現実の声
電車から降りてエニー近辺まで来た三人。辺りは草原が広がりのどかな風景が広がっている。見た限りではとても"マリー"が出てくるとは思えなかった。
草原には一本道が出来ており目の先には目的地のエニーがあった。
「静かな道ね、風も心地いいし本当に"マリー"なんているの?」あまりのゆったりとした空気に疑問を持つディーナ。「初めは私もそう思った。だがエニーに行けばすぐに分かる」ヴァレアはあまり多くは語らなかった、今から行く場所だから言わなかったのか。
ずっとディーナの手を繋いでいるフェリス、ディーナは初めての場所で戸惑っているんじゃないかと思いフェリスに声をかけた。
「フェリス大丈夫?」「うん、でも不思議な感じはするよ。なんだか、懐かしいような、前にもこんな場所に来たことがある気がする」
初めてフェリスが昔を思い出すような言葉にした。それに追求しようとディーナは「それって、フェリスの昔の・・・」その時、近くで「キャーーー!!」女性の叫ぶ声が聞こえてきた。
「この声、ただ事じゃなさそうね」「あっちからだ、急ぐぞ」ヴァレアは声がした方に走った。「フェリス走るよ」「う、うん!」ディーナもフェリスの手を引っ張り走った。
走った先にいたのは倒れて恐怖で身動きが取れない女性と鋭い爪を立てて今にも女性を襲いかかろうとしていた人型"マリー"がいた。
このまま走っても間に合わないと判断したヴァレアは咄嗟に「ディーナ!」と叫んで走りながら腰に差していた刀の柄を掴んだ。
「分かってる!」ディーナは立ち止まり懐に入れてある銃を取り出し一瞬で狙いを定め一発放った。
放たれた銃弾は腕を振り上げて切り裂こうとしていた"マリー"の背中に命中し"マリー"の動きが止まった。止まったと同時にヴァレアが既に"マリー"の目の前まで来て走りながら刀を抜くと同時に"マリー"の胴体を斬った。
"マリー"はその場に倒れ込んだ。女性は息遣いが荒く震えていたが、助かったと思い腕をなでおろした。
ヴァレアは血払いのような動作をし刀を鞘に収めた。女性の元に近づき「無事か?」と声をかけた。
「は、はい」「立てるか?」手を差し伸べた。女性は手を取り立ち上がろうとしたがまだ震えていた足のためか上手く立ち上がることが出来なかった。辛うじて手を取りながらであれば立つことは出来た。
ディーナも女性に近づき「ふぅ危ない。お姉さん大丈夫?」「なんとか・・・ってヴァレアさんにディーナさん!?"リンドウ"のお二人がどうして」
二人の顔を見て驚いている女性。「私達が来るってことは知らなかったの?」「住民達には知らせていないだけだろ、公になれば住民の不安も広がってしまう」
「まさか、助けに来てくれたのですか?今の国はとても危険な状態で外に出るのもはばかれています」「お姉さんはどうして外に?」「国の外れに祖母がいて、どうしても無事か確認したくて、幸いにそこまでは"マリー"は来ていなかったので良かったですが・・・」
すると、ヴァレアはため息を吐いて「"マリー"が頻繁に確認されている中で対策も無く外に出るなんて一般人にとっては自殺行為等しいぞ。奇跡的私達の目に止まったから助けられたものを。自分の行動に自覚を持て」
危険行為に対するヴァレアの説教、それは威圧的だ。
自分の行動を振り返ったのか俯いて震える女性は「ごめん、なさい」小さな声で謝罪した。
「まぁまぁ、家族を心配するなんて当然でしょ?自分の身を省みず危険地帯に飛び込むのも一つの勇気があるって証拠よ。次は気をつければいいだけよ」
ヴァレアとは違い家族を想った行動に感激し手厚くフォローを入れたディーナ。「さて、ここは危険だし、案内してくれない?国の行き方をまだよく分かってないから最短で行ける道を教えて」
すかさずこの場所を離れて国の案内を頼んだ。「は、はい。では、こちらに」女性は国の方へ歩いた。
一通りのやり取りを黙って見ていたヴァレアも何も言わずに女性について行こうとするとディーナが耳元で「もぅ、口が悪いんだから。もっと優しい言い方があるでしょ?あれじゃあの人怖がるだけだよ」さっきのヴァレアの言葉に対しての不満を言った。
「事実を言ったまでだ。"マリー"の脅威を知っておきながら身を守る術も持っていないのなら、ああ言った方が反省して対策もするだろ」そう言ってヴァレアは立ち止まったディーナを尻目に女性について行った。
ディーナはこめかみを掻いて「全く、正論なのが悔しいけど」この間ずっとディーナの裾を掴んで後ろにいたフェリス。
「フェリス、行こ」フェリスに対して何も言わなかったのが申し訳なくなったのか、気遣って女性の跡をついていくことを言った。「うん・・・」何か不安がありそうなフェリス。
目に見えて不安そうだったがここで聞いてまた"マリー"に襲われる可能性もあるためまだ何も言わなかったディーナ。「この先、何かあるのかな?」不安の正体を気にしつつも四人は国、エニーに向かった。
