旅人
ソニアを探すためにラゴンの外に出ていったディーナ。「あの子達どこ行ったんだろ?」ソニアを探すと同時にクロカを追って出ていったフェリス達も探しているディーナ。
行き交う人々の表情は穏やかに包まれており幻想的な風景の街並に改めて思うことがあるディーナ。「やっぱりこの街は守らなきゃいけないわね。この人達の笑顔、失わせる訳にはいかない」街からの様子を見るに超大型"マリー"の情報はまだ出ていないと思ったディーナはなるべく目立たずに討伐することにした。人々に不安を与えないためにも。
一人でフェリスやソニアを探すディーナ。辺りをキョロキョロと見渡していると、飲食店の窓際に座る一人の女性がいた。通りすがりで見ただけでハッキリと顔を見なかったディーナだが知っている顔のようにも見えた。
「あれって…でも、まさかね」だがその人物はここにいるはずがないと思い深くは考えずに先に探す事を優先した。
探すこと数十分、そこまで大きな街ではないラゴンだがやはり特定の人物を探すとなれば時間がかかってしまう。
「さすがに一人で探すのは無謀だったかな。ヴァレア達にも協力してもらった方がいいかも。ってか探すのだったら絶対にシスイの力を借りた方がよかった。あの子ほど人探しのエキスパートはいないでしょ」今になってシスイにも声をかければよかったと後悔していたディーナ。
「ちょっと疲れたわね。どこかで休憩しようかしら……」歩くことに疲れたディーナは背筋を伸ばし少しだけ伸びをした時目を閉じたその時「とんっ」と、誰かとぶつかってしまった。
それと同時にぶつかった相手が持っていた鞄が落ちてしまい中に入っている物が飛び出してしまった。
慌ててディーナは「ああ!ごめんなさい!!」そう言って急いで落としてしまった物を拾い始めた。落としたものは少量でハンカチやメガネケース、黒い小さなポーチと赤い刺繍が施された懐中時計だった。
落とした物を全て拾ったディーナはぶつかった相手の前に立ち「ごめんなさい。私があんまり前を見てなかったもので」再度謝罪をした。落とした鞄を拾っていたのは女性でありディーナよりも一回り小さな背丈だった。
女性はディーナが拾った小物を両手で手に取り「ありがとうございます。ぶつかった相手がお優しい方でホッとしました」女性は感謝を伝えて優しく微笑んだ。メガネケースが鞄に入っていた事から女性は眼鏡を掛けていた。
右目が覆い被さる程前髪が長く黒髪のロングヘアーで所々に赤いメッシュが施されている。そしてもう一つの特徴は右目は髪で隠れて見えないが見えている左目と目が合ったディーナは「……瞳が、赤い」特徴的な緋色の瞳だった。
赤の瞳と言えば"マリー"の特徴ではあるが彼女は直感的にではあるが人間だと分かるディーナ。じっと目を見つめていたディーナに女性は「どうかされましたか?」さすがに不思議に思ってしまったようだ。
「ああいえ、赤い瞳なんて珍しいと思ってね」純粋な感想を伝えたディーナに女性はほくそ笑んで「うふっ、そうですね。よく言われます。この赤い瞳のせいでよく"マリー"とも間違われてしまいます。ですが個人的には気に入っております、染まることはない赤色とはとても素敵ではありませんか?」"マリー"と間違われてしまう緋色の瞳だが女性本人はこの緋色の瞳をとても気に入っていた。
実際ディーナも女性の緋色の瞳を見ているとどこか落ち着いてしまいさっきもつい魅入ってしまった。「ええ、その瞳はとても魅力的よ」女性が気に入るのもよく分かる。
ディーナはキョロキョロと見渡し目の前にカフェがあることを確認すると「ぶつかったお詫びとしてお茶でもご馳走するよ。急ぎの予定とかあったら大丈夫だけど」自分がぶつかったお詫びと疲れてしまった息抜きも兼ねて女性にご馳走しようとしていた。
「そうですね。私も少し腰を落ち着かせようとしていましたのでお言葉に甘えさせていただきます、ディーナさん」まだ名前を言っていないのにディーナだと分かっていた女性に少し驚いた表情をした。
「私を知ってるの?」「ええ、"奇術の属性弾"の二つ名を持つディーナさんですよね。貴方が思っているよりも有名ですよ。まさかぶつかった相手がディーナさんだとは少々驚きましたがね」ディーナの知名度は一般人でも知れ渡る程ココ最近の活躍は目まぐるしく名の知れた二つ名の中でも特に有名人になり始めていた。
自分の知名度がいつの間にか広まっていた事に右手で首を触り「私も結構有名になったものね。昔の悪評も徐々に無くなってきているってことかな」かつては国長を殴ったことから"リンドウ"としての評判は地に落ちたが自らの努力と周りのサポートもありここまで来たと思うと感慨深い思いが湧いてくる。
