初めての気持ち
スイレン宛の依頼は大国グラトからの救援要請だった。
グラトの名前を聞きディーナは顎に手を当て「グラト、私も行ったことは無いけど名前はもちろん知ってる。あの大国ルムロに匹敵する国家。世界の貿易や物資の流通が主なのがルムロであれば、グラトは武器や化学に発展した近代的な都市国家…ってイメージかな」
世界でも大国家と呼べるのは有数である。その中でも大国と呼ばれ世界中に真っ先に名前が上がるのは、王女ネルルが率いる大国ルムロ。隣接する国を話し合いによる説得により収め今も尚領土を拡大して行っている都市国家グラト。
世界は正しくこの二つの国が中心として動いていると言っても過言ではない。
「しかし何故君の元に依頼が?あの国であれば下級の"マリー"程度であればおそるるに足りないと思うが?」ルムロと同じく戦力は相応なものであり二つ名"リンドウ"程の実力者もいると言われている。
あの時ネルルがヴァレアに依頼を送ったのも王集会議が近く"マリー"に戦力を大きく動かせない状態であったがためである。
「私も依頼が協会経由で来た時は驚きました。ですが依頼内容を見る限りでは大型"マリー"がグラトの中央都市であり首都、フィグに目撃情報がありました。都市部にはまだ進行しておりませんがいつ襲われるかは分かりません。
そこで私宛に依頼が。ただ私以外にもう一人実力者の"リンドウ"が欲しいと依頼書には書いてありました。私の中で実力者の"リンドウ"は沢山いますが真っ先に思い浮かんだのはディーナさんでした。突然の依頼ですが、私と共にグラトと赴きませんか?」
スイレンは自分の胸に手を当ててディーナに同行を頼んだ。スイレンの中でディーナはどんな状況下でも落ち着いた戦闘を繰り広げ多種多様の属性を扱え、オールマイティに活躍出来るため、"マリー"の情報が貧しい中でディーナは適任ではないかと考えていた。
スイレンの真っ直ぐな目を合わせたディーナは眉を上げて少し驚く素振りを見せると口元に少し握った手で軽く抑えて「うふふふっ」と、笑った。
「な、何がおかしいんですか?」「いや、そんな真剣な顔で言わなくても一緒に行くつもりだったから。大型"マリー"は二つ名"リンドウ"でも手に余る事があるからね、相性の問題もあるから私で良かったら力を貸すよ。
それに私とスイレンな仲だから、断るのは気が引けるよ」
微笑みながらスイレンに同行を元からしようとしていた。そもそも都市国家でもあるグラトが"リンドウ"に依頼を持ってきている、この時点でグラトの兵士達では対処出来ない。もしくは兵力を"マリー"に回せない理由がある。いずれにせよ緊急性の高い依頼である。都市に住む人々のためにディーナは大型"マリー"を討伐する気だった。
あっさりと依頼に同行してくれるディーナに「ディーナさん、ありがとうございます。私もディーナさんの足を引っ張らないように尽力します。よろしくお願いします」また同じくディーナと依頼をこなせる事に嬉しくなって思わずほくそ笑みながら頭を下げた。
「そんな大層な事じゃないよ。一緒に頑張ろ」スイレンは頭を上げて「はい!」と、返事をした後にディーナと握手を交わした。
「ディーナ君、依頼に赴くのは構わないがフェリス君と私はどうするんだい?」腕を組みながら右手を広げて質問するナデシコ。
「どうするって、どういうこと?」「置いていくのかい?もちろんフェリス君の安全は私が約束するが、大国の依頼だろ?この事務所にしばらくは戻れない可能性はある。君がフェリス君を見守れない状況が続いてしまう。君にとってもフェリス君にとってもそれは良くない結果が出てしまう」
ナデシコはフェリスと仲良くしているがやはりフェリスにはディーナが居ないといけない。その証拠にディーナが家を空けてしばらくしてから帰ってくるとフェリスはディーナから抱きついて離れない時間がある。
