トカゲ狩りの時間だ
本日2回目の更新です。
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──トカゲ狩りの時間だ
「参謀諸君。我々の状況は危機的と言っていい」
あの砲撃ののちバイラクタルTB2は第10歩兵師団の要請を受けて急遽上がった第601飛竜騎兵師団の飛竜騎兵によって発見された。だが、追いつけず、さらには帰りの駄賃を探していたバーサーカー隊によって撃墜された。
だが、騎手は辛うじて生き残り、不時着先から帰還して師団長ムリース・ツー・コリーニ中将に報告した。敵の航空戦力が大規模魔術攻撃陣地上空を飛行していた、と。
ムリースはこのことから敵が航空戦力による弾着観測射撃を行なっていると確信し、東部航空軍団司令官タイラー・ツー・ヴェルンホファー大将にその旨を報告した。
敵の航空戦力──バイラクタルTB2を撃破する必要があるが、下手をすると別の航空戦力──MiG-29戦闘機に撃墜されるというリスクがある。
故に状況は危機的だった。
敵に心理戦を強いるつもりの大規模魔術攻撃も陣地を急遽転換し、今は沈黙している。逆に第10歩兵師団の兵舎に向けて砲弾が降り注ぐ有様であり、第10歩兵師団のシリナ・ツー・マークグラフ中将は頭を抱えていた。
そして、やはり見張り兵の報告では敵の航空戦力──バイラクタルTB2が上空を飛行しているのが確認されている。
第10歩兵師団からも第21歩兵師団からも敵の航空戦力の排除を求められ、東部航空軍団も頭を抱えている状況だ。
「敵の大規模魔術攻撃陣地を攻撃すればいいのでは?」
「それができればとっくにやってる。敵はどこから攻撃を行なってるのか分からないのだ。もしかすると大規模魔術攻撃ではないのかもしれない」
「確かにスターライン王国は魔術を重視していた国ですが単独の魔術師であの破壊力はあり得ないでしょう。攻撃の規模からして1個連隊規模です」
作戦参謀と情報参謀がそう言葉を交わす。
「いずれにせよ、我々も敵の陣地を攻撃しなければならない。敵は今までにない方法で戦っている。いかなるものにも注意を払わなければならない。そこで航空偵察を再度実行することとする」
その言葉に参謀たちがぎょっとした。
「し、しかし、司令官閣下。敵の航空戦力は未だ未解明です。ここは第10歩兵師団か第21歩兵師団の重装騎兵に威力偵察を行わせては?」
「敵の遠距離火力陣地が前線付近にあると思うのか? 間違いなく第2親衛突撃師団を壊滅させた魔術を使う連中が守る先にある。重装騎兵では辿り着けない。飛竜騎兵を動員するしかないのだ」
そこでタイラーは一呼吸置く。
「損害は覚悟の上だ。兵に死んでこいと同義のことを言っているのは分かっている。この作戦が終わった際には私はそれに相応しい責任を取ろう。だが、義務を放棄したままではならん。諸君も私も帝国のために命を捧げると宣誓し、軍に入った。その上で命令する。航空偵察を実行せよ、と」
参謀たちが息を飲む。
タイラーは責任が自分だけで終わらないことを理解している。参謀たちも作戦立案の責任を取らされる。降格の上、予備役への編入でも不名誉だが、軍の戦力を不必要に損耗させたとして死刑にされる可能性もある。
「では、可能な限り、兵が生き残れる作戦としましょう」
作戦参謀がそう言う。
「まず地上からの発見を避けるために可能な限り高高度での飛行。高度2000メートルというギリギリの高度で作戦を実施します。地上からはほとんど視認できないと同時に、こちらからも地上がほぼ視認できません。そのため敵地上空で急降下し、情報を収集後再度急上昇し離脱します」
「かなり限界の高度だ。長時間の作戦実行は難しいと考えるが」
「はい。急上昇と急降下に人体とワイバーンが耐えられるかどうかも。ですが、これまで通りの高度を飛行して、地上からの攻撃や敵の航空戦力に捕捉されるより、兵士を安全に帰還させることができるかと」
作戦参謀としてもこれはかなりの賭けだった。
通常のワイバーンの運用高度は100メートルから300メートルと低空。2000メートルなど考えたこともない。800メートルでも無理をしているのだ。
「分かった。作戦には第601飛竜騎兵師団を当てる。第602飛竜騎兵師団は打撃を受けて、今は行動できない。中央に戦力の補充を求めてはいるが」
帝国中央はこの被害に困惑している。
スターライン王国戦線は終わった戦線だったはずだ。それが今になって急に被害が増え始めている。最初はそのような兆候はまるでなかったのに、である。
最初は楽な戦争だった。いつものセオリー通り飛竜騎兵が航空優勢を奪って、敵を偵察。それからは参謀本部の立てた作戦に従って外線作戦が繰り広げられ、分進合撃により敵主力を撃破。これで戦争はほぼ終わったも同然だった。
それが今になって何故?
