"ウィザー"
グラトから事務所に戻ってきた三人。スイレンも事務所まで一緒に見送り「今回もありがとうございました。ディーナさんとの依頼は勉強になることが多くて、何より楽しいですね」と、べた褒めした後に去っていった。
後日の新聞には一面に都市国家グラトの首都を救った二人の"リンドウ"として大々的に載っていた。フェリスはディーナが活躍して世間に注目されていることに大喜びを見せる。ディーナも少しモヤモヤした気持ちはあったが、フェリスの喜ぶ姿を見て満更でもなかった。
ナデシコも事務所に住み着きフェリスの先生という立場で勉強を教えていた。時折、自分の属性の研究を追求しているが「今は彼女に色々教えるのが楽しくてねぇ。毎回新鮮なリアクションをしてくれるんだ、私も教えがいがあるものさ」
フェリスが新しく覚える事を拒むことはせずにむしろ積極的に分かろうとする姿、そしてその笑顔に素顔は見えなくとも仕草や笑った顔は可愛らしさが伝わりとても愛らしいと思っていた。今はナデシコもフェリスに使う時間を惜しんではいなかった。
そんな日々を暮らす中、ある一つの連絡が来た。
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グラトに潜んでいた湖の"マリー"を討伐してから一週間が経った。相も変わらずいつもの椅子に座りデスクに足をかけ組みながら雑誌を読んでいるディーナ。
フェリスは自分の椅子に座り机に日課である新聞を広げて見ていた。
ナデシコはソファに座り研究の息抜きとして足を組みリラックスしながら小説を読んでいた。
するとフェリスが椅子から立ち上がり新聞を広げながらディーナに近づいて来た。
「お姉ちゃん、これ…」かなり不安そうな表情を見せた。ディーナはフェリスの表情に「どうしたの?」雑誌を読むのを辞めて新聞の内容をよく見た。
そこに書かれていた事に新聞を手に取ったディーナが再度よく見ると「民間人三百人以上が虐殺、死因は様々で一番多かったのは高所からの落下死。遺体の外傷から"マリー"の仕業ではなく人間、"リンドウ"の可能性がある…ね」内容を読むだけで重く暗い空気になってしまう。
「お姉ちゃん、なんで?なんで"マリー"のせいじゃないって分かるの?なんで、"リンドウ"が人を襲うの?」フェリスにとって理解し難い内容だった。人間同士で助け合うのが世の中普通だと思っていた。もちろん"アフィシャル"という組織の人間もいることは分かっていたが、それでも"リンドウ"は正義の味方だと思っていた。
「"リンドウ"でもね、"マリー"を討伐していく中で悩んだりする子もいる、今の世の中に納得出来ない人もいるんだよ。悩んだ末の結果が"マリー"だけじゃなく人をも殺してしまう決断をしてしまった…」ディーナはデスクに新聞を置いて。
「私は、間違った道に進んだ"リンドウ"を止めるのも"リンドウ"の役目だと思うの。同業者同士で殺し合うのも気が引けるけど、世界を守るのが"リンドウ"なら人の道理から落ちた人間も私達で戦わないと」椅子にもたれかかって上の空を見上げた。
"マリー"だけではなく世界には強力な属性を扱う人間が一般人を襲うこともある。いっときの感情、もしくは狂った人間、人を襲う理由も様々だ。そんな危険人物の対処も"リンドウ"の役目だと考えていたディーナ。"リンドウ"でなければまた被害が増えてしまうから。
すると、後ろからフェリスの肩に手を置いたナデシコが「不安になる気持ちも分かるさ。だが人間は多種多様、それぞれの思想を持っている。普通の人間から見れば狂った行動でも本人からしたら当たり前の行動と言う事もある。
だが行き過ぎた罪は裁かれるもの、恐らくこの行動を取った人間も分かっているだろうねぇ。自分の罪がどれだけ重いものか」