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エニーに着いた四人。街の周りには"マリー"が迂闊には入って来れないように高い鉄製の柵が刺さっている。住民達が出入り出来るように一部分だけは空いている。
街の風景は住宅街が広がり所々に雑貨屋等の店がぽつりぽつりあり、どこにでもある普通の小さな国、ただ一つ違ったのは「活気が無いね。あんまり人も出歩いてないし、お店も空いてないところを見ると"マリー"の襲撃を警戒して皆家に引きこもってるって感じかな」
ディーナは現状の街の様子を見て即座に状態を確認した。
「エニーの防衛隊が街を"マリー"から守ってくれています。けど、正直時間の問題です。"マリー"はどうしてか時間が経つと退散するんです。街を守る時間稼ぎでしかありませんので・・・」
女性は"マリー"の実態を少しだけ話した。
「現場を見ていたのですが、防衛隊が"マリー"を倒しているのも見ました。けれど明らかに劣勢、何人のも人達が"マリー"の手によってやられていくのを見ていると、私は何も出来ない・・・」
無力の自分に震え、涙を流す女性。
するとヴァレアは女性の肩を優しく叩き「その心意気があるのならまずは"マリー"から生き残れ。何も出来ないのであれば、何かを考えろ」
「何かを、考える?」「何も出来ないと諦めるのは思考を停止した事と一緒だ。知恵さえあれば"マリー"が去った後の事だって考えられるだろ。その時のために頭を使って国の復旧でもするんだな」
ヴァレアなりの励ましだった。ぶっきらぼうで言い方もあまり良くはないが、言ったことは全て国のためのことでこれからどうするべきかを女性に答えた瞬間だった。
「・・・そうですね、私は諦めていたんですね。"リンドウ"の皆さんが来てくれたのだから安心できます。
ヴァレアさんディーナさん、この国、エニーをどうか守ってください。私も、私なりに考えてみますので!」
そう言って女性は住宅街へと走っていった。「へぇ、良いこと言うじゃない。私ちょっと感心しちゃった」
「いつまでも嘆く暇があるなら打開策を打って出す方法を探した方がマシだ。依頼主はこっちだ」
ヴァレアは歩き始めた。ディーナもヴァレアの跡をついて行くように歩いた。その背後にはずっとくっついているフェリス。
三人は歩いていると街の現状が分かるような会話が聞こえてくる。
「聞いた?"マリー"の襲撃によってあの家の家族は殺されたこと」
「聞いたよ、それに唯一生き残ったまだ幼い女の子も目の前で母親が"マリー"の爪で首の頸動脈を切られて・・・それ以来女の子も家に篭ってずっと泣き続けてるのよ」
また別の会話でも
「許さない、絶対に!"マリー"の奴ら私の親友を!逃げてても犬のような"マリー"が親友に追いついて噛み殺した、あんなに無慈悲な生物この世にいていいの!?」
「"マリー"の思考なんて誰にも分からない。ただ殺戮を繰り返したいだけなのかどうかも。私達だけじゃ、どうしようもないよ」
「悔しい・・・自分が許せないよ」そう言って涙を流す人もいる。
街がどれだけ凄惨で悲しい出来事があったのかがよく分かる会話。
このような会話が飛び交う中でもヴァレアは気にせずに歩いたがディーナは気が引けて胸に手を当てて「もう少し、私達が早く来てればもっと被害が抑えられたのかな」自分への後悔でもあって、依頼が来てなくても来るべき場所であったと悔しい思いになっている。
しかし、そんなディーナよりももっと悲しい思いになっている人も。
ディーナの後ろから啜り泣く声が聞こえてくる。
後ろを振り向くとフェリスが泣きながらも懸命に歩いていた。驚いたディーナは立ち止まって振り返ってフェリスの目線まで膝を曲げた。
「ど、どうしたのフェリス?」理由を聞こうと訪ねた。
フェリスは泣きながらもこう答えた。
「・・・こんなに、皆が悲しい思いをしてる。ここに入る前の女の人も重くて抱えきれない悲しさがあったよ。そんな人が、ここにはいっぱいいて、フェリスは皆が苦しむ声が聞こえてきて、怖くなっちゃったよ・・・」
飛び交う会話や重い空気、フェリスにとっては初めてだった。今はディーナの事務所がフェリスにとっての世界だった。それは幸せしかない光景しかなかったが、現実の世界は思っている世界とはまったく違っていた。
あまりの悲惨な光景や声に思わずフェリスは涙を流してしまったのだ。
まだフェリスの事を完全に理解しているわけではない。それでももっと色んな世界を教えておいた方が良かったと思っているディーナだが、フェリスにはこう言った。
「フェリス、それは聞かなきゃいけない声だよ。今の現実、"マリー"がいる現実の声がこれだよ」
短い言葉、説教のようにはなりなくなかったディーナが言った現実の言葉だった。
