敵に逃亡してどうするの?
本日1回目の更新です。
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──敵に逃亡してどうするの?
「止まれ!」
不審な騎馬集団が近づくのに、ドラゴニア帝国陸軍の兵士たちがクロスボウで射撃を行い、馬を仕留め、停止させる。
「ま、待ってくれ! 私はイーデン・デア・メテオール侯爵! 貴軍に降伏しにきた! 上位の指揮官に取り次いでもらいたい!」
「侯爵? おい。中隊長をお呼びしろ。それからこいつらを縛って、収容所に連れていけ。今は丁重に扱っておけ」
「了解」
ドラゴニア帝国陸軍下士官の命令で兵卒が伝令に走る。
ドラゴニア帝国陸軍でも通信機器が行き渡っているのは一部の部隊に過ぎず、主に大隊、連隊クラスの部隊に2、3台というところであった。
小隊にまで通信機器が行き渡っているという事実を、その重要性をイーデンたちは理解していない。彼らは軍事については本当に無知で、魔術の優位性が示せさえすればそれでよかったのである。
「ま、待て! 上位の指揮官に取り次いでくれ!」
「黙れ。お前は捕虜だ」
イーデンたちは拘束されて連行される。
そして中隊から大隊へ、大隊から連隊へ、連隊から師団へと連絡が行く。
「侯爵が降伏してきた?」
第10歩兵師団のシリナ・ツー・マークグラフ中将は怪訝そうな表情をして、連隊長から上がってきた報告を聞く。
「はっ! なんでもスターライン王国残党内で内輪もめがあったそうで。情報を持っているから提供したいと言っています。どう扱いますか?」
「ふむ。連中の事情について知る機会かもしれない。丁重に扱ってやれ。拷問するよりも、丁重に扱ってやる方が効果がある。それに内部の政治闘争に敗れて逃走してきたというのが事実ならば、向こうはこちらを味方につけたいはずだ」
「畏まりました」
それからイーデンたちが捕虜収容所という名の木製の檻から連れ出され、温かい飲み物と食事を与えられてから、シリナ自身が出向いて歓迎した。
「こちらの連絡の不手際があったようで取り扱いに不備があったようだ。申し訳ない。私はシリナ・ツー・マークグラフ帝国陸軍中将だ。そちらから情報を提供したいということを聞き参った。我々に協力してもらえれば、そちらの立場は保障しよう」
シリナはにこりと微笑んでイーデンたちにそう言った。
「そうだ。我々には貴軍が有利になるような情報を持っている」
「聞かせてもらいたい。そちらはいったい何を使っているのだ?」
「銃、という武器だ。平民にも使えるもので、大きなものは飛竜騎兵や重竜騎兵を撃破する能力を持っている」
「数はどれほどあるのだ?」
「ああ。少なくとも小さなものが全軍に。大きなものは2個大隊分と聞いている」
「なんだと……」
たった2個大隊を相手に今まで竜騎兵や重竜騎兵がやられてきたというのか? それもその平民にも扱える──つまりスターライン王国では魔術を使えないものにも扱える銃というものは第2親衛突撃師団を壊滅させたものではないのか?
「どのような原理で動いている? 魔術ではないのか?」
「平民に扱えるのだ。魔術ではない。だが、あれには弱点がある」
「教えてくれ。弱点とはなんだ?」
「クロスボウのように使用できる回数に限界があること。そして、我々の手ではそれを作れないこと。それから、それが供給されているのはひとつの倉庫からだということ」
竜神よ、感謝しますとシリナは思った。
敵は無敵などではない。致命的な弱点を抱えている。兵站を断てば勝てる。
「貴重な情報に感謝する。貴国の併合はもはや取り消せないが、貴公らを帝国貴族として迎え入れ、この地の統治に当てることを約束しよう。ともにこの土地を繁栄させていこうではないか」
「うむ。異論はない」
まあ、属領省の傘下にも現地人がいる。寝返った現地人を徴用することで、民族に分断を招き、互いを敵視させることで、帝国に敵意が向くのを避ける。つまりは分断統治が行われているのである。
そうとはしらないイーデンたちは自分たちの地位が保障されたことに満足する。
そして、従兵にイーデンたちの世話をするように命じ、シリナは通信室に向かった。
「直ちにダコタ上級大将とヴェルンホファー大将に繋げ。敵の弱点が判明した、と」
シリナの情報はすぐにヴァルカとタイラーに伝わった。
「欺瞞情報ではないのか? あれが魔術でないということは考えられない」
タイラーはイーデンたちから得た情報を疑問視していた。
「ふうむ。思い込みすぎるのもよくない。その倉庫の位置が分かってるのならば、攻撃を仕掛けてみよう。敵の反応次第では弱点が分かる。敵が本気で迎撃してくるならば、当たりかもしれない」
ヴァルカはタイラーの反応とは違っていた。
「それに我々の魔術参謀の意見でも、魔術であのような効果を及ぼすのは難しいと言っているし、連中の研究室から発見された魔道具はどれも帝国製のものよりはるかに劣っていた。マークグラフ中将の言っていることは当たりかもしれない」
「では、航空攻撃を?」
「うむ。それから夜間に大規模魔術攻撃を。敵の遠距離火力は今は嫌がらせの砲撃にしか使われていない。隙は突けるだろう」
そこでシリナが口を開く。
「陣地転換を急ぎませんと、敵は必ず遠距離火力を投射してきます」
「分かっている。マークグラフ中将。この任務は東部航空軍団と第10歩兵師団の共同作戦となる。綿密に打ち合わせを行い、相互の作戦方針に齟齬がないように。帝国万歳。皇帝陛下万歳」
「帝国万歳。皇帝陛下万歳」
そして、作戦は決定した。
目的はイーデンたちが示した倉庫への攻撃。その一点に尽きる。
そのための陽動として飛竜騎兵1個大隊と重竜騎兵2個中隊を別方面の攻撃に向かわせる。損害は覚悟の上だ。そして、敵の注意がそちらに向いたのを確認してから、倉庫への一斉攻撃を仕掛ける。
攻撃開始時刻は陽動が0200。本番がその後、敵の反応が観測され次第となった。
作戦準備は大急ぎで行われる。敵が情報漏洩の事実を知るのはいつになるのか分からない。なるべく早く攻撃を仕掛ける必要があった。
第602飛竜騎兵師団の中から志願兵が陽動に参加し、第501重竜騎兵旅団からも志願兵が募られる。彼らは死ぬことよりも祖国のために尽くせないことを恐れていた。
本攻撃には第601飛竜騎兵師団、第602飛竜騎兵師団全軍と第10歩兵師団の魔術連隊が参加する。もはやこれで負ければ、帝国に勝ち目はないということになる。
とは言えど、第601飛竜騎兵師団も第602飛竜騎兵師団も損耗したまま、補充はほぼ行われていない。この攻撃に参加できるのは全てで7個大隊と考えられていた。彼らはこれまでの戦闘行動でそこまで損耗していたのである。
だが、そうであるが故にこのチャンスに飛びついた。
これで勝てなければお終い。何としても勝利する。
彼らはそういう覚悟で作戦に臨んだ。
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