軍事演習をご覧に入れましょう
本日1回目の更新です。
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──軍事演習をご覧に入れましょう
バールとトーリニアは軍事演習が行われる国境都市フォボスの郊外に向かった。
その時乗った車というものも驚異的だった。
馬車よりもはるかに速く、そして安定している。
トーリニアが聞けば偵察や連絡用に使われているものだという。これならば確かに偵察に向くだろう。素早く敵の陣地を観察し、戻る。そして、空からもあの戦闘機という目があるのだ。
「では、こちらへどうぞ」
引き続きユースの案内で、バールとトーリニアのふたりは演習場に案内される。
「ふむ? 塹壕陣地を掘るぐらいの知恵はあるようだな」
訓練は防御から攻撃というスケジュールで行われるようで最初に塹壕陣地に兵力が展開していく。流石は魔術の栄えていた国なだけあって、塹壕陣地は頑丈に作られている。だが、トーリニアはそこで奇妙なものを見つけた。
「あれは?」
「銃という武器です」
トーリニアにユースはそれだけしか答えなかった。
だが、次の瞬間、その威力が明らかになった。
けたたましい銃声が響き、遠くの鎧を纏った藁人形が一瞬で破壊される。
「な、なあっ!? アニング少将! わ、我が軍のマスケットは……」
「残念ですが、同じことは不可能です」
後装式ライフルならばもっと装填速度を早くできるとは聞いていたが、今の帝国の冶金技術ではガス漏れに対応できず、難しいという話だった。だが、東方の民はその問題を解決したどころか、連射が可能なようにしたのだ。
まだ理解の及ぶ範囲だ。敵は後装式ライフルを使っている。ライフリングについても帝国の造兵廠では検討されている。今のところは装填速度が遅くなり、かつ銃身が分厚く重くなるとのことだったが。
だが、これだけで帝国の正規歩兵師団をいくつも撃破したはずがない。何が出てくる? 次はなんだ? 我々は何と戦った?
そうトーリニアが思った次の瞬間、敵陣地として想定されている塹壕とバンカーが吹き飛んだ。短い間隔で何発もの砲弾が降り注ぎ、敵陣地が制圧されていく。
「だ、大規模魔術攻撃か。これならば知っているぞ」
いいや。違うなとトーリニアは思う。大規模魔術攻撃はここまで攻撃間隔は短くないし、何よりここまでの精密さはない。敵が大量の魔術師を動員しているならまだしも、イーデンたちの証言では、彼らは魔術を既に重視していないのだ。
だとすれば、今目の前で繰り広げられているものはなんだ?
「これはもしや砲撃だろうか?」
「その通りです。榴弾砲による砲撃です」
大砲も長射程化すれば敵陣地を直接射撃するのではなく、大規模魔術攻撃のように間接射撃することが可能だと聞いていたが、まさか実用化しているとは。
これについてはどれほどの技術が必要なのか見当もつかない。
だが、これは大規模魔術攻撃と同じように塹壕陣地を強化すれば乗り切れるはずだ。技術は分からずとも対抗策は分かる。
砲撃が進む中、さらに衝撃的なものが姿を見せた。
「戦車か」
戦車と小さな戦車。
小さな戦車の方はなんと人が乗り込めるらしく、兵士たちが乗り込んでいく。
「あれも戦車なのか?」
「厳密には歩兵戦闘車と言います。歩兵を装甲で守り、敵陣地を突破するのです」
「ふむ」
歩兵を戦車のような装甲化された兵器で守り、進む。
これではマスケットがいくらあっても無駄だ。大砲も役立たずだ。
そして、これはドラゴニア帝国には再現不可能な技術だ。
バールも流石にそれに気づいたのか、顔を青ざめさせている。ドラゴニア帝国の危機に国家全体戦線党も無能な人間を送ってくれたものだとトーリニアは思う。もっとも、自分にしたところで、どこまで正確な情報を持ち帰り対策を立てる役に立てるか分からないがと彼は自嘲した。
戦車と歩兵戦闘車が進む中、上空からバンカーに向けて航空爆弾が投下される。戦闘機が上空を通過していくのが見えた。
あんな高空から攻撃できるとなると、ますます打つ手なしだ。それにバンカーすら破壊してしまうとは。精密かつ強力。こうなると司令部は真っ先に潰されてしまうとトーリニアはそれを恐れた。
演習は砲爆撃で制圧した敵地を歩兵が制圧することで終了した。
「いかがでしたかな?」
ユースはバールとトーリニアたちに尋ねる。
「ふ、ふん。蛮族にしては努力したようだな。だが、所詮は東方の民から買った借り物の技術。真の技術を持つドラゴニア帝国の敵ではない」
「バール殿、現実を見ましょう。戦いは避けるべきです」
少なくとも今戦って勝てる相手ではない。
戦車の砲撃、榴弾砲の砲撃、戦闘機の爆撃。敵の火力は帝国の数十年は先を行っている。いや百年以上か? 数十年経って追いつけるというものでもないだろう。それほどまでの相手と戦うなど無謀すぎる。
「何を弱気なことを! このような蛮地の小国程度、ドラゴニア帝国が本気になれば踏みにじってくれるわ! ちょっとした兵器のアドバンテージ程度ではどうにもならぬことを思い知ることになるぞ! この程度──」
「今日はありがとうございました、ユース殿」
興奮するバールを黙らせ、トーリニアがユースに礼を言う。
「交渉は明日から再開ということでよろしいでしょうか?」
「ええ。是非とも」
なんとしても両国の衝突は避けなければ。さもなければドラゴニア帝国は破滅だ。
それから時間稼ぎだ。バールに本来の目的を思い出させなければ。
少しだけトーリニアにはスターライン王国の弱点を垣間見ていた。
それは数が少ないということ。
確かに技術的アドバンテージは圧倒的にスターライン王国にあるが、彼らは質を誇っても、数は誇らなかった。数で圧倒して見せるということはしなかった。戦闘機も飛んでいたのは2機から4機程度。戦車の数もそう多くはない。
つまり、こちらが大軍勢で攻撃を仕掛ければスターライン王国の対応能力はパンクするかもしれないということ。
かもしれない、だ。確実ではない。
スターライン王国の有する兵器は数を揃えるまでもなく強力なのかもしれない。実際にドラゴニア帝国が多くの兵士たちを失った。
だが、敵が魔術ではなく、限りある武器で戦うならばいつかは弾が尽き、燃料が尽きる。そこがつけ入る隙だ。
このことはなんとしても参謀本部に報告しなければならないとトーリニアは決意した。
属領から兵力を根こそぎ引き抜き、敵に叩きつける。勝利のビジョンはその先にしか見えない。それほどまでにスターライン王国とドラゴニア帝国の軍事技術の格差は広がってしまっていた。
大量の人間が死ぬだろう。帝国は大きく衰退するだろう。スターライン王国と戦うのであれば。だが、戦いを避ければ、希望が見えてくる。
しかし、東方の技術を以てすれば、我々の大地まで侵略可能なのではないか? それとも東方は同じ東方の民同士で殺し合い、そのことで戦争に関する技術を発展させてきたのだろうか?
いずれにせよ、東方の民もスターライン王国も侮ってはならない。
だが、国家全体戦線党はこの事実を認めようとはしないだろうと思うとトーリニアは頭痛がするのを感じた。
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