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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
1章 山麓の村
20/90

1章-10 最後の手段

2024/5/7

 二人は鎖の両端にあたるとこを見比べた。片方は肉に食いこみ、もう片方は地面に埋まっている。どちらも楔や金具の類いを見ることはできない。仮に鍵があっても、鍵穴に差すことに苦労しそうだった。


 一人で難しい顔をしているウィンジーを後ろから覗きこんだ。


「ウィンジー様の魔法でも、この鎖を壊すことはできないのですか?」


「できなくはないけど。壊したときにテストゥドゥの足が無事である保証はできないね」


「最後の手段というわけですね」


 ミリスの表情も険しくなった。


「それにさ。今は比較的に静かにしてるけど、驚かせたら急に暴れだすかも知れないしね」


「意外です。私はてっきり討伐するものかと思っていました」


「私は狩人じゃなくて旅人だよ? 反撃はするけど、力任せは好みじゃないんだ」


 ウィンジーは気が抜けたようにいった。その言葉には殺意どころか、ある種の意気すらも感じられない。


「一番穏便な方法としては、あの野営地にある筈の鍵を取ってくることから」


 前提が推測だから気は進まないけどね。ウィンジーは顎を撫でた。対して、ミリスは即座に否定した。


「それはやめておきましょう」


「否定するんだ。賛同するものだと思っての提案だったんだけど」


 ウィンジーは本当に驚いているようだった。


「あの子は真直ぐに帰してあげたいです。それに、鍵は捨ててしまっている可能性もあります」


「そうだね。なら、戻るのはなしだね」


「他になにか方法はありますか?」


「楔を掘りだす」


「それは、なかなか難しそうですね」


 ミリスは地面を見下ろした。ミリスの腕よりも太い鎖が生えている。この巨体が暴れるのを防いでいるのだ。かなり深い位置に楔があることは間違いない。問題は、その深さが見当もつかないことだった。


「下手に掘り進めると地場が崩れるかも知れない。なにせ、この巨体だからね」


 二人はテストゥドゥの腹の下にいるが、手を伸ばしても腹には届かない。デモンウルススも巨躯の持ち主ではあったが、あれは人智の及ぶ大きさだった。だが、テストゥドゥ・ウルクァニースは到底人智の及ばない巨体だ。なにせ小さな山に匹敵するほどの大きさがあるのだ。


「試しに一つ切ってみようか。少し離れててね」


 ミリスが十分に離れると、ウィンジーは藜杖を鎖の中ほどに向けた。そこを見定めて杖先に魔力を集中する。十分に漲ると、彼女の双眸が鋭くなった。


「砕けろ」


 ウィンジーが命じた。


 鎖がギシギシと動揺し始める。それは段々と昂り、しばらくそのまま振動していたが、唐突に魔力が剥離した。的を失った魔法は残滓が破片となって宙に散る。儚く舞う残滓を他所に、鎖はなにごともなかったように静かに佇んでいた。


「まあ、そうだよね」


 彼女に落胆した様子はない。間髪入れずに再び杖に力をこめて小さく呟いた。


「爆ぜろ」


 鎖の繋ぎ目に赤黒い光の粒が現れ、刹那に弾けた。爆発音の中に金属が軋むような音が混じっていたが、煤汚れができただけだった。


 ウィンジーは無表情のまま、再び魔力をこめた。


「切れろ」


 一瞬の金切り音が鳴り、透明な破片が宙に舞った。砕けたのは魔力の斬撃だった。


 打撃、刺撃、電撃、炎撃、という物理攻撃を模したものから純粋な魔力砲撃まで試したが、結局破壊には至らない。ウィンジーは諦めたように首を振った。


「ダメだね。自己崩壊術式は完全に無効化されてる。他の魔法は、もっと出力をあげれば可能性はあるけど、副作用が大きすぎるね」


 ウィンジーは鎖の根元を見て溜息をついた。周囲の土は真黒に焦げ、灰やら塵やらが降り積もっており、いかにも丈夫そうに見えたテストゥドゥの肌にも小さな傷がついていた。


「これなら討伐したほうが早いかな」


「……、え?」


「好まないだけで、選択肢にないわけではないよ。旅人の心得、その一」


「旅人は、一所に長く逗留してはいけない」


「正解。そのためには手段は択ばない。力に訴えないというのは、あくまでも私の主義に過ぎない。そのために本分である旅人は捨てないよ。根本的に優先順位が違うんだ」


「そう、なんですね」


「そうだよ」


 その言葉が終わらないうちにウィンジーはテストゥドゥの腹に向けて杖を掲げた。背の甲羅と異なり、腹のそれは硬質な外見をしていない。貫通属性なら、ミリスも伎倆で貫けるように思われた。


「ちょっと待ってください」


 ミリスは咄嗟にウィンジーの杖の向かう先に障壁を展開した。ウィンジーは魔法を解除したが、残滴が障壁を砕いた。


「どうしたの?」


「討伐は最後の手段ですよね」


「そうだけど、もう他に手はないでしょ?」


「まだあります」


「なに?」


 ウィンジーは無垢に首を傾けた。


「さっき、破壊できないことはないっていいましたよね?」


「まあね」


「なら、破壊しましょう」


「怪我をさせることになるよ。動物にとって、それは死を意味する」


「そのあと、治療すれば良いのです」


「治癒の魔法? そんなものを教えた覚えはないけど」


「仙人様の本棚に『アニュウスの魔法論理』という本がありました」


 ウィンジーは俯いて眉間に手をあてた。それは、彼女自身がセンリョクに預けたものだった。


「治癒の魔法は禁忌なんだよ」


 その声は今までになく弱々しかった。

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