無数の死が潜む森にようこそ!
本日1回目の更新です。
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──無数の死が潜む森にようこそ!
サラマンダーがミンチになった。
クレイモア対人地雷と似ているが車両破壊のために大型化しているFFV013指向性散弾は、その威力を存分に発揮し、サラマンダーを一瞬でミンチに変えた。即死したサラマンダーがぐったりと倒れて、血の海に沈む。
「おお……」
「爆裂の魔法ではないのか?」
「爆裂の魔法にあそこまでの威力があるものか」
貴族たちがミンチになったサラマンダーを見て、あれこれと呟くが、誰もが驚愕していることは事実だ。あんな小さく見えたものにここまでの威力があるとは、と。
「既に第13独立猟兵大隊や第7山岳猟兵大隊、第9戦闘工兵大隊からの報告で、敵の威力偵察部隊の侵攻ルートは判明しております。ここはこの指向性散弾を侵攻ルートに設置し、迎撃する部隊の労力を必要最小限に留めましょう」
鮫浦はそう説明する。
「そうですね。いくらこちらに機動力があるとしても、あのトラックというものは燃料、というものは必要になるのでしたね」
「それから長期間の不整地での使用に伴う交換部品も」
そう、異世界だからと言ってトラックが燃料を使わないわけではない。
地球ではもう電動自動車が一般化しており、化石燃料を使うのは一部の軍用車両や軍用航空機だけになりつつある。石油価格はエネルギー革命で暴落したが、ここまで運ぶ手間や保管する手間を考えると、あまり抱えておきたくない商品である。
鮫浦はあくまで武器商人であって石油を扱っている商社ではない。あまり大規模に石油の取引ができるコネもなく、調達には毎度苦労している。なんなら軍用のジェット燃料の方が、普通のガソリンより調達しやすいぐらいだ。
それからトラックの交換部品。
ウラル-4320トラックの交換部品を集めるのはある意味では楽な仕事だが、儲けで言うと少額に留まり、ピンクダイヤモンドしか取引材料のないスターライン王国抵抗運動とやり取りするのが面倒くさい。
纏めて1個連隊分ともあれば纏まった金額になるだろうが、今のところ40台とソーコルイ・タクティカルの利用する数台分しかトラックは走っていないのだ。1個連隊の自動車化歩兵部隊分の部品の購入が行われるはずもなく。大規模な取引のおまけとしてつけているのが現状だ。
これから先、戦争が長期化するのか、それともそろそろ決戦に打って出るかで需要も変わってはくるだろうが。
「鮫浦殿。兵士たちの負担を軽減する意味も込めてこれを買い取りましょう」
「ご英断です。早速手配いたしましょう」
そこでサイードのコネで雇った元SAS隊員で現シャリアーデのボディガードのグッドリックが視線で何かを合図した。
「少しばかりグッドリック大尉をお借りします。何分、人手不足なもので」
「構いません。スターライン王国のためです」
鮫浦がさりげなくグッドリックを連れだした。
「どうした、グッドリック大尉?」
「鮫浦中佐。古参貴族たちが穏便じゃない企みをしている気配がある」
「クーデターか」
「それに近い。シャリアーデの地位はそのままにお飾りにしてしまい、兵器の輸入を進めている若手貴族を粛清、ってところだ」
グッドリックがスマートフォンで撮影した古参貴族たちの会合の様子を見せる。
「まあ、その可能性を考えてあんたとマクミラン曹長を雇ったんだ。いざとなれば天竜とサイードも手伝う。よろしく頼む、グッドリック大尉」
「ああ。分かった」
グッドリックはそう言って鮫浦から離れてシャリアーデの傍に付いた。
「天竜、サイード。近々荒事になるかもしれん。準備しておけ」
「いつも元気な天竜ちゃんにお任せあれ」
「マジで頼りにしてるからな」
それから鮫浦たちは指向性散弾を大量に運び込み、それらは戦線を維持する第13独立猟兵大隊、第7山岳猟兵大隊、第9戦闘工兵大隊、第77独立猟兵大隊に配分され、そこから各監視哨の兵士たちによって設置された。
その結果──。
「畜生。またこの任務かよ」
「文句言うな。中隊長にどやされるぞ」
ドラゴニア帝国陸軍東部征伐軍隷下に設置された第501重竜騎兵旅団では、今日も威力偵察が予定されていた。
任務を行う竜騎兵たちは誰もが気づき始めている。この局地戦に帝国陸軍が敗北しかかっているということを。
未帰還の中隊が多すぎるのだ。辛うじて生きて帰った兵士も何を言っているか分からず、ただ友軍が呆気なく撃破されたということだけが分かる。
重竜騎兵と言えば、飛竜騎兵に次いで人気のある兵科だ。ここで出世すれば、貴族への道も開けると言われている。特に近衛重竜騎兵旅団ともなると、名誉連隊長たちに帝国を構成する各地の諸侯たちが付き、その栄誉を受けられる。
それが、それが一方的に撃破されている?