そのためいつ帰って来るか分からない状態でフェリスを置いていくのはまだ幼い精神面のフェリスにとってはかなり辛いのではないかと確信していたナデシコ。
「それは…確かにそうね。前にルムロで依頼をこなした時もここには何日も空けちゃったから。今回もそうはならないとは言えない」ディーナは過去にルムロに赴いた時を思い出していた。
たまたまルムロ遊びに行ったと思えばルムロを依頼を受けさらに超大型"マリー"を討滅等、事務所には戻れない状況になった。あの時はフェリスが一緒にいたからルムロに保護される形になった。偶然が重なればまた事務所を空けてしまう、そうすればフェリスとはまた会えなくなってしまう。ナデシコがいるため一人になる事はないが、それでもディーナ自身が耐えられない。"アフィシャル"の事もあり前よりも慎重になっている。
少し考えた後にスイレンに「スイレン、フェリスとナデシコも連れて来てもいい?流石にここに置いてはいけないから」「そうですね、事情を説明すれば大丈夫だと思います。グラトはとても広いのでフェリスさんとナデシコさんが泊まれる場所もきっとあると思います」
ディーナは笑顔で「うん、ありがと」顔は笑っていたが心の内は「危ない、一瞬でもフェリスを置いていく選択をしてしまいそうなった。しっかりしないと、フェリスに危険があったらいけないんだから」改めて気持ちを入れ替えてフェリスを守る決意をした。
「それではディーナさん、明日の正午にこちらに赴きます。そのままグラトに…とは少し行けなくて」「何かあるの?」「いえ、個人的な事になりますが、ルムロに行ってチハツさんの工房に寄る予定がありまして」と、言って苦笑いしながらこめかみをかくスイレン。
「チハツから呼び出しを食らったってこと?」「はい…私が悪いのですが、チハツさんからの武器手入れの時期が来ていたのですが少々多忙でして中々行く機会が取れなくて。
そうしていたらチハツさんから連絡が来まして、それはもう思い出すだけで少し萎縮するほど怒られました。しばらくグラトから離れることは出来なさそうなので、赴く前にチハツさんに会いに行かなくていけません。でなければまた…」ディーナから目を逸らして上の空を見るスイレン。
「確かにチハツの事だから武器を大切に扱わないと怒るのが目に見えて分かる。そういえばローゼンとフォーリーの手入れも三ヶ月に一度って言ってた。まだ期間はあるけど忘れないようにしないと、フェリスの件でまた怒られたくないし」口には出さなかったがディーナもチハツに怒られたことを思い出して苦笑いを浮かべた。
ディーナも何度かチハツの怒号を受けておりそれはもう"マリー"よりも恐ろしい形相で怒られるため、ディーナも出来るだけチハツに怒られないようにしていた。
「ルムロにチハツ…君達、あの大国ルムロとも関係があるのか。流石は二つ名"リンドウ"だねぇ、交流関係がとても深い。チハツ君の事は知ってるさ、確か今は鍛冶師としてルムロに滞在している"リンドウ"だろ?職人としても"リンドウ"としても相応な実力を持つ、是非私も会ってみたいものだ」ナデシコは顎を触りながら少しニヤついた。
前線から退いているチハツだが二つ名を持つ"リンドウ"の一人、チハツの過去の実績を軽くだが知っているナデシコはその実力や属性を司る"リンドウ"を一目見てみたかった、今後の研究のため。
ディーナとナデシコはスイレンの依頼の詳細を聞いていると、二階へと上がる階段から小さな足音が聞こえた。
ディーナとナデシコは振り返って足音が聞こえる階段を見るとまだ眠そうな様子で欠伸をしながら降りてきたフェリス。
「ふわぁ…お姉ちゃん、ナデシコさん、おはよう~」フェリスは少し伸びをしながら一階に降りた。
「うんおはよ。私達が話しててもしかして起こしちゃった?」少し大きな声で話をしていた事でフェリスを起こしてしまったかと思ったディーナ。
