ビジネスですから
本日2回目の更新です。
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──ビジネスですから
盛大な音楽と派手な照明の点灯が自然に気分を盛り上げる。
高級ナイトクラブで、鮫浦と天竜は顧客を待っていた。
「本当に飲んじゃダメなんです?」
「お前は運転手。タクシーで帰るつもりか」
「タクシーでくればよかったのに」
気分が盛り上がる曲に欠かせないのがアルコールだが、天竜はこの日はアルコールは禁止だった。サイードが倉庫番をし、天竜が鮫浦の護衛兼運転手を務めているからだ。
テンションマックスで踊り狂う人々を見ながら、鮫浦だけはカクテルを口にする。
「この曲、イケてますよね」
「まあ、いい感じじゃないか?」
天竜がリズムに合わせて頭を振るのに、鮫浦は顧客を待つ。
「ミスター・王」
「ケーレマンス。待っていたぞ」
一流のビジネスマン然とした格好の男が、このナイトクラブに入るのは奇妙に思えるが、このナイトクラブはVIP向けだ。金持ちのビジネスマンや王族たちが利用する場所であり、鮫浦が同じビジネススーツの天竜を連れているように、ここのクラブで踊り狂っている客たちも護衛を連れている。
そのおかげで致命的に場に合わないということはない。
この男の名前はカスペル・ケーレマンス。
職業はダイヤモンドの密売。紛争ダイヤモンドと言われるものを買い取り、産地を偽装して表の市場に流すのが、この男の仕事だった。大手ダイヤモンド企業もグルであり、キンバリープロセス認証制度をすり抜けている。マフィアなどの犯罪組織とも繋がりのある人間であり、鮫浦が紛争地帯でダイヤモンドで支払いが行われた場合には、大抵このケーレマンスを通じて現金化していた。
「商品は?」
「これだ」
鮫浦がピンクダイヤモンドが7個収まったスーツケースを渡す。
「ミスター・王。我々にはこれらを売り捌く能力はあるが、今は待った方がいい。市場にピンクダイヤモンドが流れ過ぎている。流石に国連も疑いを持ち始めているし、それに市場に出回る量を絞った方が、高値で売れる」
「お好きなように、ケーレマンス。ただ、支払いはこの場でしてもらうぞ」
「当然だ。値上げの可能性を伝えたのは後になって我々が今の2倍、3倍の値段でこのダイヤモンドを売っているのを見て、詐欺だと言われないためだ」
ケーレマンスが手元のタブレット端末を操作する。
「そちらに2億1000万ドル振り込んだ。確認してくれ」
「確認した。これが6億ドルで売れる可能性もあるってことか」
「ある。ピンクダイヤモンドは希少だ。それもこのサイズともなれば国宝級」
わざわざ商談場所にVIP向けのナイトクラブを選んだのは、この音楽で盗聴が予防できるからだ。鮫浦とケーレマンスの会話も辛うじて聞こえる程度で、録音したりすることはできない。
「しかし、どこでこんな品を? 我々の知る範囲でこの手のダイヤモンドが産出されたという話は知らないのだが」
「流石にそれは企業秘密だ。俺たちはあんたのためにピンクダイヤモンドを売る。あんたは欲深いセレブに2倍、3倍の値段でそのピンクダイヤモンドを売る。それだけの関係だ。それ以上を探り合う必要はない。だろ?」
「我々を本格的にかませてくれれば、さらに儲けられるかもしれないが?」
「これは俺のビジネスだ。残念だが、あんたはここでピンクダイヤモンドを買うだけだ。人手は足りてるし、秘密は維持したい」
「残念だな、ミスター・王」
こういうときのケーレマンスは食わせものだということを鮫浦は長い付き合いで知っている。こいつは自分で供給源を握り、完全に自分のビジネスにしてしまうつもりだ。もちろん、相手への報酬は支払われるが、それでも実際に儲かる分とはまるで違う額を渡されるのは目に見えている。
「では、また今度」
「ああ。また今度」
天竜は取引の間、不審な動きをしている人間がいないか監視していた。
盗聴や盗撮。そういう行為を行っている人間がいないかを調べていた。ケーレマンスは犯罪者だが、犯罪者が同じ犯罪者を売らないなどということはない。
国連がピンクダイヤモンドの過剰流出に目を付けたということは、当然ならばアメリカを始めとする“正義の味方”も目を付けたことを意味する。ケーレマンスがFBIに情報を売っている可能性もあるのだ。
「天竜。雲行きがちとばかり怪しい。ここの官憲は買収済みだ。何かあったら暴れても構わん。気を付けていけ」
「ケーレマンスが裏切ると思ってます?」
「奴が裏切らなくとも、奴の取引相手が首を突っ込んでくる可能性は否定できない。ケーレマンスのあれは取引に横入りしたい人間がいることを暗に示している。そういう連中にはご退場願わないとな」
「ケーレマンスの取引に支障が出ません?」
「ケーレマンスはいくらでも買い手を見つけるさ。何せ世界が求めるピンクダイヤモンドだ。買い手に困りはしまいよ。ダイヤモンドは永遠の輝きってな」
「了解、社長」
鮫浦はカクテルを飲み干すと会計を済ませ、ナイトクラブを出る。
ナイトクラブを出て、自動車で倉庫に向かう途中、後ろから不審なSUVが近づいてくるのが天竜と鮫浦の目に入った。明らかに尾行されている。
「天竜。仕事だ。車を止めて、後ろの客を歓迎してやれ」
「へへっ! 了解!」
天竜が車を路肩に止めると、不審なSUVも同時に止まり、中から男たちが出てくる。胸元が膨らんでいるのは拳銃で武装している証拠だ。
「もしもーし? おじちゃんたち、天竜ちゃんと遊びたいのかなー?」
「王夏を出せ。ピンクダイヤモンドについて話がある」
「それは無理です。社長はアポのない取引には応じないのですよ」
「ふざけやがって。てめえが脳みそ撒き散らせば、向こうも考えを変え──」
「誰の脳みそを撒き散らすって?」
次の瞬間、いつの間にか男の懐に潜り込んでいた天竜がナイフで男の腎臓を滅多刺しにし、頸動脈を引き裂いていた。
「まずはひとり」
男たちの数は6名。
それがひとり死んで5名になった。
「畜生! やりやがったな、このアマ!」
「へっへっへー! 天竜ちゃんを止められるかなー?」
天竜は男たちが武器を取り出す前に次の男の懐に潜り込み、拳を顎に叩き込む。脳震盪を起こした男がよろめくのを盾にして、天竜が男たちに銃撃を加える。
瞬く間に3名の男が殺され、盾にされている男を無視した発砲で、天竜が盾にしていた男が射殺される。天竜は死んだ男を思いっきり銃を持った男たちの方へ投げ飛ばすと、ナイフを手に突撃した。
男の死体を受けてよろめいた男の喉笛が掻き切られる。
「ひ、ひいっ! た、助け──」
「ダーメ」
最後のひとりが逃げようとするのを天竜が追撃して背後から腎臓を滅多刺しにし、頸動脈を掻っ捌く。
「社長、片付きましたー」
「おう」
鮫浦がスマートフォンを取り出す。
「ああ。署長か? 近いうちにあんたの管轄下で男6名の変死体が見つかると思うが、それを上手く処理してくれたらあんたにいいことがあるぞ。そう、とてもいいことだ。頼むぞ。それじゃあな」
鮫浦は事件の処理を現地の官憲に任せると天竜とともに倉庫に戻っていった。
事件は無事“事故”として処理され、表沙汰になることはなかった。
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