ここに配属される前ならば冗談だと思っただろう。だが、隣の中隊が消え、また隣の中隊が消え、ついには大隊が壊滅したとの報告が上げられる。
第501重竜騎兵旅団は2個連隊からなり、1個連隊に付き3個大隊の重竜騎兵大隊が付いている。6個の戦闘大隊のうち、1個大隊の壊滅。それは衝撃を覚えるに値する数字だった。それで兵士たちは思うのだ。『俺たちは負けかけているんじゃないか』と。
もちろん、勇敢な重竜騎兵は死を恐れない。命がけで戦場に挑む。
だが、死ぬかもしれない戦いと死が確定した戦いでは0と∞ほどの違いがある。重竜騎兵は死を恐れないが、絶対に死ぬ戦場に放り込まれるのは、ドラゴニア帝国陸軍らしくないと思っていた。
軍部は理性と知性の牙城だ。ドラゴニア帝国議会が国家全体戦線党に支配された状況でも、ノーというべき時には言っている。このスターライン王国との開戦も軍部はなかなか首を縦に振らず、最終的には皇帝からの勅令があって決まった。
そうであるが故に重竜騎兵たちは疑問を感じていた。
「中隊、出撃準備!」
「了解!」
だが、彼らは軍人だ。そして軍人は命令に従うものである。
再び重竜騎兵中隊が南東部の森に投入される。
だが、そこはこの前までとは打って変わっていた。
「警戒前進。速度落とせ。周辺に警戒」
以前逃れてきた重竜騎兵はこの付近で攻撃を受けたと言っていた。
「何もありません」
「それでは前進──」
その瞬間、殺戮の嵐が吹き荒れた。
重竜騎兵中隊が纏めて吹き飛ぶほどの爆発が起き、鉄球が撒き散らされ、死が撒き散らされる。重竜騎兵は騎手もサラマンダーも八つ裂きになり、彼らは僅かに数体の重竜騎兵を残して壊滅した。
「撤退! 撤退!」
「ま、待ってくれ! 置いていかないでくれ!」
辛うじてサラマンダーだけがやられ、その巨体に押しつぶされている兵士が助けを求めるが、戦友たちは彼を見捨てて恐怖から逃げ去ってしまった。
「生き残りがいるぞ」
「本当だ」
そして巧妙に草木で隠された陣地から56式自動小銃を握った兵士たちが出てくる。赤いマントにフルプレートアーマーの重竜騎兵の姿とはまるで真逆の迷彩服にヘルメット姿のスターライン王国抵抗運動の兵士たちだ。
「こういうときどうするんだ?」
「カリスト少佐に指示を仰ごう」
このままでは野蛮な人間たちに捕虜にされてしまうと思い、重竜騎兵は自決用の短剣を抜こうとするが、手がサラマンダーに押しつぶされていて動かせない。
「捕虜にして連れてこい、だそうだ」
「了解。何か縛るものあるか?」
そして、スターライン王国抵抗運動はひとりの捕虜を得た。
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