フェリスは首を横に振って「ううん。お昼寝もいっぱいしたから元気になったよ。それにあんまり寝ちゃうと夜眠れなくなっちゃうから」
「フェリスさん、おはようございます」スイレンは起きたフェリスに挨拶をした。「えっ?あっスイレンさん!?どうしてここにいるんですか?」ようやくスイレンに気がついたフェリスは驚いていた。
「本日はディーナさんに依頼をお持ちに来たのです」「お姉ちゃんに会いに来たの?」「はい、無事に依頼を受けてくださるので安心しました」
眠っていたフェリスはまだ内容を知らないようで、ディーナはフェリスの目線までしゃがんで「これからしばらくグラトって言う国に行かなくちゃいけなくて、フェリスをここで待たせる訳にはいかないから、一緒に行こ。ナデシコも来るからね」
突然の連発に少し困惑気味になるフェリスは「えっ、フェリスも一緒に行っていいの?グラトってフェリス分かるよ。新聞にもよく載ってるから、けれど行ったことない」毎日新聞を読み大凡の情報を掴んでいるフェリス。その中で都市国家のグラトの名前を載ってる事がありグラトと言う国があることは知っていた。
「大丈夫、私も行ったことないから。フェリスと一緒に行けるなんて私は嬉しいよ」「うん、いきなりだったけど、フェリスもお姉ちゃんと一緒なら楽しみだよ!」嬉しそうな笑顔を向けるフェリス。フェリスの中ではディーナと一緒に行けるのならどこに行っても嬉しくて楽しみだった。
「それではまた明日の午前中に来ます、案内係は私に任せてください」どうやらここで事務所から出ていく様子だったスイレン。するとディーナは「もう行くの?今から依頼でもあるの?」と、引き止めた。
「いえ、本日はもう何もありませんが」「だったら一緒にご飯でも行かない?スイレンが今までどんな依頼をこなしてきたちょっと聞きたいし」"リンドウ"として忙しい日々を送るスイレンがどんな"マリー"と戦ってきたかを聞いてみたかったディーナ。
「私も同席してもいいかい?君の属性の戦闘を少し聞きたくてね」ナデシコもスイレンの属性に興味津々だった。
スイレンは考える素振りを見せる間もなく「そうですね、ディーナさんとゆっくり食事に行ける日は無かったので、お言葉に甘えて私も行かせてください」
「フェリスも来るでしょ?」「うん、スイレンさんとのご飯フェリスも一緒に食べたい」
「ありがとうございます、この辺りは私も詳しくありませんのでディーナさんのオススメを教えてください」「任せて、スイレンを唸らせるお店に案内してあげる」
その後は四人でディーナ行きつけの店に行って楽しく食事をしたのはまた別の話。
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次の日、昼前辺りにDina's hideoutに来たスイレンはディーナ達を連れてグラトに向かうことに。その前にルムロのチハツに会いにいく事になっていた。チハツに会える事に喜ぶフェリス。それとは別に怒られる心配をするスイレンは喜ぶフェリスとは裏腹に苦笑いを浮かべていた。
ルムロに到着した四人。ルムロの大門の前にしたナデシコは両手を広げて「ここがルムロねぇ、話には聞いていたが実際に目にするのは初めてだ」大国を目の前に多少テンションが上がっているようだ。
「ルムロに来たこと無かったの?」「まぁ行く機会が無かったからねぇ、特別親しい仲の友人も居ないし研究もここまで大きな国でおこなえば自由には出来ないからねぇ」そう言って首を横に振った。
ナデシコは研究の邪魔をされるのをとことん嫌う。大国になれば目をつけられる可能性が大いにありえる。ましてやルムロは世界でも有数の大国、そんな場所で研究なんてすれば大事になりかねない。そのため不用意には近づかなかった。
大門に近づく四人。すると門の両脇に佇む騎士が「おや、ディーナ様にフェリス様。それに"リンドウ"のスイレン様まで、本日はどのようなご要件で?」王女と顔見知りのディーナとフェリス、ルムロの住人の依頼を何度かこなしているスイレンは既に騎士達の中でも顔見知りであった。