「ほら、ヴァレアについて行かないと。行こ?」ディーナは手を差し出した。泣きながらもフェリスは手を取ってディーナの横に立った。二人は並んでヴァレアの跡をついて行った。
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しばらく歩いた先には区民館のような住宅とは明らかに違う大きな建物が目の前にある。
「ここ?」「エニーの中心、ここが本部だ」「お偉いさんが集まる場所ってこと?」「そういうことだ」
建物には"マリー"の侵入防止のためか大きな鉄格子の門がある。その横にはインターホンがあり、御用の方はこちらのボタンを押してくださいと張り紙も書いてある。
ヴァレアがインターホンの前に立ってボタンを押そうとすると「緊急事態です。"マリー"の群れが近辺に来ています住民の皆さんは速やかに避難してください」
突然アナウンスが流れ始めた。国中にこのアナウンスは流れ、外出している住民は慌てふためきながらもどこかに走りさってディーナ達以外の人達がいなくなった。
「近辺に"マリー"って、まさかこの国に入ってくるんじゃ」「可能性は高いな。しかしさっきのアナウンス・・・」
ディーナはフェリスの手を離して「ヴァレア、フェリスをお願い。私はさっき国に入ってきた場所まで行ってくる」そう言ってディーナは来た道を走っていった。
「あっ、お姉ちゃん・・・頑張ってって言えなかった」少し落ち込んだフェリスに対して「これは序の口。これからいつだって言える」この"マリー"で落ち着くはずが無いと分かっているヴァレアはフェリスを励ました。
一方でディーナも走って周囲を見渡し"マリー"がいないかを確認していた。「入ってくるなら私達が入ったあの場所しかないはず、ちょっと急がないとね」
走る速度少し上げたディーナ。
出入りまで近づいてきた。しかしディーナは立ち止まった。そこには数匹の"マリー"が徘徊していた。"マリー"は動物の形をしており牙は鋭く噛まれたら食いちぎらそうで、四足歩行で犬のような"マリー"である。
幸い住民達は避難した後で誰も居なかったが数匹の"マリー"はディーナを獲物と捉えたのか真っ直ぐディーナに突っ込んで来る。
少し距離があるため、ディーナは銃を取り出してマガジンを装着した。「まだ街の観光もしてないのに、ちょっとせっかち過ぎない?」ディーナはいつでも撃つように構えた。
狙いを定め、トリガーに手をかけたその瞬間だった。
全ての"マリー"の足元に勢いが強い噴水のような水が舞い上がった。"マリー"達は上空高くに吹き飛ばされた。噴水の勢いは止まらずに"マリー"達は足場も安定しない水の上で不安定な体制になっている。
あまり驚かないディーナでもこの光景には「何?これ、なんのショー?」冗談を加えながら驚いていた。
舞い上がる"マリー"達のさらに上空から武器を持った女性が"マリー"を貫いた。すぐさま次の"マリー"へと行くために何も無い場所から噴水が女性まで噴き出し水に飛んで、足場にした水から"マリー"の元に行き"マリー"の体を真っ二つに斬った。
それを繰り返し、いつの間にか"マリー"は全滅し、女性は最後の"マリー"を斬った後にディーナを飛び越す程に飛び上がり、ディーナの後ろに可憐に着地した。
しかし、まだ残党がいたようで三匹の"マリー"がディーナを通り越してその女性に襲いかかろうと飛び上がった。
ディーナは咄嗟に銃を構えて一発"マリー"のいる方角の空に撃った。撃った弾は火の玉のようで火の玉は三つに弾けて三匹の"マリー"に直撃した。
"マリー"は燃え盛りながら地上に落下した。炭になるまで燃え尽きた"マリー"を確認して女性に近づくディーナ。
目の前に立って「貴方ばっかりにいい格好はさせないよ」初対面でこういう事を言うのがディーナである。
女性は口を開いて「ご助力感謝します。あの場での即座の対応、"リンドウ"の中でも手練ではないと出来ません。お見事の一言です」ディーナを褒めながらも感謝の言葉を送った。
いきなり褒められるとは思わなかったのかディーナも戸惑い「いきなりそういうこと言わないでくれない?カッコつけた私が恥ずかしくなってきちゃうから」少し顔を赤らめる。
「はは、別に気にしていないですよ。そして、貴方がディーナさんですね。全ての属性を扱える、"奇術の属性弾"」女性の方はディーナの事を知っていたようだ。
「私の事を知ってるんだ」「もちろんですよ、"リンドウ"の中でもかなり特例の人で性格に難アリって呼ばれていたのですが、とても優しそうな人で安心しています」
苦笑いを浮かべて「そんな扱いなんだ、私って。ところで貴方は?」
自分の名を聞かれて頭を下げて「私の名は、スイレン・メリアージュと申します。ヴァレアさんに呼ばれてこの国を救うためにここに来た"リンドウ"でございます」
彼女の名はスイレン・メリアージュ。ヴァレアが呼んだ、二つ名を持つ、手練の"リンドウ"である。