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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
1章 山麓の村
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1章-4 夜

2023/11/14 加筆修正

2024/5/4 加筆修正

 二人は火山に向かった。その山は遠目にも禿ており、ほとんど全面的に岩肌を露出させていた。あの山の周辺一帯は死んだ土地なのだろう。それは典型的な活火山の表情だった。


 森がないというのは障害物がないということでもある。それは警戒先が少ないということだ。つまり遠征に好都合である。


 一向に到着の兆しは見えなかったが、既にミリスの足取りは重くなり始めていた。


「あの、あとどれくらいかかりますか?」


「そうだね。半日ではつかないかな」


 山はすぐ傍のようにも見えるが、それは山岳のあまりの巨大さのせいであり、実際はかなり遠方に聳えている。道中の浅からぬ積雪に体力が削がれ、坦々と進むウィンジーからミリスが離されていく。ウィンジーはいつもの如く振りかえらずに訊ねた。


「休憩しようか?」


「いえ、大丈夫です」


 そういうミリスは蹌踉としている。「そっか」ウィンジーは頷いた。


「じゃあ、もう少し進もうか」


 そういいながらもウィンジーは歩幅を抑えた。進むにつれて、あからさまに雪の深度が浅くなってくる。里長のいっていた火山活動の活発化という線はあながち的外れではないようだった。


 不意にウィンジーが足元の白い花を指差した。


「見てよ。この花、枯れかけてる」


「冬だからですか?」


「これは雪の中で咲く花だよ」


「それでは……」


 ミリスは天上を見あげた。そこには相も変わらず分厚い雲があり、世界を閉塞させていた。


「そうだろうね」


 風景の変わらない退屈な道すがら二人は無言で進む。とうとう積雪がなくなって、赤褐色の土が露になった。そこからしばらく歩くとミリスは革のコートを脱いだ。彼女は襟を抓んで小さく煽っている。そこから覗く首元で大きな雫が輝いていた。もう山岳は目と鼻の先だった。


 山稜の線が地を映したように赤く染まっていた。平地から緩やかな坂に差しかかると、ウィンジーが不意に足を止めた。周囲を確認してから大きく頷いた。そして、傍の大岩を指差した。


「今夜はここで休もうか」


「……はい」


 ミリスは疲労のせいで今夜という言葉に違和感を覚えなかった。そのまま岩を背に座りこんで、すぐに寝息を立て始めた。ウィンジーは彼女に向かって『温もりの魔法』をかけた。


 直上の空は厚い雲のせいで時刻を語っていない。しかし、ウィンジーはまだ夕刻であることを知っていた。彼女はミリスを置いて、周辺を少し探索して戻ってくる。


 大切そうに石杖を抱えたままミリスは船を漕いでいる。寝息は穏やかだったが、疲労のせいか静かではなかった。


「とりあえず、今日のところは大丈夫かな」


 ウィンジーが懐中の短杖を握って念じると、どこからともなく枯れ枝が飛んできた。それを岩の上に組みあげ、それに火をつけた。


 暗碧の寒空の下、赫々たる炎が燃えあがり、ミリスの横顔を優しく照らした。ウィンジーはそこから少し離れたところで横になった。まるで陽が沈むのが当然のように、彼女は瞳を閉じた。




 コツコツコツ。岩場を叩く乾いた足音にウィンジーの意識は自然に覚醒した。薄目を開くと、弱くなった焚火の光が目に這入った。それを頼りに周囲を確認する。けれども人影は窺うことができない。まだ視界に入るほど足音の主は接近してはいないようだ。


 足音は不自然に抑えられている。夜中に忍び足を使っているというだけで友好的ではないことは判る。ウィンジーは躰を起こさずに意識の網を張り巡らせた。魔物の類いの気配ではない。


 この気配は、人間だ。それが、一つ、二つ、……。


 五人か。


 ウィンジーは外套に忍ばせた短杖を取り、それを握り締めた。弱々しかった焚火が、ぼう、と音を立てて消えた。正真正銘の暗闇が舞い降りる。


 足音がぱたりと止まった。夜襲の主も手がかりがないまま歩を進められるほど夜目が優れているわけではないようだった。


 闇夜に紛れてウィンジーがそっと躰を起こしたそのとき、唐突にミリスが立ちあがった。


「て、敵襲です!」


 震える声で叫びながら杖を大きく振りかぶった。周囲の小石が彼女の周りに集まってくる。それを、そのまま周囲に拡散した。小さな風切り音が重なって、遠くで落下音が鳴った。


 敵、ね。ウィンジーは苦笑した。


 確かに寝込みに忍び寄る相手を「敵」と断ずる気持ちは理解できる。ただ、断定は浅慮で、行動は尚早だった。牽制は時として有効だが、場合よっては火に油を注ぐ結果となる。現在の状況は後者に当てはまる。


「下手に弾を乱射したらどれかは当たるかも知れないけど、それは賢い人が取るべき戦法ではないよ」


 ウィンジーは躰を浮きあがらせた。そのまま薪の燃え滓の上に着地し、ミリスの頭上で閃光を弾けさせた。その光に、真黒な衣裳に身を包んだ人影が五つ浮かびあがった。


 その瞬間、人影が顔を覆いながら一斉に後方に跳び、距離を取った。


「相当な手練れだね、動きに迷いがない」


 それも、対人戦闘に慣れている。ウィンジーの目の温かさが消えた。彼女は短杖を懐中に隠し、右手に藜杖を呼んだ。


「初めての実戦だね。少し稽古をつけてあげるよ」


 ウィンジーは声を張った。それは相手にも聞こえるほど大きなものだった。


 土の焦げたような臭いが周囲を包んでいる。それは漠然とした焦燥感となって、地に足をついた全員を襲った。

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