「私のお付き添いでディーナさん達は来ました。私はチハツさんに呼ばれここまで足を運びました」スイレンはルムロに来た理由を説明した。「そうでしたか、お呼び止めして申し訳ございません。して、そちらの方は?御三方のお知り合いですか?」三人の中に入る見知らぬ顔に少し警戒する騎士。
「私かい?ナデシコ・カミトだ。ディーナ君の家に住む居候だよ」特に自分のことを隠すようなこともせずに自己紹介をした。
「居候…?ディーナ様のお知り合いと言うことでよろしいのですか?」「まぁそうかな。別にルムロに危害を加えるような娘じゃないから安心して」
ディーナが安全だと言うがまだ信用は出来ない騎士は「とりあえず身分を証明する物を何か持っていませんか?それ次第でルムロの入国を許可します」本来怪しい人は絶対に入国の許可が下りないがディーナの知り合いと言うのをディーナ自身が口にしているため身分証明さえあれば入国は許可するようだ。
「証明書か、ちょっと待っててくれ」ナデシコは服を漁り「どこにあったかなぁ~」と言いながら服を漁っていると一枚の名刺のよう紙を見つけ「あぁあったよ、これでいいかい?」一枚の紙を騎士に渡した。
紙を凝視する騎士はナデシコの顔を見て「属性研究員の方でしたか、差し出がましい事をお詫びください。私も詳細が分からない方を通す事は出来ませんので、研究員の方であれば仔細は聞きませぬ。それではお入りください」一礼した後に騎士の二人が両門を開け、四人をルムロの敷地内へと通した。
警戒していたが名刺を見せた瞬間に警戒を解きルムロに入ったナデシコにディーナは「属性研究員?そんな仕事あった?」ナデシコが通れた理由の属性研究員と言う単語を聞いた。
「世間的にはあまり広がっていない職業だよ。一応私は名目上は女性の体内にある属性について研究する、属性研究員の一人なのさ。人それぞれに宿る属性を調べて世界にもっと属性について知ってもらうような研究員さ。
研究員だからと言って稼げる仕事ではないから趣味の領域だし、活動場は自由だ。だから私も自由にしているのさ、最も属性研究員の一人というのはこう言った身分証明をするために入っているようなものだからねぇ」
属性研究員、当たり前のように女性が持つ属性を調べてさらに活性化や可能性を引き出すようにする、それが属性研究員の目的である。
世間的には給料もほとんど無く属性を知りたいという欲がある物好きしか入らない。また目的が研究員一人一人によって変わっているため、大まかには属性の活性化だが中には属性を鎮静化を目指す研究員もいる。
ナデシコも研究員の一人だが他の研究者の例に漏れずナデシコも自分の変異属性の研究以外に興味が無いため一匹狼の研究をしていた。
「へぇ~でもなんで研究員だからって簡単に通れたの?」聞いている限りでは安全性や安定性があまり感じられない仕事だと思ったディーナ。
「研究員の資料や資金に関しては国が負担することがあってね、その対価として研究の成果を国に譲渡する契約がある。ルムロもその契約をしているんだねぇ。どの研究員かは分からないが大国と契約しているぐらいだ、それ相応の研究成果をルムロに渡しているんだろう。
まぁ私は国と契約なんて面倒だから自分で稼いでいるんだけどね」
属性研究員の研究成果は今後属性の詳細をより知れる情報がある場合もある。最新のデータを即座に入手しより国を良くしようとしているルムロは属性研究員と契約し属性についてより深く知ろうとしていた。
「なるほど、属性研究員って名前だけで入れるってことはネルルもその研究員の事を信頼してるのか…」口元に手を置いて独り言を呟くディーナ。
「何か言ったかい?」微かに聞こえたナデシコだが何を言ったかは分からなかった。「いや、なんでもないよ」とはぐらかした。
