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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
1章 山麓の村
19/90

1章-9 人繋ぎの鎖

2023/11/19 表現の修正/一部改変

2024/5/5 加筆修正

 灼熱の湖を越えると、白煙の溜まり場から抜けだした。そこで二人が目にしたのは天上へと向かう煙の道だった。それは雲へと至り、暗雲と同化している。あるいは、暗雲自体がそれによって形成されているのかも知れない。


 さながら狼煙のように直上へ昇っているそれはさながら噴煙のようだったが、少しだけ違和感があった。


「思ったより火山活動が活発じゃないね」


 ウィンジーは横穴を覗きこんでいる。道中の同じような穴からは白煙が勢いよく吹きだしていた。だが、この中は冷気が籠っているだけだった。穴に手を翳すとその冷気が微風のように感じられた。


「これは小さな洞窟ですね」


「這入ってみる?」


「さすがの私でも這入れませんよ」


 岩塚地帯の地獄のような光景に対して、ここはあまりにも長閑だった。荒涼たる風景であることに違いはないが、どこにも切迫感のようなものはない。二人の会話にも緊張はなかった。


「問題はあの煙だね」


 ウィンジーは狼煙を仰ぎ見た。ここより上で煙としての実体を維持しているものはあれだけだ。


「とりあえず、確かめてみようか」


 そういって彼女は〝人の道〟から外れて煙の方角に歩き始めた。人の道も端のようで先細っていたから見た目にさほどの変化はないが、途端に足場が悪くなる。ウィンジーは藜杖を呼び、それをついた。


 険しい山路を進んでいくと遠目にも煙の元が少しずつ見えてきた。それは火口のような穴ではなく、巨大な影だった。さらに接近すると影の詳細が判然としてくる。


「なるほどね」


 ウィンジーが見たのは、巨大な甲羅とそこから手足と頭をだしている平たい動物だった。その甲羅の中央には突起のようなものがあり、そこから例の煙が立ち昇っている。


「原因はあれか」


 ウィンジーは納得したように何度か頷いた。


「あれは、魔獣ですか?」


「テストゥドゥ・ウルクァニース。通称〝歩く火山〟だよ」


「火山が歩くのですか?」


「違うよ。あれは躰の中に溜めこんだ熱を甲羅から噴出するんだ。あの黒煙ね。本当はあんなに黒くない筈なんだけど……。それって火山みたいでしょ?」


「確かに。遠くから見れば山が動いているように」


「それに、口から火も吐くんだよ」


「…………」


 ミリスは甲羅から間抜けに伸びた首を見た。テストゥドゥは根元から鼻先にかけてほとんど凹凸がない首を空に向かって伸ばし、まるで天に向かって甲羅から抜けだそうとしているようだった。


「それにしても、あの甲羅はどうして動かないのですか?」


 そういわれてウィンジーは怪訝な顔をした。


 それは首を天に向かって必死に伸ばし、息切れしては再び伸ばすということを繰りかえしている。それは動作ではあるが、あまりにもゆったりとした運動だから、意図的な運動ではなくて風で樹が揺れているような動きに見えた。どちらにせよ、歩くような素振りは見せていなかった。テストゥドゥ・ウルクァニースはその通称の通り、歩き回る習性を持っている。それにも関わらず、天に向かって首を伸ばして呻き声をあげているだけなのだ。


「確かに変だね。ちょっと確認してみようか」


 ウィンジーは杖も構えずにテストゥドゥの傍に近づいていく。


「ちょっと待ってください」


 ミリスは遅れまいと背を追った。一歩近づくにつれて温度が急激に上昇していく。ミリスは額に滲んだ汗を拭った。


 二人はテストゥドゥの足元まできたが、テストゥドゥは野生動物特有の警戒する視線を二人に向けなかった。そのままテストゥドゥの腹の下に這入っても、やはり警戒する様子はない。というよりも、そもそも二人の存在に気づいていないようだった。


 ウィンジーはテストゥドゥの足に触れ、恍惚とした表情で撫でている。


「私もテストゥドゥ・ウルクァニースに触れたのは初めてだよ」


 彼女は楽しそうだった。ミリスも真似て指先で触れた。だが、触れられたのはほんの一瞬だった。それは直接触れるにはあまりにも熱すぎたのだ。ミリスは怪訝そうにウィンジーを見た。


「あれ?」


 ミリスはなにかに気がついたようだった。


 足に僅かな筋が通っている。それだけが明らかに色合いが異なっている。ほとんどが肉に食いこんで見えにくいが、確かに鎖だった。それは地面まで続いており、楔のようなものは見当たらない。


「これは相当深いね」


 ウィンジーが鎖の埋まった土を杖でつついている。「どれだけ深いか見当もつかない」ウィンジーが屈みこんで鎖が埋まった箇所を眺めていた。


「誰がこんなことを……」


「これは『人繋ぎの鎖』だね」


「それはなんですか?」


「奴隷を繋ぐ鎖だよ。力を封じることができる」


「奴隷、ですか」


 ミリスは無意識に手首を撫でている。


「犯人は間違いなく、あの人狩りだろうね。この辺にあいつらの抜け道があって、それが邪魔だったんだろうさ」


「これは、奴隷以下の扱いです」


「テストゥドゥは歩くことで外気と体内の熱を交換するんだ。この辺は火山帯だから常に暑い。躰の許容量を超える熱を放出するための、あの煙なんだろう」


「つまり、あの鎖を切ればいいわけですね」


「そういうことになるかな。尤も、そんな簡単じゃないけどね」


 ミリスは杖先に魔力を溜め、鎖に向かって打ちこんだ。キンッと鳴り、白光が弾けた。だが鎖は無傷だった。ただ煤汚れが落ちていることだけが痕跡として残っていた。


「それはそうなるよ。魔法で壊せたら『人繋ぎ鎖』なんて呼ばれないよ。これは古代から現在まで人を拘束するのに最も確実な方法として知られているんだから」


「では、これはどのように外すのですか?」


「簡単だよ。拘束具には必ず鍵がある。それを使えばいいのさ」


「開錠の魔法ですね」


「まあね。でも、開錠の魔法はなににでも使えるわけじゃないんだ」


「試してみなければ判らないということですか?」


「そもそも錠前が足に埋まってて見えないから、このままだと試すこともできないんだけどね」


「…………」

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