降り注ぐ死の雨
本日2回目の更新です。
……………………
──降り注ぐ死の雨
ドラゴニア帝国陸軍と対峙するスターライン王国陸軍。
第13独立空中機動猟兵大隊は移動準備中で、王立機甲連隊は敵陣地から6キロメートル離れた地点で待機していた。
両者ともに動く様子はなく、スターライン王国陸軍は敵の大規模魔術攻撃に備えて塹壕を掘って伏せており、戦車もダグインして防御の姿勢を取っている。
その後方では軍団砲兵連隊が準備に入っていた。
あらゆる砲が目標を照準し、砲撃準備を整える。
砲兵は面を制圧する。
その面を制圧するための強力な兵器が投入されていた。
BM-30自走多連装ロケット砲だ。
登場は西側のMLRSと同時期に配備され、対人クラスター爆弾を装備。ロケットに装填された12連装のロケット弾1発につき72発のクラスター爆弾の子弾が散布されることになる。そして、軍団砲兵連隊は18両のBM-30自走多連装ロケット砲を装備している。
つまりは──。
BM-30自走多連装ロケット砲を装備した砲兵大隊が一斉に火を噴く。
次々に空中にロケット弾が打ち上げられ、目標地点に降り注ぐ。
18両×12発×72発。
面は制圧された。
対人クラスター爆弾によって塹壕の中の歩兵まで屠られ、瞬く間に密集していた2個連隊の兵力が蒸発する。それから砲兵のさらなる砲撃が加わり、陣地が地獄の様相を成す。塹壕は崩れ、兵士の屍が積み上がり、死臭が漂う。
そこにドーザーを装備したT-72主力戦車を先頭に王立機甲連隊が突入する。
クラスター爆弾はその不発弾の発生という副作用がある。意図的に対人地雷として散布することもあれば、意図せずして不発弾が生じる可能性もある。それ故に条約での規制も議論されてきた。今回使用されたのは対人クラスター爆弾なので装甲車に影響はない。
とは言えど、これからこの道を通ることになる軍団補給連隊のトラックにとっては大きな影響が生じる。それを防ぐためにドーザー付きの戦車で不発弾を処理するのだ。
だが、不発弾の処理とはそう簡単にいくものではない。そうであるが故に祖国の大地にクラスター爆弾を散布されたトリャスィーロは複雑な思いで今回の自走多連装ロケット砲の投入を見ていたのだ。
確かに効果的。効率よく敵が殺せる。敵は何が起きたのかすら分からない。
第77独立装甲猟兵大隊と第8独立装甲猟兵大隊からなる王立機甲連隊が道を切り開き、それに続いて王立機械化歩兵連隊が続き、そして第7山岳猟兵大隊と第9戦闘工兵大隊が続いて前進する。
最後に軍団工兵大隊が投入され、道路の整備と不発弾の処理を再度行う。
これで進軍経路は確保され、前進できるようになるのだ。
一方的に1個師団の防衛線にほぼ穴を開けられたドラゴニア帝国陸軍は何が起きたか分からず、原因究明のために軽騎兵が偵察に派遣されていた。そこで彼らが見たのは、完全に破壊された友軍の陣地と死体の山。
軽騎兵はそのまま発見されずに報告に戻ったが、司令部は本当に2個連隊もの戦力が消滅したことに驚愕した。
そして、砲兵の砲撃が降り注ぐ中、王立機甲連隊が敵前線を突破し後方に機動を開始する。1週間は補給なしで行動できるように準備された王立機甲連隊は戦線後方の司令部を食い荒らし、敵の指揮系統に打撃を与える。
司令部の壊滅と降り注ぐ砲弾。前線が崩壊するには十分な要素だった。
前線は連隊規模では整った撤退が行われ、大隊単位では壊走と相成った。
帝国議会はまたしても敗北責任で紛糾し、軍主力は交通の要衝リヴァーリに続く峠を封鎖。この状況で東部方面軍司令官が更迭され、新たに東部方面軍司令官にアソン・ツー・ニクス上級大将が任命される。
だが、軍部にとってこれは機会だった。
先の使節団の派遣では国家全体戦線党のバールによって成立しなかった軍同士の交渉が成立する機会がやってきたのだ。
アソンは軍使をスターライン王国に派遣し、話し合いを始めた。
内容は即時停戦と非武装地帯の設置。それ以外は捕虜の交換だけが盛り込まれているだけで、スターライン王国を属国化する意図はなかった。
スターライン王国側は話し合いの末に要求を受け入れることを表明。
こうして一時的な停戦と非武装地帯が設置された。もっとも非武装地帯は130ミリ榴弾砲やBM-30自走多連装ロケット砲ならば敵を射程内に収めていたが。
国家全体戦線党は軍部が勝手に交渉を行なったことについて陸軍最高司令官リスタ・ツー・サンチーロン元帥の責任を追及したが、皇帝エムリスの命により、この交渉は実行されることになった。
ここに来て国家全体戦線党は弱体化の兆しを見せていたのだ。
というのも軍部が帝国商人が襲撃されたのは武装衛兵隊の自作自演であるとの発表を公式に行なったからである。憲兵の調査によって、武装衛兵隊の関係者が摘発された。だが、国家全体戦線党は武装衛兵隊の関係者を即座に解放させた。
これで戦争の開戦理由が嘘偽りだと分かったドラゴニア帝国臣民はスターライン王国での犠牲を国家全体戦線党による犠牲だと思うようになり、彼らの支持率は低下したのだ。だが、依然として盤石な支持層を持っている国家全体戦線党は多少の力の低下はあったと言えど、未だに強い発言力を有していた。
だが、もう皇帝に歯向かうほどの力はない。
軍部主導で行われた捕虜交換は実現し、両国の捕虜がそれぞれの国に帰っていった。
過酷な鉱山労働に従事させられていたスターライン王国の捕虜は疲弊した様子で戻ってきて、家族と再会すると涙を流して喜びあった。彼らは実に3年ぶりに家族と再会したということになる。それも落盤や有毒ガスの発生の危険がある鉱山労働に従事させられて、そのまま希望もない状態での3年だ。
一方のドラゴニア帝国側では異なった反応が示されていた。
捕虜のほとんどが軍への協力に否定的だったのだ。
彼らから情報を聞き出そうとした軍情報部関係者は困惑していた。彼らは国家全体戦線党を批判し、軍部を批判し、皇帝を批判した。一部の返還された捕虜は協力しているように見えたが、嘘偽りを述べていることに軍情報部は気づいた。
そう、思想教育の結果だ。
ドラゴニア帝国に返還された捕虜が情報源や戦力にならないように、スターライン王国は捕虜に対して思想教育を行なったのだ。
捕虜たちは国家全体戦線党と軍部、皇帝にあまりにも批判的だったが故に家族とも再会することを許されず、今度は友軍の捕虜収容所に放り込まれた。
軍部はこの捕虜交換でしてやられたという雰囲気が流れ、国家全体戦線党は帝国陸軍を批判する声を強め、即時停戦破棄を要求する。
そして、交通の要所リヴァーリに繋がるサルイ峠の永久要塞化が完了すると、ますます停戦破棄を求める声が高まる。
そんな中、陸軍参謀本部はリスタを中心に話し合いを始めていた。
……………………
本日の更新はこれで終了です。
では、面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!