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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
1章 山麓の村
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1章-2 星降の里

2024/5/3 加筆修正

 立ちどまったまま動かないミリスにウィンジーは慰めの言葉はかけない。ただ、何度目かの溜息をついて、こう訊ねた。


「で、どうするの?」


「……どうしましょう」


「宛てもなく引き受けるから……。こうなるんだよ」


 まあ、これも経験かな。ウィンジーは天を仰いだ。ミリスは振りかえって山小屋のほうに目をやった。人の目はここから窺うことはできないが、あの小屋もすっかり雪を被っているだろう。


 ゆっくりと吐いた息が目の前を昇っていく。足を踏みかえると、白面の中に水の滲んだ地面が現れる。


「それにしても、どうして仙人様は下りてこないのでしょうか?」


「善人面ばかりしてたら疲れるってことでしょ」


 ミリスはあからさまに不機嫌になって、ウィンジーを睨みつけた。ウィンジーは首を短くて一歩後じさりした。


「ごめんって」


 ウィンジーは気持ちの籠っていない謝罪をした。会釈かなにかのように頭を小さく前後に揺らしているウィンジーに呆れて、ミリスはずっと遠くに見える山岳地帯に目をやった。遠ざかるほどに雲の色が濃くなっている。心なしか雪まで灰色に見えた。


「断りに帰る?」


 それに答えはなかった。ミリスは唇を結んで少し俯いている。「あまり面倒事は持ちこまないでよ」とウィンジーはま溜息をついた。さらに何度かの溜息を重ね、不意に閃いたように目を輝かせた。


「もういっそのこと、センリョクに任せて雲隠れでもしようかな」


「ダメですよ。さっき仙人様が忙しいっていってたではないですか……」


「あんなの皮肉に決まってるでしょ」


「…………」


 強く結ばれていた筈の唇が中途に開かれて、不自然な形で固まった。それにも構わず、ウィンジーは「それで?」と答えを急かした。


 ミリスは黙したまま、救済を願うようにウィンジーを見つめた。


「まあね。この先に星降の里がある。とりあえず、そこでひと休みしながら考えようか」


「……はい」


 ミリスは小さく頷いた。


 その里は山麓の村から山岳地帯へ向かう道から少し逸れた方向にある。歩き始めると、程なくして街が見えてきた。数えられるほどだが、遠目から目印になるような大きな建物があり、それが里ではなくちょっとした街に見せていた。あれだけの規模があれば、交通の要所として十分に成立するように思われる。しかし実際には人影は疎らで、なんというか、酷く寂れていた。


「おかしいな。八十年前はもっと活気があったのに」


 ウィンジーは首を傾げた。


「それだけあれば村の一つや二つ、なくなってもおかしくないですよ」


「いや、ここは星降の里だよ。あの一大イベントからそう経ってないのに」


 やっぱりおかしい。ウィンジーは真白な肌に眉間に皴を寄せている。


「一大イベントですか?」


「ほら、星天祭だよ」


 ミリスは少し首を捻った。星空、そう考えて、あの夜のことを思いだした。あの出来事から一ヶ月近くが経過したことを思いだして、観光客が去るには十分すぎる時間だと思った。しかし、ウィンジーは隣で真剣にあれやこれやと吐露しながら思考している。


 少し考えて、ミリスは別の視点をあげてみた。


「別の名所ができたのではないですか?」


「その可能性は考えてなかった」


 適当に呟いただけだったが、意外にもウィンジーは納得したようだった。


「確かに、あの辺の山が安全に整備されれば名所になる。でも……」


 けれども彼女の思考は終わる様子を見せなかった。そうしながらも足は動いていたから、里はもう目の前まで迫っていた。


 里に這入ると、もはや廃村のような雰囲気だった。建物は外観を保っていたが、玄関口に枯葉を抱えた家が目立ち、罅割れた硝子や歪んだ戸も珍しくない。旅人どころか、住人さえ見当たらない。


「これは酷いですね」


 その惨状に、ミリスも驚きを隠せなかった。


 これは年月を経て次第に廃れたものではなく、ここ数年のうちに一気に起こったものだ。そうでなければ倒壊した建物がある筈だ。ウィンジーはそう推理した。


 ウィンジーは眼光を鋭くして建物を観察している。廃屋の街並みを一通り徘徊して満足したのか、辛うじて営業を続けているらしき酒場に這入った。明かりといえばカウンターに置かれた燭台の上に立っている短い蝋燭の一つだけだ。客は一隅で机に倒れこんだ老人の一人だけで、それも鼾を立てて眠っていたから、実質的には二人だけが客だった。


 カウンターの奥では皴だらけの服を着た男がなにやら作業をしている。


「いらっしゃい」


 男は線の入ったグラスを拭きながらいった。その声はグラスと布が奏でる音よりも小さいくらいだった。


 ウィンジーは一切の躊躇なく埃塗れのカウンターに腰かけた。


「ねえ」


「注文は?」


「訊きたいことがあるんだけど」


「ご注文は?」


「タケーセェの果汁で」


「そんなものは置いてないよ」


「なら、なんなら置いてるのさ」


 その声はあからさまに不機嫌だった。彼女は外套を頭から被ったまま頬杖をついた。


「待ちな。お嬢ちゃん、もしかしてエルフか」


 マスターの質問にウィンジーは答えなかった。マスターは短い吐息をつき、赤色の汁をコップに注いだ。その汁が高さを増すにつれて、ウィンジーの表情が緩んでいく。


「ありがと」


 礼をいうのとコップを取るのはほとんど同時だった。その勢いとは反対にウィンジーは少しだけコップを傾けた。彼女は上澄みを舐めるとフードが少し跳ねた。


「美味しい」


 そういうと、彼女は「それで」と声を潜めた。


「なにが訊きたいんだ?」


「この状況。全部」


 そうか。マスターはまたコップを拭く作業に戻った。彼は背を向けたまま、坦々と話し始めた。


「五年くらい前だったかな。向こうの山から煙が立ち昇って。……最初は一時的な火山活動だと思ったんだ。あれから早五年だよ。もうずっと煙が空を覆ったままだ」


「ふーん。そういうことね」


「ああ。星が見えなくなったら、こんな辺境に価値なんかないさ。寄ってくれるのはお嬢ちゃんのような純粋な旅人だけだよ」


「なかなかの褒め言葉だ」


 ウィンジーは満足そうに赤汁を啜る。


 ミリスもカウンターに寄った。すると粗悪な蝋の香りが鼻を刺した。それが酷く不快で、ミリスは口元を覆いながら席に腰かけた。


「移住は考えなかったの?」


「ここは俺の店だぞ。簡単には手放さないさ」


 マスターはカウンターの隅にかけられた肖像画を見た。彼の面影のある若者と同じ年頃の女、そして二人の間には赤ん坊が描かれている。それを見る彼の相貌は切なさに満ちていた。


「やってる宿はある?」


「この上が全室空いている。泊まるなら自由に使え」


「ありがと。久しぶりにタケーセェの果汁を呑めたことだし、少し調べてみるよ」


「助かるよ」


 サービスだ、マスターはもう一杯赤汁をだした。ウィンジーは珍しくはしゃいだ表情でコップを両手で持った。

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