「ネルルと知り合いは流石に言えないなぁ。知られれば色々と迷惑になりそうだし」
チハツの工房に歩を進める四人、その中で周りの会話が聞こえてきた。
「ネルル王女、同盟を求めた国と対談して蹴ったそうよ。エニーって言う小さな国とは同盟の契約するのに、あの人の勝手な都合で蹴ったとしたら対談した国の方が可哀想よ」
「仕方ない、ネルル王女の性格を見れば分かる。あの人は唯我独尊、高飛車で無鉄砲な人だ。国の政策に関しては右に出る者は居ないと言うが、ルムロの行く末は心配になるよな」と言った内容が聞こえた。
また別の場所からも「この国が大国だからってあの王女調子に乗ってない?あの国と同盟を結ばないなんて、どうかしてるわよ。永遠の繁栄と平和を口にしてる割には自分の行動が分かっていないんじゃない?」
「まだ若いから仕方ないって言える部分はある。けれど政権交代してからの傍若無人は流石に目に余る。彼女の行動でルムロが危機になるってこともあるかもなぁ」
どうやら今ルムロの中で大きな国との同盟をネルルが蹴った話題で持ち切りのようだ。
至る所から耳に聞こえるネルルの悪口や噂、そんな声を聞いてディーナはやるせない気持ちになっていた。
「ネルルの性格は私達の前では明るくて優しい女の子なんだけど、世間じゃ悪い殿下様。でもここで私が本当の事を伝えればそれこそ今まで積み重ねてきたネルルの頑張りが無駄になっちゃう。ここでは我慢しなきゃ」下唇を噛み反論したい気持ちを必死に抑えたディーナ。
すると、隣に歩いていたフェリスが突然ディーナの手をギュッと握った。「フェリス?」「お姉ちゃん、皆、ネルルさんのことを悪く言ってる…?そんなの嫌だよ、ネルルさんは、とっても優しい人なのに…」涙を流す様子ではなかったが知り合いが悪く言われているのがとても悲しいようだった。
フェリスにとってこれは初めての経験だった。自分の友達が陰口や悪い噂を言われている光景、自分の知っているネルルとは全然別の人の話をしているようでフェリスも内心ではとても悔しかった。初めて悔しいという感情がフェリスに芽生えた瞬間だった。
ディーナは自分と同じ感情になっているフェリスに少し驚きながらも何故か微笑んでフェリスの頭を撫でた。何も褒められるような事をしていないフェリスだが突然頭を撫でられたことに驚いていた。
「お姉ちゃん、フェリス何もしてないよ?」「ううん、新しい気持ちが芽生えたのだったら、ちょっとしたお祝いをしなきゃね」ディーナの言っている意味が分からなかったフェリスだがディーナの笑顔を見て自然にフェリスも笑みがこぼれた。
しばらく歩いてチハツの工房がある店まで足を運んだ四人。扉の前で「カンっ…カンっ…」と、鉄と鉄がぶつかる音が聞こえていた。
「ここがチハツ君の工房ねぇ、職人は外観にこだわらないようだねぇ。それもまた魅力の一つだ」一見して普通の店構えに何故か笑ってワクワク感を示すナデシコ。
「それでは…入りますね」咳払いをした後にスイレンは扉をノックした後に「チハツさん、入ります」と、言って扉を開けた。
開けた先には後ろ向きでトンカチで熱した鉄を叩くチハツの姿が。扉が開いたことに気が付き振り返ったチハツは少し機嫌が悪いようで眉間に皺を寄せていた。
スイレンの顔を見たチハツはトンカチを置いて「スイレンてめぇ!何今更来てんだ!点検期間はとっくの前に過ぎてるって言うのによ、忙しいだなんて言い訳出来ると思うなよ!!」ブチ切れながらどんどんとスイレンに近づいていく。
「す、すいません。私も赴こうとは思っていたのですが…そ、それに今日は私だけじゃないのです!」「あぁ?」スイレンから顔を逸らして奥を見るとディーナは苦笑いを、フェリスは少し怯えてディーナの手を掴み、ナデシコは突然の怒号にキョトンとした顔をしていた。
突然に来たディーナとフェリスに驚き「アンタ達、何しに来たんだ?」「今日はスイレンの付き添いって感じかな。これから一緒に依頼に行くから」
