帝国は横暴です
本日2回目の更新です。
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──帝国は横暴です
「まず戦死者の即時賠償と捕虜の返還を要求したい」
案の定、バールは傲慢なドラゴニア帝国特使として振る舞った。
「侵攻してきたのはそちらでしょう。ですが、我々はそちらへの賠償も行わなければ、こちらへの賠償も求めない。我々が求めるのは停戦と講和、そして両国が二度と戦わないという不可侵条約への同意だけです」
バールが言うのにユースがそう返した。
「はん。蛮族風情が一度帝国に勝ったからといって調子に乗りおって」
「ドリコデイルス侯。何の成果も上げないまま帝国に戻られるおつもりか?」
「何を言う、アニング少将。私は外交官としての務めを……」
バールがむっとしてそう返す。
「捕虜の交換を行いませんか? 我々は貴国の捕虜を収容しています。それを返還するので、そちらも捕虜の返還を」
「悪くない提案ですが、特使殿は納得されるので?」
トーリニアが尋ねるのに、ユースがバールの方を見る。
「アニング少将。こちらから下手に出てどうするのだ」
「我々は捕虜の交換が必要だと信じています」
「だが、そういうことは相手から引き出すものだ」
小声でトーリニアとバールがやり取りする。
「おほん。我が方としては捕虜のそちらからの返還が約束されるのならば、拘留中の捕虜について返還することを提案してもいい。我らがドラゴニア帝国は寛大だ。相手が蛮族であろうとも、捕虜を保護している」
実際は鉱山労働などで死亡させたりしているが、とトーリニアは思う。
まさかドラゴニア帝国が捕虜の交換を行う事態になるなど誰も予想していなかったのだ。捕虜を、返還の要求が必要なほど取られる。それもそれを取り返す術はない。そのような事態にドラゴニア帝国が陥るなど誰が予想しただろうか。
ついこの間までは南東の森林地帯で戦闘を行なっていたというのに。
どうして一瞬にしてここまで状況が悪化したのだろうかとトーリニアは頭を抱えたくなってくる。それと同時になんとしても捕虜を返還してもらい、スターライン王国の使っている武器について知らねばと思う。
「それでは捕虜の交換を。そして、ここはお互いに賠償請求権は放棄すべきだと思いますが、どうでしょうか?」
「いいや。我が方の軍を殺傷したことについては謝罪と賠償を求める」
バールが強気なのにトーリニアが割って入る。
「請求権の放棄については検討しよう」
「アニング少将! 特使は私だ! 余計なことを言わないでほしい!」
「ですが、我々は戦闘に負けたのです」
「たった一度だ」
バールはスターライン王国の戦闘と一括りにしているが、その中でも何度も戦闘は行われており、帝国は緒戦は勝利したものの、数ヵ月前からのスターライン王国の猛攻によって何度も敗れたのだ。
そのことをバールは理解できていない。
「請求権については後々話し合うとしよう。その時貴国が残っていれば、の話だが」
バールはまだ勝利できると思っている。
トーリニアは現実を受け入れつつある。今のままではスターライン王国には勝てないと。だが、敵の弱点を探り、そこを狙うことはできるはずだ。そして、敵の弱点を知るためには相手を油断させなければならない。
高圧的に出続ければ、相手は警戒を強めるだけだ。
「それでは不可侵条約についてですが」
「我々は貴国に決断を迫る。我々の友好国となるのか、それとも我々の属領となるのか。どちらかひとつだ。選びたまえ」
「友好国というのは言葉のまま受け取っても?」
「もちろん、友好国は友好国だ。我が国の商人に対する免税と優遇措置、我が軍の駐留などを認めてもらう」
バールがそう言うのに、ユースは非常に困った表情をした。
「それで我が国に何のメリットが?」
「大国であるドラゴニア帝国の友好国となるのだ。その地位は約束されたも同然ではないか。貴国は侵略にもう怯えずともいいのだ」
バールがあまりにも自信満々に言うものだから、思わずユースも動揺してしまった。
「貴国が戦争に巻き込まれたときは?」
「もちろん、そちらからも兵を出してもらう。持ちつ持たれつだ」
「商人への優遇措置というのは?」
「我が国の商人の販売する価格より値段を下げてはならない。我が国からは属領から集まった優れた品が揃ってる。恐らくはどれも貴国にはないものだろう。それらが手に入るのだ。優遇措置ぐらいは認めてもらわなくては」
「これは事実上の属領になるのと同じでは?」
「属領民と違い、三等市民としての権利を与える」
三等市民は二等市民、一等市民に危害を加えられても裁判に訴えることはできない。その代わり、帝国で奴隷のように扱われている属領民よりも人としての権利がある。
「残念ですが、それではどちらもお断りするしかありません」
「いいや。選んでもらう。さもなければ、今度こそ貴国は滅ぶことになるぞ」
そこでトーリニアが割って入る。
「まずは貴国の軍事力を見せてもらいたい。我々は貴国について知らないことが多過ぎて、そのせいで交渉が上手く進まないのだと考える。一度貴国の軍事力や経済力を見せてもらえば、より有益な交渉ができると思うのだがどうだろうか?」
「アニング少将! 出過ぎたことを!」
「必要です。我々はまず彼らについて知るべきです」
「むむむ。いいだろう。許可する」
バールも本国から軍の再編成が済むまで時間を稼げとの命令を受けている。ここでトーリニアがいうように彼らの力を見て、時間を稼ぐことも重要だろう。
だが、所詮は蛮族。大したことはない。バールはそう考えていた。
「お願いできるだろうか、ディオネ殿」
「ええ。我が国としても相互理解は重要だと考えております。可能な限り軍についてお見せしましょう。軍部と相談せねばなりませんが」
「いくらでも待とう」
「それでは、今日はここで。宿泊施設の方にご案内いたします」
使節団は国境都市フォボスの宿泊施設に案内された。
「ふん。帝国に比べれば馬小屋のようだ」
「ですが、彼らの軍事力は恐らく本物です。あまり居丈高な交渉は帝国にとって不幸な結果を招くでしょう。その点に注意なされてください」
「貴公はあの大砲を弾くという戦車という兵器の性能について信じたのか。なんと愚かな。あんなものが城壁すら破壊できるという大砲より強いはずがあるまい。貴公は異国の土地でナイーブになっているだけだ」
「そうだといいのですが」
そうだとしてあの戦闘機についてはどう説明する。あれは間違いなくドラゴニア帝国の飛竜騎兵より速い。あれと戦えば飛竜騎兵など一瞬で殲滅されてしまうはずだ。それにどう対応すればいい?
最良なのはスターライン王国とは戦わないことだ。少なくとも今は。
技術的格差が大きすぎる。東方の民から購入したと言ったが、東方とはそこまで発展しているというのか。
技術格差が大きすぎて、トーリニアですら理解が及ばない。まして国家全体戦線党という帝国こそが世界を統べる国家であると自称する政党では、彼らの政治理念からして受け入れようとはせず、バールのように現実逃避するだろう。
だが、ドラゴニア帝国軍部は理性と知性の牙城。判断を誤ってはならない。今、まさにトーリニアの理性と知性が試されているのだ。
気圧されるだけで終わるな。弱点を見つけろ。
トーリニアはそう言い聞かせてベッドに入ったが、その日は眠れなかった。
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