとく打っていた。


 ミリスが磨き終えた杖をベッドの隣に寝かせ、膝を折ってウィンジーの背中に向き直った。


「あの、質問してもいいですか?」


「いいよ」


「証ってなんですか?」


「里長がいってた話?」


「そうです」


 ウィンジーは背中を向けたまま、気まずそうにしていた。


「その首に下げてるやつだよ」


 ミリスは自分の胸元にぶら下がっている木彫りを見た。鉤爪型の中に球体がある、いつ見ても不思議な装飾だ。旅にでるときに焔核石の杖と一緒にもらったもので、彼女にとっては忘れられる筈もない記念品だった。


「これは、御守ではなかったのですか?」


「間違ってないよ」


「でも……」


 ただの御守にしては、里長の反応が少し変だった。その反応よりを疑うよりも、一向にミリスと顔を合わせないウィンジーのほうが比べるまでもなく疑い易かった。


「それだけではないですよね」


「…………」


 その沈黙はもはや肯定を表していた。ミリスは間一髪空けることなく、畳みかけるように訊ねた。


「これに、どのような意味があるのですか?」


「それはね……」


 ウィンジーは逡巡したように言葉を切った。彼女は口元に手を運んで、肩を大きく上下させた。


「他人からもらったものを身につけるということは、従属を意味するんだよ」


「従属……」


 その言葉に引っかかりがない筈がない。特に人狩りを見た直後であればなおさらだ。


「それはどういう……」


「つまり、私からしたら所有の証になる」


「所有ですか」


 ミリスはどうも釈然としないようで、首を傾げた。ウィンジーは振りかえって、正面からミリスを見据えた。彼女の耳に下がっている宝石が揺れる。揺らめく紅灯に鉤の先端が鋭く煌めいた。


 ミリスは、その神妙な雰囲気に少し気圧された。


「だから、ミリスは私のものってこと」


 ウィンジーは明後日の方向を向いていた。その横顔から覗く頬は、燈火に照らされて橙色に染まっていた。


 彼女は鞄を閉じて簡素なネグリジェに着替え、ベッドに飛びこんだ。彼女は枕を抱き寄せ、顔を埋めている。


「これからも、もっと大きな街に寄ることになるけど、安易に他人からものをもらったらダメだよ」


 ミリスは返事をするのも忘れて、偃臥したウィンジーのゆっくりと膨凋している背中を呆然と眺めていた。しばらくして、静かな寝息が立ち始めた。


 ミリスは杖を布団に引き入れて、瞼を下ろした。

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