スイレンを怒鳴ったチハツにフェリスはまだ怖がっている姿を見て「悪い悪い、開口一番怒鳴っちまった。また会えて嬉しいぜ、フェリス」そう言ってフェリスの目線までしゃがんで手を差し出した。
怖い一面もあるチハツだが本質はとても優しい性格を一時ではあるが一緒に暮らしたフェリス。手を差し出した顔は一緒に暮らした時と同じような優しい顔だった。
恐怖心もいつの間にか無くなって差し出した手を両手で握った。「うん!フェリスも会えて嬉しい!」お互いに笑顔を向ける二人。
怒りが治まったチハツにスイレンはディーナの耳元で「お二人のおかげであまり怒られずに済みました、ありがとうございます」と、チハツに聞こえない程度の小声で話した。
ほっと一安心するスイレンにディーナは「もしかして怒られないために私達を呼んだ?」依頼を頼んだのはこの時のために頼んのではないかと思ったディーナ。
「ま、まさか、ディーナさんなら頼りになると思ってお声をかけたのです。まぁ、本当に多少はその意味もありますが…」そう言ってディーナから顔を逸らしてこめかみをかくスイレン。「意外とスイレンって図太いのね」
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再開に浸った後に当初の目的であるスイレンの両剣を見定めるチハツ。ついでと言ってディーナのローゼンとフォーリーも見ていた。
「まぁ手入れは怠っていないし刃こぼれもしていない、とりあえずは合格点を出してやるが、手入れ時期は三ヶ月に一度の約束だ。次破ったら灸でも据えてやるからな」と、念を押してスイレンに両剣を返した。
「遅れたことは素直に謝ります。ですが自分の愛刀の手入れを怠るなんて言語道断、この剣のおかげで私は今の私を確立しています」スイレンは両剣を真っ直ぐに見つめた。
「お前のバカ真面目な性格で怠るなんて事はしないか、今回は不問にしてやるよ」
「そう言えば聞きそびれていたんだけどスイレンとチハツってどこで知り合ったの?リュウサにいる時に聞こうと思ったけどバタバタして聞けなかったのよね」前々から疑問だったスイレンとチハツの関係を聞いたディーナ。
「チハツさんとは比較的最近出会いまして、私が二つ名を貰う直前でヴァレアさんからの紹介で一級品の武器を生み出すのならチハツさんに頼めと言われ、それでこの工房に来たのです」
「よくあんな武器でここまでやってこれたよ、手入れ事態はしっかりしてたが物が限界ギリギリだ。市販で仕入れてるって聞いた時は驚いたさ。そいつの眼は真っ直ぐで面白い。アタシの武器を持たせるには充分だ。
そこで創ったのがそれさ、多方面から対応してかつ水の属性に合う武器ってなったらその案が浮かんだ。両剣は扱うのが難しい武器の一つだが柔軟な属性を扱うスイレンだ、すぐに慣れるだろうと踏んだが思惑通りだったな」
スイレンは両剣を見つめたまま「私はこの剣に"ロータス"と名付けました。いつまでも私に清らかな心があるように」ロータスを握った時から"リンドウ"として"マリー"の討伐が捗り、二つ名を与えられた時には相棒の剣としてスイレンは愛着を湧いていた。
「なるほどね。それでリュウサで会った時スイレンは驚いていたんだね」「はい、チハツさんは過去に"リンドウ"としての実績はかなりのものでしたのでもしかしたら復帰されるのかと思いましたが」
ディーナが口を開けてチハツが"リンドウ"だった頃の話を聞こうとした時「それよりもアンタ誰だ?」当たり前のように会話を聞いているナデシコにツッコんだチハツ。
「おや自己紹介が遅れたねぇ。私はナデシコ・カミト、ディーナ君の事務所に居候中の者さ」胸元に左手を置いて自己紹介をしたナデシコ。