誰もその答えを知らない。少なくともドラゴニア帝国の人間は誰も。
「それでは航空偵察を実施せよ。今回は敵の航空戦力の分散を狙うため、4ヵ所に同時に仕掛ける。作戦参謀、具体的な作戦の立案を。情報参謀、敵についての情報取集を継続。捕虜からも聴取せよ。通信参謀、偵察部隊と常に通信を維持できる要手配を」
「了解」
「それでは、諸君。帝国のために。帝国万歳。皇帝陛下万歳」
「帝国万歳。皇帝陛下万歳」
そして、航空偵察に当たる飛竜騎兵がその任務の危険性から志願制で任じられ、全員が志願した大隊から2体1組で4組の部隊は編成された。どの部隊も魔道具による通信が可能な人材がいることが確認されると、いよいよゴーサインが出る。
タイラーやムリースたちが見守る中、飛竜騎兵は高高度飛行に挑む。
『ベースよりアントン・リード。状況を知らせよ』
「敵航空戦力は見えず。ただ、息が苦しい」
『敵地まで持ちそうか?』
「可能だ」
もうすぐ敵地である南東部の山林上空。
そこで下で煙が上がっているのは見えた。
「アントン・リードよりベース。不自然な煙を発見。位置は──」
そこで飛竜騎兵が爆散した。
「ベース、ベース! 敵航空戦力に捕捉された!」
『まさか』
現れたのはトリャスィーロが操るMiG-29戦闘機だった。
MiG-29戦闘機の実用高度は17キロメートルに及び、2000メートルなと低空飛行に等しい。
『アーチャー・リードより全機。トカゲ狩りの時間だ』
そして、高高度の目標の測定もレーダーが行なっている。
トリャスィーロ機──アーチャー・リード率いるアーチャー編隊は機関砲で残る飛竜騎兵を撃墜した。
これと同時刻、バーサーカー編隊と新たに購入された6機のMiG-29戦闘機からなるチャリオット編隊とドルイド編成が他の飛竜騎兵を葬り去った。
『アーチャー・リードよりコントロール。他にトカゲは?』
『上空はクリア。敵機なし』
トリャスィーロが尋ねるのに航空管制が答える。
『了解。アーチャー・リードよりバーサーカー・リード。戦闘哨戒飛行を継続せよ。他は戻っていいぞ』
『了解』
3機のMiG-29戦闘機を残し、残る機体は帰還した。
結局のところ、全機が報告を残せなかった第601飛竜騎兵師団では悲痛な空気が流れ、東部航空軍団参謀部においてはお通夜状態だった。
「分かったのは、敵航空戦力は2000メートル高度を自由に飛行し、そして敵の遠距離魔術は煙を発する可能性がある、ということか」
タイラーはそう言って頭を抱えた。
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