生意気神様
「うっ……。 いってぇ――」
東徹は頭を押さえながら目を覚ました――。
頭が割れるように痛い……。
それでも何とか起き上がろうと四つん這いになり両手を床につけると、薄っすらと古い木板が目に入ってきた。
「――あ? 何だ――これ?」
徹は這ったまま前を向いた――。
眼前に広がるのは大きな朱色のアーチ橋……。
徹はそのアーチ橋の路面で倒れていたのだった。
周囲は薄暗く、木製の太い両脇の高欄には等間隔にいくつも灯篭が並べられていた。
灯篭から漏れ出でる穏やかな燈は、徹の周囲だけを暖かく照らしている――。
しかし、奥の灯篭の燈は消えており、どこまで続くか分からないような深い闇で覆われていた……。
「お――俺は――一体……」
訳がわからないまま、取り敢えず前へ一歩足を踏み出す――すると、足元の木板が「......ギシリ......」と嫌な音を立てた。
「なんだ......? これ路面も木で造られてんのか?」
「……ぶっ壊れて下に落ちねーだろうな……」
そう呟きながら、後ろを振り向く――後ろもやはり暗闇で覆われている。
とりあえず、徹は前へ進むことにして、ギシギシと音を立てる木板を踏みしめながら歩き出した――。
すると、奇妙なことに――徹が先に進むと目の前の灯篭の燈が灯り始め、替わりに通り過ぎた灯篭の燈が消えていった――。
――どのくらい歩いただろうか――何も考えずにただひたすら歩き続けていくと、暗闇の奥に燈が二つ見えてきた――
「――!? うお――! やっと橋の端っこか!?」
徹は「もしかしたら、永遠に橋の上を歩き続けるのではないか……」という不安が頭を擡げていた――そんな中――目の前に見えてきた2つ灯に歓喜し、その光明目掛けて一気に走り出した。
2つの燈に近づいていくにつれ、その燈が巨大な門扉を照らし出した――燈は門扉の両脇に聳えるこれまた巨大な2つの灯篭から照らされていたものだった。
まるで巨人でも出入りしているのではないかと思うような巨大な門扉……。
高さ100メートル以上はあるだろうか――門扉の上部は薄紫の霧に覆われており正確な高さは良く分からない。
――そんな巨大すぎる門扉が徹の眼前に現れたのだった――。
「――なんだ――これは!?」
あまりの巨大さに圧倒される徹であったが、恐る恐る、門扉の下へと近づいていく。
すると、門扉の入り口に何やら人の姿があった……。
――徹はついに門扉の入口まで到着した――すると七五三のような着物を着ており、美しい桜色の髪色をしたおかっぱ頭の少女が入口の前に立っていた。
その姿はまるで市松人形のような姿であり、あまりに巨大な門扉とは不釣り合いなほどに小さい少女であった。
「……おう、やっと来おったか……」
少女はその外見とはあまりに似つかわしくない、ジジ臭い言葉遣いで徹に言った。
徹は一体ここは何処なのか、自分の身に何が起こったのか分からず、あっけに取られて立ち尽くしている――。
すると少女は「――なんじゃ――何か言ったらどうじゃ? まあ、貴様もこの後自分がどうなるのか良く分かっているはずじゃろうから、絶望で言葉が出ないもの無理もないかもしれんがのう……」と言ってニヤリと笑みを浮かべた。
(――なんだ、この人形みたいなガキは? いっちょ前に髪なんか染めやがって偉そうに……)
幼い見た目にも関わらず、桜色に髪を染め上げ尊大な態度を取る生意気な少女に対し、徹は少しムッとした。
「――おい、てめぇ! 一体ここは何処なんだ!」
徹が叫ぶと、少女は「はぁ……なんじゃ、チンピラ……」と溜息をついて呆れた表情を見せた。
「……橋を渡ってくる間にもう己の所業を忘れてしもうたか……やはり外道の頭の悪さは万国共通よのう......」
そう言って、今度は窘めるように徹に言う――
「まったく……。 冷静になって貴様があの橋の上で目を覚ます前、一体何があったか良く思い出してみぃ――」
「何があったって――?」
徹は目を閉じてしばらく考え込み、やがてハッとして目を見開いた。
「――!? そうだ、俺、死んじまったのか!?」
頭を抱えて青ざめながら叫ぶ徹――
そんな徹を横目に少女は澄ました顔をして「そうじゃ、貴様は死んだのじゃ。 生前にありとあらゆる悪行を積み重ねてな」と言ったが、徹は少女の言葉が耳に入っていないらしく、自分が死んでしまったことにショックを隠せず、その場にへたり込んでしまった。
少女は、徹のそんな姿を冷ややかな目で眺めながら言葉を続ける――
「……ふん、貴様の現世における度重なる悪行の報いで『めでたく』貴様は地獄行きに決定したのじゃ――」
「したがって、ワシが貴様を地獄へ連れてくるよう閻魔に指示されて『仕方なく』貴様が来るのを待っていたのじゃ――」
少女はそう言って、へたり込んで放心している徹の前にトコトコと近づいて行った。
「――おい、チンピラ! 人の話を聞かんか――!」
そう言って、少女は突然、徹の顔面を蹴り上げた。
「――ぶべっ――!」
言葉にならない叫び声を上げて、遥か後方へ吹き飛んでいく徹……。
少女は、徹が吹き飛んで行く様を見届けた後、再び徹の方へトコトコと歩を進めた。
「……うぅ、一体俺が何したって――」
顔を覆って、苦しそうに呻き声をあげる徹。