そんなナデシコの眼をじっと見つめるチハツ。しばらく見た後に「変わった眼してんな。なんつーか、世界に興味が無いけどその行く先には興味があるような。いや別に悪い意味じゃないぞ、他の奴と違ってるってだけで」今まで見た事がないような眼をしていたナデシコにチハツにしては珍しく驚く表情をしていた。
「まぁ大凡合ってるさ。世界自体に興味は無いさ、ただここに住まう人々は可能性の塊だからねぇ。君は他者の眼を見て心情が理解出来るとは、やはり二つ名"リンドウ"は感性が全く違う人ばかりで面白い」一般とはかけ離れた能力を持つチハツにとても興味関心が高まるナデシコ。
「なんか変わったヤツだな、お前の事だから考えはあるんだろうがあんまフェリスに悪影響になるようなヤツ家に招くなよ」
「常識人ではないのは分かってるけど、でも悪影響になるような事はしてないからね、今のところは」「酷い言われようだねぇ」そう言ったが特に気にする様子ではなかった。
チハツはナデシコについてそこまで追求することはなくディーナにローゼンとフォーリーを手渡した。
「やっぱアンタならと思ったが予想通りだ。手入れも全て行き通ってる、ローゼンとフォーリーもアンタに扱ってもらえるんだったらって喜んでるぜ」今日一番の笑顔を見せるチハツ。
内部構造や手入れ等全て綺麗にしているディーナに託して正解だと心の底から思っていた。
「まぁそれでも無茶な扱いもした時もあるからね、それでも全く壊れないどころか傷すらつかない貴方の作りが良かったからよ」「無茶しても大丈夫なように設計してるからな、別に気にすんな」ディーナも二つの銃を見て「いつもありがとう」と、口にはしなかったが心の中で感謝を伝えた。
「あぁそうだ、アンタに渡したい物があったんだ」そう言ってチハツは工房の裏に駆けた。すると、すぐに戻ってきたチハツの手に持っていたのは、革の鞘に納められたナイフだった。
「ほらよ、アンタにあげるよ」ディーナは手渡されたナイフの手に取り取っ手を掴み鞘から抜くと自分の顔が映るほど綺麗な刃が眼に入った。
「どうしたのこれ、なんで私に?」突然の手渡された刃物に戸惑うディーナ。「客の納品の武器を創るために仕入れた鉄なんだが余っちまってな、上等な物を仕入れたから捨てるには勿体なくて暇な時間に創ったんだが意外と良い物が創れてな。アタシは刀使いだ、ナイフは戦いには使わねぇ。アンタなら器用にこなせそうだからな、渡してやるよ」
気まぐれに色々と創るチハツ。基本的に人から見れば高性能の物ばかりだがチハツは自分が納得しなければガラクタになる。そのため完成間近まで創った物でも容赦なく捨てることが多い。今回ディーナに渡したのはチハツの中でもかなりいい出来、アテが無かったがディーナになら渡しても問題無いと思っていた。
すると、渡されたナイフをじっと見つめ何か物思いにふける様子を見せるディーナ。普段から気さくで笑みを絶やさないディーナがためその表情を見たフェリスは「お、お姉ちゃん?」と、心配そうな声をかけた。
我に返ったようにディーナはハッとなり「何?」フェリスと目を合わせたようにした。その様子を見たスイレンも「どうかしましたか?まるで何かを思い出していたような…」少し感じたディーナの違和感に疑問を覚える。
「うん、ちょっと昔を思い出しちゃってね」ほくそ笑むディーナだがどこか悲しげに見えた。
「ふむ、君の昔の姿はあまり想像出来ない。そのナイフに何が見えたんだい?」一本のナイフを見て何かを思い出したディーナの過去が気になったナデシコ。
「そうね…私が初めて、失いたくないって思った瞬間、かな。改めてその事を思い出したよ。
うん、そうね…貴方達になら話しても大丈夫かな。私の昔話に付き合ってくれる?」ディーナの過去を知りたい人は今いる全員そうだった。全員が頷いて「お姉ちゃん、昔はどんな人だったの?」特にフェリスは一番気にしていた。
「昔?昔の私は結構どうしようもない奴だったよ」「えっ?」ディーナは自分の過去を語り始めた。




