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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
1章 山麓の村
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1章-1 旅立ち

2023/12/24 加筆修正

2024/5/3 加筆修正

 ――出立の日。


 寒空の下、厚着をしたミリスが少し離れたところから仙人小屋を眺めていた。その眼差しは淋しさの揺らめきを湛えている。彼女を歓迎するように冬の風が踊っている。冷たく乾いた風は目に少し痛い。ミリスは目尻に浮かぶ泪を指先で弾いた。


 やがて身支度を終えたウィンジーが小屋からでてきた。彼女はいつもの黒い外套を羽織り、目深に被ったフードで顔を隠していた。それはミリスが初めて出会ったときの彼女の装いと同じものだった。


 ウィンジーがでてきても、ミリスはしばらく扉を見ていた。しかし、それが開くことはなかった。少し動いても、風に揺さぶられているだけだった。


 彼女はミリスの隣までくると、彼女は少し通り過ぎたところで足を止めた。


「挨拶くらいしてくれば?」


 だが、その言葉と同時にウィンジーは歩きだした。遠ざかる足音に、ミリスはやっと一歩目を踏みだした。ミリスが相伴を願ったのだ。ウィンジーに待つ理由はない。朝霧に霞む彼女の背中が言葉よりも強くその事実を伝えていた。


 天は灰色の雲に覆われ、上空で雪がひらひらと舞っている。ミリスは杖を持つ手を重ねて、柔らかい吐息を吹きかけた。白い煙が朱に染まった手にほんのりと温もりを与えた。


「ウィンジー様は寒くないのですか?」


「まあね」


 ウィンジーは言葉通り、全く凍えるような素振りはない。手ぶらの両手で雪を受けとめる姿は、まるで雪にはしゃぐ子供のようだった。


 彼女は銀花と戯れつつも、着実に歩を進める。雪化粧をした森の中に這入ったところで、ミリスはふと疑問に思った。


「どこへ向かっているのですか?」


「私たちは旅人で、冒険者じゃないよ。目的地なんかないさ」


「では、次はどこに寄るんですか?」


「それは……」


 そこでウィンジーは言葉を区切った。少し悩んだような間ののち「内緒」と呟いた。


「先ほど、目的地はないといいましたが……」


「そうだね」


「旅に目的を持たないのですか?」


「目的ね」


「はい」


「特にないかな」


「……そうですか」


 無言を避けようと、ミリスはたびたび質問をするが、全て簡潔に切りあげられる。そうこうしているうちに山路が終わった。視界が開けて、その先に小さな集落が現れる。


 ウィンジーはそれを指に差してミリスに一瞥をくれた。


「あそこ」


「…………」


「目的地だよ」


「山麓の村ですか」


 ミリスはどこか納得したように頷いた。考えれば、山を下りるのだから取れる選択肢は限られている。そして、山越えの前に宿があるのは必然だった。


「知ってたの?」


「晴れていたら仙人小屋から見えるのです」


「いったことは?」


「ありません」


「ないんだ」


「仙人様はよく訪れていたようですけど」


「置いてかれたんだ」


「私が断ったのです」


「ふーん」


 質問をしておきながら、彼女は興味なさそうに小さな雲間から射す陽光を見あげている。そのせいで足取りが不安定で、二歩後ろを歩くミリスはひやひやしきりだった。


「ウィンジー様は杖を持って歩かないのですね」


「杖があると邪魔でしょ」


「そうですか?」


 ミリスは両手で杖を持ったまま首を傾げた。山を下ったからか、悴けていた手に間隔が戻ってきている。ミリスは杖から片手を離した。


 ウィンジーはそれを一瞥し、フンと鼻を鳴らした。


「その杖はどう?」


「いい感じです」


「そっか。良かったね」


 よろよろと歩くウィンジーに合わせてゆっくりと歩く。実のところ、石杖は試し撃ち程度に使用しただけだった。ほんの数日の使用で感覚を得られるほど、ミリスの技術はまだ熟練の域に達していない。だから本当の意味での良し悪しなどは判らない。けれども、優しい手触りといい、どことなく温かみのある色といい、ミリスは全てを肯定的に捉えたかった。ミリスは絹を撫でるような手つきで杖を摩った。


 山麓の村に近づくにつれ、粉雪に紛れて静かな喧噪が聞こえてくる。それはミリスにとって久しぶりの人の声だった。


 集落の中央を抜ける道を、ウィンジーが堂々と歩いていく。ミリスはそれに怯えながらついていく。すると、背中の丸まった老人が二人の元に寄ってきた。


「もし」


 老人はろくに開いていない目でウィンジーを見あげた。彼女はそれに気がつかなかったのか、平然と通り過ぎた。ミリスは間抜けに開いた口の中で「え」と呟くと、やっと彼女は足をとめた。


「なに?」


「旅人さん。一つ頼まれごとをしてはもらえないだろうか」


「面倒じゃない範囲でね」


「それは保証できんな」


「じゃあやめておく」


 ウィンジーは素気なく答えた。あまりの素気なさにミリスが大きく瞬きをした。本当にその場から去ろうとするウィンジーの裾を捉まえて、ミリスは耳打ちした。


「なぜ断るのですか?」


「面倒な依頼だから」


「まだ聞いてもいないのに」


「私くらいになると聞かなくても判るんだよ」


 その瞬間、ミリスの目が氷点下まで冷えこんだ。それに見つめられて、ウィンジーは身震いした。彼女は盛大な真白な溜息をつきながら、外套の襟もとを締めた。


「私は仙人様から人助けはするように、と教わっています」


「勝手にすればいいのに」


 そういいながら、ウィンジーはミリスの肩を叩いた。


「これは、あの山の主を討伐した子だよ。依頼ならこの子に頼むんだね」


「その若さで……」


 感心している老人をおいて、ウィンジーはミリスの後ろに隠れた。老人がさながら孫を相手するように褒め終えると、表情を少し引き締めた。


「空を見てくれ」


「真黒、ですね」


「もう長いことまともに晴間を見ておらん。きっと魔属の仕業だ」


 やっぱり面倒事だよ。ウィンジーは後ろ溜息をついている。


「本当は仙人様に頼もうと思っていたのだが、最近、滅法姿を見せんから」


「仙人様も忙しいのでしょう」


「以前はそれでも気にかけてくれたんだがな」


 老人は遠い目で山の中腹を見あげた。常盤色の山はすっかり白い傘を被っている。向こうは既に冬模様だった。


「それで、その魔属を討伐すれば良いのですか?」


「頼めるだろうか」


「判りました」


 それは誰から見ても安請け合いだったが、老人は救世主を前にしたかのごとく老いた目を精いっぱい輝かせていた。


 息巻いて村をでると、ウィンジーが盛大な溜息をついた。まるで冒険者みたいだよ。


 村を背にしても、また別の山岳地帯が見える。そのせいか、淡雪が少し深くなっていた。まっさらな白原に足跡で軌跡を描く。


「それで、どこに向かうのさ」


「……判りません」


 前を向いたまま、ミリスは急に足をとめた。

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