小言ように言った台詞に女性は首を傾げたがディーナは「なんでもない。それじゃあ行きましょうか」女性と二人でカフェへと入った。
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カフェの店員に案内された二人は丸テーブルに向かい合う形で椅子に座った。案内した店員はエプロンのポケットからメモを取りだし「ご注文はお決まりですか?」と、聞かれた女性は即答で「このお店のオススメの紅茶をお願いします」ディーナも続いて「じゃあ私も同じので」
だがディーナは心の中で「よかった~珈琲だったら飲めなかったから……」実は珈琲が苦手なディーナ。子供扱いされるため隠している。
数分後、「お待たせしました。ホットティーになります。お好みでミルクとお砂糖をお使いください」お皿の上に紅茶が入ったティーカップを置き、適量の砂糖とミルクを置いた店員は「ごゆっくりお過ごしください」と、言ってその場から去った。
女性はティーカップの取手に指をかけ口元に近づけティーカップを口元に運び紅茶をストレートで飲んだ。
目を閉じ味わって少し微笑みを浮かべた後に「美味しい。暖かくて心まで温まります」紅茶が口に合ったようだ。
ディーナも女性が飲んだ後に飲み味の感想は言わなかったが美味しいようで微笑みを浮かべた。
ティーカップを皿の上に戻したディーナは女性に「あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったね」まだ名前を聞いていなかった。
女性もティーカップを皿に置いて「私ですか?私はネムと言います」女性の名前はネムと言った。
「ネムね。ネムはラゴンに住んでるの?」ディーナは女性の名前をすぐに呼び、ネムに質問をした。
「いえ、偶然ここを訪れただけですよ」「偶然?」「私は自分の足で色々な土地を歩む旅人なのです。このような素敵な街を見たり"マリー"によって凄惨な現場となった村、大国と呼ばれる国にも行きました。私は今の世界をよく見たいのです、この目で、この足が動く限り」ネムはあてもなく歩を進める旅人だった。ラゴンに来たのもディーナと出会ったのも全ては偶然が起こしたことであったのだ。
「旅人、今の時代に珍しい。それに自分の足でって言った?」ディーナは驚いていた。と言うのも、"マリー"が蔓延る世の中で旅をする等かなり危険な行為である。ましてや護衛もなしに各地を回るのは余程の実力者、それこそ"リンドウ"並の実力がなければ無謀な話である。
ネムは紅茶を手に取り少し飲んだ後に「車や電車は少し苦手でして、どうしても酔ってしまいますので時間を掛けてでも自分の足で歩く方が良いのです。それに歩くことによってその場の音を静かに聞くことが出来ます。環境音は聞いていて心地良いのです。世界を見るためには音もよく聞かないと」
「でも遠くまで行くってかなり時間がかかるんじゃ?」「私にとって時間は無いみたいなものなのでどれだか時間をかけても問題はありませんよ。歩くのも好きなので」
聞けば聞くほどネムの言葉は不思議に満ち溢れていた。旅人と言うには軽装過ぎるし持ち物もあの鞄だけ。何より長距離でも全く時間を気にしないどころか自分にとって時間が無いようなものだと言った。
どういう意味なのかは分からない。ただ、こんなにも時間に抗う人を初めて見たディーナ。
優雅に紅茶を飲むネムに少しだけ笑みを浮かべたディーナは「なんだか貴方って不思議な人ね。貴方みたいな人は嫌いじゃないよ」周りから見ればネムは変わっていると思ったディーナだったがディーナはこういう人は嫌いにはなれなかった。
「ありがとうございます。ディーナさんはどうしてここに?お家の方はここよりかはかなり離れていると思いますが」今度はネムが質問をした。「私は仕事でね。あんまり大きな声では言えないけどね」この場で超大型"マリー"がいると言えばラゴンの住民がパニックになってしまうため大雑把に伝えた。
「"リンドウ"のお仕事は"マリー"退治。もしくは"マリー"に関連するお仕事ですよね?もちろん通りすがりに過ぎない私に詳しいお話をする必要はありませんよ。貴方達は今の世界を守る大切な人。私達は信用していますよ、道を踏み外さない事を」そう言って紅茶を飲み干した。
ディーナは紅茶を飲み干したネムに続いてディーナも紅茶を飲み干してティーカップを皿に置くと「良かったら私の仲間に会ってみる?道を踏み外す事ない皆を見せてあげる」若干ではあるがネムは"リンドウ"を信用しきれていないと思ったディーナは自分の仲間をネムに紹介しようとしていた。
