戦闘工兵の戦い
本日1回目の更新です。
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──戦闘工兵の戦い
第9戦闘工兵大隊は工兵部隊であると同時に戦闘部隊でもある。
彼らは戦場でスタックした装甲車を回収する他、陣地を作ったり、逆に陣地を破壊したりする。そのための車両と装備、人員は配備されており、今回の作戦でも第9戦闘工兵大隊は活躍しようとしていた。
「前方敵のバンカー! クロスボウ兵多数!」
「戦闘工兵、前へ!」
味方にコンクリートのバンカーを作れる土魔術の使い手がいるように、ドラゴニア帝国陸軍にもコンクリートのバンカーを作れる土魔術師がいる。彼らが作ったバンカーを破壊するのは戦闘工兵の仕事だ。
既に第77独立装甲猟兵大隊と第8独立装甲猟兵大隊は突破しているが、いくつかのバンカーが残されていた。敵の縦深のある防御陣地は、突破して突破口を拡大することが極めて難しい。
「対戦車ロケット準備よし!」
戦闘工兵もRPG-7V対戦車ロケットを装備している。だが、弾頭は戦闘工兵ならではだ。
「後方よし!」
「撃て!」
後方の安全確認をしてからバンカーに向けてロケット弾が飛翔する。
そしてロケット弾がバンカー内で炸裂し、炎が噴き出す。まるで飛竜騎兵のブレスのような炎が噴き出すのに、バンカー近くの塹壕にいたドラゴニア帝国陸軍の兵士が目を丸くして驚いている。
使用されたのはTBG-7Vサーモバリック弾だ。
サーモバリック弾は陣地攻略のために弱点の多い火炎放射器の代わりに導入されたもので、熱というよりも衝撃によって敵を圧死させる。歩兵などのソフトターゲットに有効な反面、装甲車などのハードターゲットには弱い。
バンカーも内部に入り込まなければ効果が及ぼせなかっただろう。
「突撃、突撃!」
「塹壕に梱包爆薬を放り込め!」
梱包爆薬も戦闘工兵の重要な装備のひとつで、敵の障害物を破壊して通行可能にするほか、第二次世界大戦では敵戦車に肉薄攻撃を仕掛けたり、敵歩兵に対して使用されたりなどした。今回も威力の大きな手榴弾代わりとして第9戦闘工兵大隊は梱包爆薬を使用している。その効果は抜群だ。
その高い火力を以てして、第9戦闘工兵大隊は陣地を制圧していき、突破口を拡大する。梱包爆薬がたっぷりと使われ、サーモバリック弾が叩き込まれ、敵が装甲車の足を止めるために設置した木製の杭が破壊される。
「第6独立装甲猟兵大隊より支援要請! 装甲兵員輸送車の回収です!」
「了解。装甲回収車を向かわせる」
戦場でスタックした装甲車は敵の格好の的だ。いくらクロスボウやバリスタを防ぐと言っても、炎で攻撃されては敵わない。火炎瓶などの燃焼を引き起こす兵器は今も有効な対戦車兵器である。
直ちにWTZ-3装甲回収車が向かい、塹壕でスタックしたBTR-70装甲兵員輸送車を救出する。無事に救出された装甲車が敵陣地を進んでいく。
それから塹壕やバンカーを爆破し、装甲車を回収したりなどしながら、第9戦闘工兵大隊は予定された進出地点にまで達した。ドラゴニア帝国陸軍は全ての縦深防御が無力化され、突破されたことに狼狽えると同時に、後方の物資集積所もスターライン王国抵抗運動に奪われたことに衝撃を受ける。
このままでは戦っても敗北する。
そう悟った兵士たちが投降する。
既に司令部は爆撃で潰されている。敵は後方に回り込み、退路を押さえ、物資集積所を押さえ、後方連絡線は遮断された。
ドラゴニア帝国陸軍の兵士ひとりひとりが、諦めきった様子で投降していく。
第9戦闘工兵大隊は捕虜を集め、後方に輸送する。スターライン王国抵抗運動の兵士たちが見張る中、ドラゴニア帝国陸軍の兵士たちは歩きで後方の捕虜収容所まで移送されていった。そこには既に第13独立空中機動猟兵大隊と交戦して捕虜になった兵士たちが収容されている。
急遽編成された軍警察中隊が監視する中、多くの捕虜が収容され、食事が与えられる。
「さあ、まだまだ仕事はあるぞ」
ハーサンがそう言って第9戦闘工兵大隊を鼓舞する。
ハーサンたちは掘られた塹壕を埋め、街道を整備し直し、車両の行き来を楽にする。これで都市ネレイドまでの奪還は完了した。
ドラゴニア帝国陸軍はまたしても2個師団を喪失。生き残った1個連隊の兵力がバラバラに逃げて、辛うじて友軍戦線に辿り着く。
彼らは『敵は恐ろしい炎の魔術を使う』とか『敵の投げるものは塹壕を崩壊させるほどの爆発を引き起こす』などと証言し、第9戦闘工兵大隊の恐怖を伝えた。
これがひとりふたりの証言ならば東部征伐軍司令部もまともに相手しなかったかもしれないが、多くの兵士がそう報告しているのだ。
敵について分からないことが多すぎる。それが現状だった。
調べようにも威力偵察を行なった重竜騎兵は壊滅してしまっているし、師団はどれも無事に撤退できずに殲滅されてしまうし、敵の捕虜は今のところイーデンたちだけでイーデンたちの情報だけでは敵の弱点が分からない。
ここまで敵に無知な状況で戦争を行うのはドラゴニア帝国史上、自分たちが初めてだろうと東部征伐軍司令官ヴァルカ・ツー・ダコタ上級大将は思っていた。
「司令官閣下。本国からです」
「うむ」
ヴァルカは本国からの書状の封を開けた。
「……火薬、か」
そこには敵の兵器の予想図が描かれていた。
実を言えば、この世界には火薬が存在しなかったわけではないのだ。発煙矢の一部には火薬が使われるものもあるし、かつて東方から攻め込んできた遊牧民たちは火薬を矢じりに詰めて攻撃を行なったと言われている。
ただ、矢に付けて飛ばす以上の活用方法が思い浮かばなかったので、忘れ去られていたのである。しかし、ここに来て、ドラゴニア帝国にて画期的な発明が生まれる。
大砲とマッチロック式マスケットだ。
帝国の化学技術が長年謎だった火薬を生み出すことに成功し、そして帝国の冶金技術の進歩が火薬の衝撃に耐えられる大砲とマスケットを生み出すことに成功した。
まだ実戦配備には至っていないが、敵はこれに似た技術を使っていると思われるとドラゴニア帝国本国は分析していた。
これまでは大規模魔術攻撃や飛竜騎兵、重竜騎兵がいる故に重視されなかった大砲だが、敵がこのような兵器を大規模に使用して戦果を上げていることを察した本国は凍結されていたプロジェクトを再開させて、大砲とマスケットを作らせた。
そして、異常なまでの早さで実用化し、今から量産と配備が始まるところである。
「しかし、これで飛竜騎兵が撃ち落とせるのか? これで重竜騎兵が屠れるのか? 敵は明らかに我々よりも進んだ技術を持っている。いったいどうして魔術を国家の柱としていた国に、我らが帝国が後れを取ったというのだ……?」
ヴァルカは配備が始まる兵器でも敵には及ばないことを理解していた。
それでも本国も自分たちもやるべきことをしなければいけないということだけは理解していたのだった。
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