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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
1章 山麓の村
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1章-7 火山と冗談と

2024/5/5 加筆修正

 火山帯に生息できる生物は少ない。特に火山活動から見て取れるほど活発なところだと、その毒性によって動物はおろか、多くの植物の生息も許されない。その結果、風景は殺伐としたものになりがちである。それは、ここ『インジェンス火山帯』もその例に漏れない。


 そこら中から差昇っている白煙を掻き分けて、二人は山路を登っていく。ウィンジーが短杖に光を燈して先を照らしているが、雲霞のような煙に阻まれて遠くまでは見通せない。


「足元に気をつけてね」


 ウィンジーが珍しく注意する。ミリスは神妙な顔で頷いたが、周囲に漂う強烈な臭いのせいでそれどころではなかった。ミリスは、その嗅ぎ慣れない臭いに、先から口元を抑えっぱなしだった。


「気になる?」


「……少し」


「まあ……、毒だからね」


「……え……」


 ミリスは咄嗟に息を止めた。ウィンジーは歩を緩めないから、ミリスもそれに続く。けれどもすぐに胸が苦しくなり、二十歩と歩かないうちに噎せるように空気を吸いこんだ。それを横目で見て、ウィンジーは鼻で笑った。


「大丈夫だよ」


「嘘だったのですか?」


「いや。この冷気の魔法に除毒の魔法をかけておいたから」


「早くいってください」


 ミリスは頬を少しだけ膨らませる。


「臭いを消す魔法もかけておくよ」


 こうして、二人は視界を除いて快適な道程を進んだ。


 砂利道の世界を越えると、塚のようになった岩が乱立している地帯に這入った。ウィンジーの背丈よりも大きな塚は、ちょっとした藪の塊のようだった。それを見て、ウィンジーが足を止めた。


「これはまずいね」


「そうですね」


 今まで視界こそ良好でなかったが、伏兵の心配はいらなかった。しかし、あの塚は大人でも屈んだら十分に身を隠すことができる。ミリスは旅の途中、ウィンジーから用心すべき点を何度も聞かされていた。そのうちの一つに「人が身を隠せるもの」というのがあった。ここには、それに該当するものが数えきれないくらいある。ミリスは右手で杖の感触を確かめた。


 だが、〝人の道〟はこの岩塚の中へ続いていた。そして、二人はこの道を辿るためにここにいるのだ。


 ミリスが横を窺うと、ウィンジーの顔がちょうど晴れるところだった。


「ま、ここまで来たんだからね」


 結局、ウィンジーが逡巡に要した時間は僅かだった。


「堂々としていればバレないでしょ」


 と、よく判らない理論を展開して岩塚地帯に踏みこんだ。こうなると、ミリスに選択肢はなかった。

しばらく進むと〝人の道〟が二つに分かれた。片方は今までの道程と同じようにしっかりとした道で、もう片方は幽かながらも意識しなければ見逃してしまうような小道だった。それを前にして、ウィンジーは寸毫も迷わずに小道を選んだ。


 いつも彼女の選択は概ね正しい。それは今回も例外でなかった。


 その先には風の通り道があり、煙が晴れていた。そこには野営地があった。あの二又にあった小道は意図的に隠されたものではなく、隠匿の不十分さによって姿を現したものだったのだ。


 例の塚に身を隠すと、薪を囲んでいる体格の良い男たちの会話が聞こえてくる。声が反響して判然としないが、少なくとも善良な市民の井戸端会議ではなかった。


 岩陰からそれを覗いて、ウィンジーは頷いた。ウィンジーが岩陰から首をだし、その後ろでミリスも同じように野営地を覗いた。しばらく様子を窺っているとウィンジーがなにかを見つけたような声をだした。そのまま岩陰から身を乗りだし、奥の天幕の隙間を睨みつけている。


「どうかしたのですか?」


「いや、なんでもない」


 明らかになにかを誤魔化すように目を泳がせている。ミリスは、もう一度目を凝らした。布の影に見えるのは、鉄の棒。それも何本も立てて、まるで檻のようになっている。その奥には、人影があった。


「あれは……」


「人狩りだね」


「ということは……」


「奴隷商にでも売り飛ばすんだろう」


「……ひどい」


 ミリスは青褪めた表情で吐露した。それを隣で聞いてウィンジーはバツの悪そうな顔をした。


「昨日の人たちは……」


「間違いなく人狩りだろうね」


「無事で良かったです」


「狙いはミリスだったんだろうけどね」


「ウィンジー様ではないのですか?」


「長いこと一人旅をしてきたけど、人狩りに狙われたことはないね」


「本当ですか?」


「……自慢じゃないけどね」


「それは、なんというか意外です」


「私には花がないからね」


「…………」


「嘘だよ。その程度の人たちには私を見つけられないだけさ」


「もう。冗談は止めてください」


 ウィンジーはいつもと変わらぬ声調で冗談をいうから判別がつきにくい。それも敵を前にして同じ調子なのだから質が悪い。これだけは、いまだにミリスも慣れる気がしなかった。


「久しぶりの二人旅だから私も浮かれているのさ」


 また冗談をいう。ミリスはわざと聞こえるように溜息をついた。


「向こうも気づいてないみたいだし、さっきの道に戻ろうか」


「……え?」


 本当に踵を返すウィンジーの手を、ミリスは咄嗟に掴んでいた。


「助けないのですか?」


「恩もないし、なにより見返りがないよね」

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