フェリスの肩から手を離してデスク置いてある新聞を手に取り内容に目を通したナデシコ。
「ちょっと怒ってる?貴方にしては珍しいけど」淡々と話すところがあるナデシコにしては少しだけ感情的になっているのを感じたディーナ。
「無闇に殺して回る殺戮者いや、"ウィザー"に興味が湧くと思うかい?人の可能性を潰して回るなんて、呆れを通り越して哀れだよ」「哀れむ気持ちも私は持てないかな、奴らに待つのは罰だけ」
フェリスはキョトンとした顔をした後に「お姉ちゃん"ウィザー"って何?」新しく聞いた単語を聞いた。
「"ウィザー"は私達"リンドウ"とは全くの別の組織の名前。"マリー"から皆を守るのが"リンドウ"。"マリー"も討伐し人も討伐するのが"ウィザー"。言ってしまえば反"リンドウ"組織。"アフィシャル"よりも質が悪い組織よ」
"ウィザー"、比較的最近になってから噂が流れ始めた組織名。神出鬼没の"アフィシャル"とは違い表立っての行動も辞さないため新聞等世間の知名度は"アフィシャル"よりも圧倒的に上である。
だがその知名度は危険過ぎる組織として知れ渡っていた。一般人を"マリー"との戦闘に巻き込み、邪魔になれば一般人や民間人の殺害も平然と行う犯罪組織。既に何人かのメンバーが"リンドウ"によって粛清されているが、"ウィザー"の筆頭は未だに姿を見た人はいないとされている。その理由は、相対した"リンドウ"は消息を絶っていると言われている。
「だからフェリスも"ウィザー"を名乗る人が出てきたらすぐに逃げて。まぁ私達がいるから大丈夫だと思うけどね」
そもそも二人がいればフェリスに近付く輩は排除される運命になるであろう。
「…フェリス、分からない。そんな人がどうして出てくるのかが」まだ幼い精神のフェリスは分からなかった。人が人を殺す理由が。
ディーナは口を開き慰めの言葉を伝えようとした時「これから分かっていけばいいだけさ。人生は学びの連続だよ」ナデシコはデスクに腰を置いてフェリスに優しく微笑みを見せた。
「そうよ、今まで分からなかったこともフェリスの長い人生の中で少しずつでも分かっていけばいいからね」真面目な性格のフェリスに重荷にならないように、これからの人生で分かればいいと思いナデシコの後に伝えた。
「お姉ちゃん…ナデシコさん…うん!フェリスももっと色々見て勉強するね!」ひたむきに頑張る姿勢を見せるフェリスは沈んでいた顔からいつも通りの笑顔を向けた。ディーナとナデシコも微笑ましい表情を向けた。
すると「ピンポーン」インターホンが鳴った。ディーナは立ち上がり「はい~?」と言いながら事務所の扉に手をかけ扉を開けると「あ、あの、ここがDina's hideoutでいいですか?」少し気弱そうな女の子が立っていた。
「ええ、そうだけど」「あ、貴方が"奇術の属性弾"の二つ名を持つディーナさんですか?」「いかにも、私がディーナだよ」ディーナの名前を聞いた後に少し黙り込んでしまった女の子。口を開いても何か後ろめたい気持ちが邪魔をしているのか、中々言い出せずにいた。
ディーナは何かを伝えるまではずっと待つことにしてその場に留まっていた。そして意を決した女の子はディーナの目を合わせて「お願いです、私の親友を殺し思い出を持ち去った"マリー"を討伐してください!!」女の子の決意の言葉にディーナはニヤリと笑い「お易い御用よ。貴方の親友を殺した"マリー"を生かしておく訳にはいかないわ。この"リンドウ"ディーナさんに任せなさい」
ディーナは自分の胸に手を置いて女の子を安心させるような言葉を使った。
この依頼を受ける事を既に決めているディーナだが、後に大きな事件に繋がる事をまだ知らなかった。




