責任の所在
本日2回目の更新です。
……………………
──責任の所在
スターライン王国抵抗運動が都市ネレイドまで前進したのに、ドラゴニア帝国は揺れていた。一度は南東の森まで追い詰めたスターライン王国の残党が盛り返し、ドラゴニア帝国陸軍地上軍6個師団、航空戦力2個師団を壊滅に追い込んだというのだ。
既に第10歩兵師団師団長のシリナ・ツー・マークグラフ中将は軍法会議の末に少将に降格の上、予備役に編入されている。第21、第35、第29、第16、第90歩兵師団においては師団長が捕虜になるか、殺害されているため責任の問いようがない。
となると責任を問われるのは東部征伐軍司令官ヴァルカのように思われるが、ドラゴニア帝国議会はそのことで紛糾していた。
与党にして、極右政党の国家全体戦線党はこれを機に、党の方針に常に批判的な陸軍最高司令官リスタ・ツー・サンチーロンの更迭を狙っていたのである。
リスタが現在の地位にあるのはひとえに皇帝であるエムリル・ツー・ドラゴニアの意向である。暴走を続ける国家全体戦線党を抑えるために、皇帝エムリルは陸軍最高司令官にリスタを任命したのである。前々から陸海軍最高司令官の任命権と陸海軍の人事権は帝国議会ではなく、皇帝にあった。
「お聞かせ願いたい! たかが東方の蛮族程度にどうしてドラゴニア帝国陸軍はかのような大損害を出しているのか、と!」
国家全体戦線党党首ヒルニアル・ツー・アルバレスは帝国議会において陸軍最高司令官の席に座っているリスタに向けて叫ぶ。
ヒルニアルは元々は下級貴族の出自だったが、口だけはよく回る男で、国家全体戦線党に入党すると帝国臣民に戦争による帝国の拡大こそ帝国の利益になると説き、その過激さ故に党首となり、ついには国家全体戦線党を与党に押し上げた。
実際にドラゴニア帝国軍が勝利したことで、ヒルニアルの占領政策がスタートし、占領地の植民地化により莫大な利益が上がってきたことで、帝国臣民はますます侵略戦争に熱狂した。そして、次々に侵略戦争が繰り広げられ、帝国の版図は拡大した。
利益は確かに上がっていたが、戦線は拡大に拡大を続け、軍事費も膨大なものとなっていった。どこかで歯車が狂えば、帝国は破滅に道を一気に転げ落ちることになる。
これを危惧した皇帝エムリルは陸軍最高司令官にリスタを任命。彼に戦線を整理させ、侵略戦争のペースも低下させた。いや、実質リスタが陸軍最高司令官に任命されてからはほぼ侵略戦争は行われなくなった。
これまで占領地への植民や富の略奪で経済の歯車を回していた国家全体戦線党はこの事態に困窮し、リスタに何度も戦争を迫ったが、リスタは断り続けた。
帝国臣民の怒りが自分たちに向くのに国家全体戦線党はスターライン王国からの攻撃を党の私兵である武装衛兵隊によって自作自演し、リスタに報復戦争を迫った。
リスタも攻撃があったのではとスターライン王国との戦争に同意し、陸軍参謀本部が計画を策定し、一気にスターライン王国に攻め込んだ。
戦争は瞬く間にスターライン王国を飲み込み、残る敵は南東部のゲリラ程度と思われていた。それも民間人をそのまま兵士にしただけの質の悪いゲリラだと思われていた。
確かに森林部での軍事作戦は難しいが、第2親衛突撃師団と第601飛竜騎兵師団という戦力があれば、蹴散らすことは容易いはずだった。
だが、最初の不穏な兆候──第2親衛突撃師団の壊滅からはあっという間だった。
第601、第602飛竜騎兵師団の壊滅。第10歩兵師団と第21歩兵師団、第501重竜騎兵旅団の壊滅。それから続く壊滅と敗走。瞬く間にドラゴニア帝国は8個師団と1個旅団を失った。歴史上、稀に見る大敗北である。
「リスタ・ツー・サンチーロン元帥! あなたに責任があるのではないですか! これが陸軍の怠慢であり、あなたの怠慢の結果ではありませんか!」