少し眉を上げて微々たる驚きを表情に見せるネムは手で口元を軽く当てて「うふふっ」と、笑って「おかしな人ですね。会ったばかりの私にお仲間に会わせてくれるなんて。ではその厚意に甘えましょうか。是非……」ネムも"リンドウ"達に会おうとした時ネムの鞄から「ピロロ…ピロロ…」携帯電話の鳴る音が聞こえた。
携帯電話を取り出し着信相手を見たネムは「失礼、店内ではありますが声を抑えますね」携帯電話を出たネムはディーナの前で話し始めた。店内で携帯に出るような人ではないとは思っていたが余程急ぎなのか直ぐに電話に出た。
「やあ、どうしたんだい?……今からかい、ここからだと少し時間がかかってしまうけど……待ってるって?仕方ないなぁ。じゃあ今から行くから寝ながら待っていなさい……ああ、じゃあまた後で」最小限の声で会話したネムは携帯を切り鞄に入れた。
すると椅子から立ち上がり「すみませんディーナさん。少し急用が出来てしまいましたので、ここでお暇させてもらいます」
急遽の電話があり"リンドウ"達に会う前に立ち去るようだ。誰からの電話かは聞かない事にしたディーナも立ち上がり「じゃあ出ましょっか」財布を取り出したディーナはレジに立ってお金をネムの分まで払った。
ネムとディーナは店を出た。するとネムはディーナに軽く会釈をおじぎをして「ご馳走をしていただきありがとうございました」ディーナに感謝を伝えた。
「元々私がぶつかったのが原因だし、別にいいよ」
ネムは顔を上げると「ディーナさんのお仲間に会えなかったのは残念ですが、またどこかでお会いできた時は是非ご紹介してくださいね」”リンドウ”に会えないことを残念がるネム。
「生きていればどこかで巡り合うわよ。その時を私は楽しみにしてるよ」「ふふっやはりディーナ様は不思議な方ですね。分かりました。私もまた貴方に会うのを楽しみにしてますね。今度はもっとお話しをしましょう」
ネムはディーナに会釈をした後に手を振って振り返りその場から立ち去った。ディーナはネムの歩く後ろ姿を見て「私から見ても貴方は不思議な人だよ」言動一つ一つに含みがあるように感じたディーナだがそれを不審に思うことはなくただ彼女は風のように静かな旅人なのだと感じた。
見送った後にディーナ「あっそういえばフェリス達を探さない。でもどこに…」当初の目的のフェリス達とソニアを探さないといけなかったディーナだがここで「あっお姉ちゃん!」とディーナの後ろから声がした。振り返るとそこにはフェリスとナデシコ、先に家から出て行ったクロカが一緒にいた。
フェリスはディーナを見つけると一目散に走って近づき「お姉ちゃん、どうしてここにいるの?」ヒガンの家で超大型"マリー"の会議をしているものだと思っていたが何故かここにいることを疑問に思っていた。
「フェリス達が出ていった後すぐにソニアも出て行っちゃってね、一人で超大型"マリー"の元に行く可能性があるから探してるの」この場にいる理由を説明すると後から来たナデシコとクロカも聞いていて「ふん、あんな人を探しても仕方ないの。ウチやフェリスの意見なんてお構いなしの人なんて」クロカはソニアに対しての怒りが収まっていなかった。
ディーナはそんなクロカの怒りに「…彼女にも色々あったのよ。ずっと前からあんな風に冷たい人じゃないのよ」「それってどういうことなの?」だがクロカの事よりも気になったナデシコは「君、さっき誰と話していたんだい?」ナデシコはネムと話していたディーナを目撃していた。
「ただの私のファンだよ。”リンドウ”としては私も有名になったからね、ファンもついたって事だよ」ネムのことを隠す必要はないが特別誰かに話すことでもないため1ファンとしてナデシコに説明した。
「ふ~ん。だがソニア君の事だ、もしかしたらだが単身で超大型”マリー”の討伐に向かったんじゃないのか?」それを聞いたディーナは血の気を引いた顔になると同時に「可能性はあるか、探しても見つかっていなんだし。ナデシコ皆を連れて先に帰ってくれる?ソニアを連れて帰ってくるから」そう言ってディーナは走り出した。「もし行ってたらちょっと説教ね、一人で何が出来るんだって」
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ネムはラゴンの市街が出て歩いていた。すると振り返ってラゴンの街を眺めて少し微笑んで「ここも良い街だった。あの子に見せてあげたい景色がまた増えたね。それに…フフッ良い人もいるものですね。まだまだ捨てたものではないか」
満足した様子でどこかに立ち去って行った。