少女は、そんな徹の様子を一瞥して「……何おって……ふん、阿呆が――。 貴様が現世での行いを思い出さん限りは何度でも蹴り上げるぞ! 今一度貴様の人生を思い返してみろ!」と冷たく言い放った。
「俺の――人生――?」
(――ああ、なんかそう言えばくだらねぇ人生だったなぁ――)
徹は、走馬灯のように過去の出来事を思い出した――
――6歳の時に父親から窃盗を教え込まれ、スーパーの倉庫に盗んだ車を乗り入れて商品を運び出した――それからすぐに父親が逮捕され、それから二度と徹の前には現れなかった。
9歳の頃には同級生をナイフで刺して警察に補導されて、児童相談所に送られた――。
14歳の頃には路上で喧嘩に明け暮れて、暴力団に袋叩きにあった――。
――それから、麻薬に手を出して警察に逮捕された。
その後、強盗、窃盗、恐喝……あらゆる犯罪に手を染め、最終的には人を殺めてしまった。
――そして19歳の時――殺人の容疑で警察に追われている中、盗んだ車で暴走し赤信号を無視して横断歩道に侵入した――
その時、横断歩道を渡っていた母子を見た徹は急にハンドルを切った――
「――俺は――」
徹はようやく、今の状況が理解できたようだった。目の前で蔑むような眼で見ている少女に「――俺は、パトカーに追われてた時に事故って死んじまった……という事か……」と悄然とした様子で言った。
「ふん、ようやく思い出したか……。 そうじゃ――貴様は下らぬ欲望の為に散々悪行を積み重ね、その挙句、事故を起こして死亡したのじゃ! まあ、外道の最後など所詮はこんなものよ――」
「――それで、じゃ。 貴様のような外道をワシが地獄へ連れて行く指示をされたということじゃ、分かったか――!」
そう言って、少女は徹の頭を引っぱたいた。
「――痛って! このクソガキゃ、いい加減なめ腐りやがって――!!」
先ほどの憔悴していた状態とはうって変わってイキリ出す徹――矢庭に立ち上がり、少女に向かって殴りかかった――。
だが、少女は避けようともしない――そして、徹の拳がそのまま少女の顔面に容赦なく打ち付けらた!
――しかし――
――少女は何事もなかったかのように澄ました顔をして、徹を見つめている……。
「……ふん、貴様の拳など蚊ほども効かんわ……」
少女はそう言うと、徹の首を左手で締め上げ、右拳を徹の顔面に打ち付けた!
本来なら遥か後方へ吹き飛ぶほどの威力であったが、恐ろしい力で首を締めつけられているため、徹は吹き飛ぶことも出来ない。
それから、少女は途轍もない速さで右拳を徹の顔面に打ち続けた――。
「――ずっ、ずいまぜんでじだ――」
もはや原型をとどめておらず肉塊のように腫れあがった顔をした徹。
少女はようやく徹の首を絞めつけていた左手を離し、倒れ込んだ徹に侮蔑の目を向けた――そして、苦々しい顔をして呟く――
「……まったく……閻魔もどうかしておる。 このワシにこんなチンピラを押し付けるとは……。 まあ、人手不足である事は承知しておるが、何もよりによってこんな外道に任せんでも……のぅ」
そして腕を組み「うーん」と唸った。
――徹は少女に散々殴られて気絶してしまっていた――
――徹が目を覚ますと、少女は門扉の前に戻っており、何事もなかったかのように立ち尽くしていた。
「――なんなんだ、あのガキは――! おっかねぇ――」
徹は少女が恐ろしくなり、後ろを振り向いて一目散に橋に戻り逃げ始めた――!
ところが、行きは進むたびに燈が灯されていた灯篭が、帰りはもはや全て消えてしまっており、徹がいくら進んでも燈が灯されることない……。
――徹はひたすら暗闇の橋を走り続けた――
しかし、いくら走っても暗闇の橋は先が見えない。
徹は息を切らし、疲れ切って後ろを振り向いた。
――すると、巨大な門扉が目の前に聳え立っており、少女がその前に立っているではないか!
徹は確かに、踵を返して逃げ続けたはずだった。
しかし――いくら逃げても後ろを振り向けば、まるでその場にとどまっていたかのように巨大な門扉が相変わらず眼前に広がっていたのだった。
徹はようやく諦めて、門扉まで再び歩き出し少女の目の前まで来た......。
「……ふん、無駄な努力をしおって」
少女は蔑むような眼で徹を見ながら言った。
「わかった......俺が悪かった......。 もう、地獄でも何処でも連れて行ってくれ......」
徹は何もかも諦めたかのように、項垂れながら少女に言った。
すると、少女は腕を組んで徹を見て頷いた。
「――うむ、ワシもそのつもりじゃったが――実は貴様に朗報があってのう――」
「――朗報?」
徹は目を丸くして少女を見る。
「――貴様、どういう風の吹き回しか知らんが、警察から逃げている時に、横断歩道を渡っていた親子を避けたであろう――本来の貴様であれば、そのまま親子を撥ね殺していたはずだと思ったのじゃが……」
そう言って、少女は腕を腰に当てて、不思議そうな顔をした。
(先ほどまでとは違い、その顔は少女らしい可愛い表情であった)
「まあ、腐れ外道にも一寸人の心があったという事で、閻魔が貴様にチャンスを与えてやろうというと言い出してな――」
「――チャンス?」
「そうじゃ――」
「貴様はこのワシと一緒に現世へ行き、自死を希求している者の実現の阻止――」
「――つまり――自殺をしたがっている者の自殺を阻止するのじゃ――!」