挑発行為
本日1回目の更新です。
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──挑発行為
増槽を付けた状態ならば王都テルスがMiG-29戦闘機の作戦圏内に入った。
ここでちょっとしたパーティーをやろうと鮫浦とトリャスィーロは企んだ。
「挑発、ですか?」
珍しく迷彩服を脱いで、ドレス姿のシャリアーデを前に鮫浦とトリャスィーロが跪いて、作戦について語った。
シャリアーデがドレス姿だったのは、新たに解放した都市ネレイドで王国臣民たちに志願を訴えたからだった。やはり現地の住民には迷彩服は地味に映るのか、シャリアーデは場合に応じて、ドレスと迷彩服を使い分けていた。
民間人の臣民の前ではドレス。兵士となった臣民の前では迷彩服。
兵士は迷彩服の価値を理解している。これが自分たちを守ってくれることをちゃんと理解しているのである。
「はい。王都テルス上空を戦闘機にて飛行します。爆撃などはなしです。ただ、迎撃に上がってきた飛竜騎兵は撃墜してもよいかと」
「ふむ。敵に我々の手が届くことを思い知らせるのですね?」
「その通りです」
シャリアーデは頭の中で計算する。
今のところ、ドラゴニア帝国軍にMiG-29戦闘機を撃墜する能力はない。どのような手段を使っても、戦闘状態にある戦闘機を破壊することはできない。貴重な戦闘機とパイロットが失われることはないだろう。
爆撃がないのであれば臣民が傷つく心配はしなくともいい。もっとも、ドラゴニア帝国がこの挑発行為を前にどのような行動を取るかは想像できないが。もしかすると、何かしらの対抗手段として臣民に対する暴力行為に訴えるかもしれない。
それでも今の王都テルスは静かすぎる。抵抗運動が南東部まで後退したことで、王都テルスの臣民たちは戦う意欲を失っている。このままではドラゴニア帝国による占領の既成事実ができてしまう。
この挑発行為で王都テルスにちょっとした混乱を呼び込めればそれは防げるかもしれない。もちろん、その時に臣民が傷つかないという保証はない。これまでずっとそんな保証はなかったのだ。
「許可します。王都テルスにて敵飛竜騎兵を撃墜してきてください」
「畏まりました、陛下」
こうして作戦にゴーサインが出た。
増槽を付けたMiG-29戦闘機──アーチャー編隊とバーサーカー編隊がハーサンたちの整備した航空基地から離陸していく。その戦闘機の雄々しい様子をハーサンたちは期待に満ちた様子で見上げていた。
流石に王都テルスまでは野戦レーダーの索敵圏外となるので、MiG-29戦闘機自身のレーダーが使用されることにある。この点はイスラエル製の近代改修化キットが適用されているのが幸いした。
西側のレーダーに換装されていることで索敵範囲は非常に広域に及んでいる。
『アーチャー・リードより各機。“展示飛行”の準備に入れ』
『ウィルコ』
アーチャー編隊は低空を飛行し王都テルス上空に進入する。そこで一気にアフターバーナーを吹かして加速。轟音が天空から地上に響き渡る。
「な、なんだっ!?」
「あれは飛竜騎兵、じゃないな……」
王都テルスの市民たちが上空を見上げる。
当然、市民が気づいたものにドラゴニア帝国陸軍が気づかないこともなく、既に展開を終えていた第603飛竜騎兵旅団から迎撃に1個中隊が上がる。
『敵のトカゲが上がってきたぞ。よく見える位置で落とせ。ただし、流れ弾が民家に当たらないように用心しろ』
アーチャー編隊とバーサーカー編隊は散開し、飛竜騎兵の迎撃に当たる。
この時点でようやく報告が王城にいる東部征伐軍司令官ヴァルカの下に上がってきた。通信兵は息を切らせて、王城の執務室で呆然と上空を飛行するMiG-29戦闘機を見つめるヴァルカの下に走ってきた。
「報告しますっ! 敵航空戦力6機が都市テルス上空に侵入! 直ちに第603飛竜騎兵旅団が迎撃に上がりました!」
「いかん! それが奴らの目的だ! 上がった飛竜騎兵を全て引き返させろ!」
だが、既に90体に及ぶ飛竜騎兵はMiG-29戦闘機と交戦状態にあった。
圧倒的劣勢の状態で。
「畜生! またやられた!」
「後ろに──」
1体、2体、3体と飛竜騎兵がばたばたと撃墜されてゆく。
「見ろ。ドラゴニア帝国の飛竜騎兵が撃墜されている」
「あれは……まさか王都を脱出されたというシャリアーデ様の軍?」
無敵と思われた飛竜騎兵が一方的に撃墜されていく様子は、王都テルスの住民に強い印象を与えた。すなわち、ドラゴニア帝国軍とて無敵ではないという印象を。
ようやく、撤退を指示する発煙矢が上がり、飛竜騎兵たちが逃げるように撤退していく。トリャスィーロたちの操るMiG-29戦闘機は王都上空を一周すると、元来た航空基地へと戻っていった。
『アーチャー・リードよりコントロール。RTB』
『コントロール、了解。展示飛行はどうでした、中佐?』
『大成功だ』
今回のMiG-29戦闘機の侵入と、飛竜騎兵に対する一方的な攻撃は王都テルスの住民を動かした。彼らはドラゴニア帝国軍に対する抵抗運動を決意したのだ。
これまで王都テルスの住民たちはドラゴニア帝国の見事な軍略によって自分たちの軍が一方的に撃破されたことから、ドラゴニア帝国を『無敵』と考え、抵抗を諦めていた。彼らの進める同化政策も受け入れており、公用語をドラゴニア帝国の言語に合わせていた。子供たちにもドラゴニア帝国の言語を学ぶように促した。
だが、今回のあれは、あの航空戦力の圧倒的力は王都テルスの人間に『ドラゴニア帝国も無敵などではない』と教えた。ドラゴニア帝国は一見して無敵に見えるが、本当は倒せるんだということを教えた。
王都テルスの住民たちは子供たちにドラゴニア帝国の言語を教えるのを止め、自分たちもスターライン王国の言語で喋り、書き、それを公用語だとして訴えた。
これが小グループの反抗ならば、ドラゴニア帝国陸軍の野戦憲兵が厳しく取り締まっただろう。だが、規模は大きく、今や懲罰部隊を含めて全軍を南東から北上してくるスターライン王国抵抗運動の迎撃に当てなければならないドラゴニア帝国陸軍には、そのようなものを取り締まる余裕はなかった。
「どうにかしていただきたい、ダコタ上級大将!」
そういうのはサダム・ツー・ベルニサール執政官である。
属州省から派遣されてきた執政官で、今のスターライン王国の統治を担っている人物だ。彼は下から上げられてきた“反帝国的活動”について、それを取り締まるようにとヴァルカに訴えていた。
「残念ながら今の帝国陸軍に余剰戦力はない。そもそも貴公が無理な同化政策など推し進めようとするから反発が起きたのでは?」
「国家全体戦線党が決定した政策を批判なさるか!」
「では、貴公は皇帝陛下が任命なされた陸軍最高司令官からの命令を無視なさるか!」
凄まじい剣幕でヴァルカが叫ぶのに、サダムが押される。
「と、とにかく、反帝国的運動を取り締まってほしい」
「無理だ。そちらの治安部隊で対処されたし」
そう言ってヴァルカは出口の扉を指さす。
サダムは低く唸ると、ヴァルカの執務室を出ていった。
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