ヒルニアルはこの敗北の生贄にリスタを捧げるつもりだった。そして、目の上のたんこぶである彼を更迭させ、新しい司令官には国家全体戦線党に理解を示す人間を推すつもりであった。
「いかんせんながら、確かに我々は敗北した。敗北は事実である。だが、ここで興味深い調査結果を発表しよう。当初スターライン王国が行なったとされる帝国商人への攻撃は、スターライン王国によるものではなく、我が国の人間が行った行為であるということだ」
その言葉にヒルニアルが渋い顔をする。
「誰が攻撃を行なったかまで我々の指揮する憲兵の調査は進んでいるが、それをここで発表するべきだろうか、アルバレス党首?」
リスタは攻撃を行ったのが武装衛兵隊であることを掴んでいるかのように、そう尋ねたのだった。
「何を仰りたいのか理解に苦しみますが、今問うべきは陸軍の敗北の原因です! サンチーロン元帥! この未曽有の敗北を前にどのような処置を取られるおつもりか! お聞かせ願いたい!」
「我々としては拡大し過ぎた戦線を整理するべきだと考える。いくつかの国家の独立の再承認とその国家からの撤退。そして余剰になった占領軍兵力の東部への投入と動員解除による産業の稼働による兵器製造。これが必要であると考える」
「ふざけないでいただきたい! 先人が血を流して手に入れた我々帝国の領土を独立させるなどとは! そのような弱腰の姿勢が今回の敗北を招いたのではないか! 消極的姿勢をとることでサボタージュを行なったのではないか!」
「ないものを出せと言われても陸軍としては困るのだ。もうどこにも余剰戦力はないし、これ以上の動員は経済への負担が大きく、また重要な兵器産業に投じられる人材を減らすことにも繋がる。動員を解除するためには、占領軍の撤退は必須」
リスタは前々から属州を維持し続けるのは兵力的に限界であり、同化政策が完全に終わった場所以外からは独立を承認し、ドラゴニア帝国に友好的な政府を樹立し、占領軍を撤退させるべきだと考えていた。
そして、ここに来てスターライン王国での敗北だ。
スターライン王国がどうやって8個師団と1個旅団を撃破したかは謎だが、ついに恐れていた敗北と属領の自主独立の可能性が持ち上がってきた。
スターライン王国が再び独立を宣言すれば、我々もと独立運動が活発化し、占領軍だけでは抑えられない場所も出てくるだろう。そうなれば帝国の属州全てを失うことを覚悟しなければいけなくなる。それに加えてそれらの国々との戦争も。
ここは最初から穏便に独立を帝国の側から提示し、反帝国的な勢力が政権を握る前に親帝国的な政府を樹立してしまう方が得策。
「サンチーロン元帥を更迭するべきである!」
「そうだ! 辞任しろ!」
「愚将は帝国に必要ない!」
帝国議会でヤジが飛ぶ。
「私はあくまで戦線の整理案を提案する。それ以外に方法はないと考える。それを断られるのであれば、我々は現在の戦線を維持することは保証できない。私が辞任してもそれは変わらず同じことだ」
リスタは静かにそう言い、帝国議会議長が静粛を求めた。
「アルバレス。余にリスタを罷免せよと、そう言いたいのか?」
「はい、陛下」
ここで皇帝エムリルが口を開く。
「残念だが、余にそのつもりはない。リスタ・ツー・サンチーロン元帥は優秀な軍人である。他に代わりとなる人間はいない。アルバレス、それでも余にリスタを罷免せよというのか? リスタを罷免して状況が変わらなければ責任を問われるのはお前だぞ」
「……っ!」
皇帝は国家全体戦線党の勢力を削ぎたがっている。
党首であるヒルニアルが失脚すれば、国家全体戦線党は勢いを失うだろう。
「……慎重に検討させていただきます」
「そうするがいい」
いつかやり返してやるとヒルニアルは決意した。
……………………
本日の更新はこれで終了です。
では、面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!