1章-12 信頼
2023/11/23 加筆/修正
ミリスはウィンジーの前にでた。いつもは早く思われるウィンジーの歩調が、今は遅く感じられた。胸ばかりが急いて、それが彼女にとって少し恥ずかしかった。
「それにしても、まだ晴れないですね」
ミリスは話題が欲しくて空を見あげた。墨のような黒雲が隙間なく上空を覆っている。彼女は落ちつかない様子だった。
「そうだね」
ウィンジーは暢気に応えた。彼女はいつもの変哲ない藜杖を持ち、ミリスの後ろを迫るでも離れるでもなく、歩いていた。
「登りはまだいいけど、砂利の下り坂は大変だね」
「そうですね」
その声も僅かに上擦っていた。
しばらく平静を装っていたが、とうとうミリスは我慢できなくなった。
「あの子は無事でしょうか」
「大丈夫じゃない?」
その声に、焦りなど寸毫も含まれていなかった。だが、そのウィンジーののんびりとした声もミリスを宥めるには足りなかった。
「そうだといいのですが……」
「本職なら商品に手をだしたりしないよ。その点だけは信頼できる」
「本職とは限らないのではないですか?」
「拠点をこんな人気のないところに構えるのは間違いなく本業だよ」
「確かに、この辺は盗賊が狙う獲物が少ないですね」
「山賊崩れの本業は、盗みだからね。こんな辺鄙なところは選ばないよ」
「確かに行商人が火山帯を通過するとは考えられませんね」
「行商人は大所帯になるほど街道を選ぶからね」
「そう、ですよね」
ミリスは少し状況を振りかえった。夜襲されたときの統率の取れた引き際、野営地の穏やかな雰囲気、整然として必要以上のものがない拠点、人繋ぎの鎖という特殊な魔具……。どれをとっても、彼らが本職である語っていた。そして、なによりウィンジーが
「なに心配はいらないさ」
というのだ。
だが、彼らが本職だとしても、一つだけ懸念が残った。
「既に売り飛ばされているなんてことは……?」
「そんなに心配性だったっけ?」
ウィンジーはミリスの顔を覗きこんだ。明らかに訝しんでいるが、それ以上の追及はなかった。
「テストゥドゥ・ウルクァニースが走り回ったせいで、あの野営地も今頃大慌てで、それどころじゃないと思うけどね」
ウィンジーはあくまでも楽天的だった。
「まあ落ちつきなよ。この辺で夜を明かして、明日の朝まで待つのが吉だ」
「はい。落ちつきます」
「夜はあいつらの拠点だ。急くと、手に入るものも手に入らないよ」
ただの荒野であれば吹き飛ばすこともできよう。だが、人助けとなれば話は別である。一帯を吹き飛ばせば、救出の対象まで消し炭にしかねない。だからこそ、慎重に進める必要があった。
――――――――――
二人は早めに就寝し、未明には起床した。どんな微かなものであっても、警戒されれば途端に野営地の防御は堅いものになる。だから、足元を照らす程度の明かりも使わずに野営地までの道を急いだ。
野営地が見えてきて、ウィンジーは声を潜めるように訊ねた。ウィンジーは初めから藜杖を手放し、赫々たる杖を持っていた。ミリスも聖樹の杖に持ち替える。ミリスは聖樹の杖のほうが手に馴染んでいた。
「作戦はどうしようか」
「陽動は必要ですよね」
「そうだね。数の差が圧倒的過ぎる」
「私が陽動をやりますか?」
「それは危険だよ。陽動作戦中に見つかったら、逃げ場が少なすぎる」
「本拠地の急襲のほうが危険ではないですか?」
「場所が判っていれば、応援にいけるでしょ」
「それはそうですが……」
ミリスはどうにも釈然としなかった。偵察に拠点防衛以上の戦力を割くとは到底思えなかったからだ。だが、ウィンジーにそういわれればミリスは返す言葉を持ちあわせていなかった。
「これ、貸しとくね」
ウィンジーが不思議な石をミリスに渡した。
「これは?」
「『伝写の魔石』。中身は開錠の魔法だよ」
「ありがとうございます」
「錠前の解析に時間かかるから、その間無防備にならないようにね」
「はい」
ミリスはなぜテストゥドゥ・ウルクァニースに使わなかったのか、と疑問に思った。だが、それを口にしなかった。そんなところに時間をかけたくなかった。
「じゃあ任せたよ」
そういうと、ウィンジーの躰はぼやけるように消えた。ミリスは、その残像に咄嗟に手を伸ばした。が、それは雲を掴むようなもので、当然掠ることもなく空を切った。そして、野営地を改めて見据えたが、不安は増すばかりだった。ミリスはじっと檻のある天幕を見つめ、大きく深呼吸をした。
そのとき、遠くのほうで狼煙があがった。
戦闘開始の合図だった。
野営地で小さな騒ぎが起こり、思惑通り三人組が野営地をでた。ミリスは岩塚の陰でそれをやり過ごし、忍び足で野営地に迫った。
すると反対方向でも火の手があがり、野営地が本格的に動き始めた。
「やるしかないですね」
そう口の中で呟いて、地面を杖でついた。




