1匹 シャケ? それって見た目の話?
ある日、猫が窓を叩いてこう言った。
「すんまへん。この間助けてもろた猫のお礼に来たんやけど」
MMORPGの日課に専念していた私は、突然かけられた声に思わず断りを入れていた。
「そういうセールスは間に合ってるんでお帰りください」
「待って! 待って待って! 話ぐらい聞いてーや!」
窓に打ちつけられる肉球がかわいいが、夜中に関西弁の猫が窓から話しかけてくるのはホラーでしかない。閉めておいたカーテンがいつの間にか開いているのも奇怪だ。
窓の鍵をかけておいて本当に良かった。
「姐さん、昨日子猫助けましたよね? ネタは上がってるんやで。窓開けて。とりあえず話しだけでも聞いて。お願いや」
しらばっくれて暫くゲームに専念していたが、途切れることなく話し続ける猫が少し不憫になってきた。
たとえ妖怪の類いでも猫はかわいいから話ぐらい聞いてあげようかなと思わなくもない。
「カーテン開けられるなら勝手に入ってこれるんじゃないの?」
「恩人に対してそれは失礼やろ。あ、入っていいんでっか? ほなお邪魔します」
許可した覚えはないが?
自力で鍵を開けて入ってきた猫はオレンジ色の長毛種で、頭の上部から尻尾の先まで黒銀色のラインが入っている。やはり猫の妖怪「猫又」らしく、尻尾が二つに分かれていた。首にまかれた風呂敷に違和感があるが、ちゃんと手入れがされているフサフサした毛並みは私好みだし、普通の猫より一回り大きく抱き心地も良さそうだ。
が、喋り方だけが解せん。
「それで?」
猫は私の目の前まで来ると行儀良く座りお辞儀をしてきた。
「わては猫又倶楽部の会長でシャケと申します。以後お見知り置きを。猫又倶楽部っちゅうんは野良猫達の生活を助けるために集会を開いて情報提供したり、人間社会で生きていくための知識と技術を伝授してまわる猫又集団や。姐さん昨日うちの地域で鴉に狙われてた子猫を助けてくれたやろ。母猫から情報提供があってな、姐さん普通の人間ちゃうし、これも何かの縁かなーって思って挨拶に来ましてん」
ほんとによく喋る猫だ。
「普通の人間ですけど?」
「普通の人間って空飛びましたっけ?」
「そういう事もあるかもしれない」
「ないやろ。三百年生きてるけどそんな人間見たことないわ。それに、わてが喋っても平然としてる人間なんかそうそうおらんで」
「平然としてるように見えるけど唖然としたよ。関西弁に」
「生まれは関西やねん。愛嬌たっぷり、可愛らしい猫やろ?」
「自分で言うんだ・・・」
シャケの言う通り、この前確かに飛んで遊びまわっていた。
見られてたのか。
溜まりに溜まった鬱憤を少しでも払おうと、今まで出来なかった事を色々と・・・うん、まぁ、そういうこともあるよね。
「姐さん何者なん? わてらと仲良おしてくれまっか? そや、手土産持ってきてん」
シャケは首に巻いていた風呂敷を前足で器用に外し、中から一つの鈴を取り出した。
「これはわてらが研究して作った便利アイテムの一つで、持ってるだけで猫語が理解できる優れ物や。姐さん絶対猫好きやろ? これでいろんな猫と話してみてーや。っていうか、こんなんなくても分かる感じ?」
「いや、分からないけど・・・」
何だろう?
既視感がある。
猫が便利アイテムを・・・。
「今姐さんが考えてること当てたろか? ロボットちゃうからな。触ってみる? わての胸毛フサフサやで」
バレた。
猫又なのにやたらと人間社会に詳しいな。
猫好きにはたまらないアイテムを手土産にするとか、だてに三百年生きてる訳じゃないのね。
お言葉に甘えてシャケの毛並みを堪能させてもらう。
シャンプー直後かと疑いたくなるぐらいフサフサで気持ち良かった。
シャケに関してだけ言えば、言葉が分からない方がかわいいだろう。
「ありがとう。大事にする」
子猫を助けたお礼だし、折角持ってきてくれたんだし、気を遣ってくれてるんだし、ありがたくもらうことにした。