眼に映りし"マリー"
右の通路へ単身で歩いていくエーデル。進む道中で鎧の人工"マリー"数体出てきてエーデルに襲いかかった。当然エーデルの前では意味もなく全員瞬時に片をつけられエーデルは先に進んだ。
しかし先に進めば進むほど辺りはライトは暗くなっていき人の気配も完全に無くなって不気味な雰囲気が漂い始めた。だがそんなことはお構い無しに歩を進めるエーデル。
すると、エーデルの目に見えてきたのは白い壁が血に塗れた一帯が見え始めた。少し驚くエーデルの足元を見ると壁にもたれかかりながら座っている首元を鋭利な刃物で斬られたであろう血だらけの研究員の死体があった。
エーデルはしゃがんで斬られた箇所を見て「刀…いや、これはある程度力を込めないとここまで奥深くまで斬ることは出来ない。鋭利な爪を持っている?」
刀にしては側面だけではなく内部まで深く斬られている。残忍な行動をする何かがいる、エーデルは先に進んだがそこにはさらに研究員の死体が複数人転がっていた。
全員首や頭を斬られて、即死のようだった。研究員の死体に対して何も感慨を抱かないエーデルだが同時にある事に気がつく。
「これは"マリー"の仕業ではない。急所への狙い方が明らかに規則的すぎる。人間を急所を知り確実に狙いを定めて殺している。何者だ…?」断片的ではあるが"マリー"ではなく人間が研究員を殺していると判断した。
最初の研究員から"マリー"が殺ったとしたら不可思議な傷ではあったが複数の死体を見て確信した、何かしらの武器を持っている。それもかなり手練、ここまで正確に何人もの首を斬れるのはある程度戦闘経験がないと出来ない事である。
"マリー"との戦闘では無く対人戦に覚悟を持つエーデルは先に進んだ。すると行き止まりと同時に扉があった。扉にも血が付いており床には血を引きずった後がある。
この先にこの惨劇の張本人がいることを確信したエーデルは息を飲んで取っ手に手をかけて扉を開けた。
開けた先は自然が広がっておりここだけ木々を植えて育てているようだ。だが有様は木々は枯れ草原も血の色で染め上げられ自然とは反対の鬱蒼な雰囲気を出していた。
そして、エーデルの目の前には一人の研究員の服の襟を持ち既に息絶えている研究員を引きずり回している一人の女性がいた。穴だらけでボロボロになっている黒のマントを羽織り、何年も取り替えていない程ボロボロで返り血塗れの服を着た息の荒い女性だ。何より手に持つのは恐らく彼女の武器である持ち手が長く既に破れているが布が巻かれている斧を持っていた。
エーデルは不気味そのものの女性を見て「どう考えても普通では無いな。何者なんだ…」この場にいる研究員は人工"マリー"ではない明らかに異質な存在に少し冷や汗を流すエーデル。
すると、扉が閉まる音と同時にエーデルに気がついた女性はエーデルの方を向いて引きずっていた研究員を離して「"マリー"か…殺す…殺す!」そう言って殺意をエーデルに向けた。その殺気は気配だけではなく冷たい風が吹き悪寒のような感覚に襲われるエーデル。
殺気を向けた後に女性はエーデルまで突進して斧を振りかざしエーデルの首に斬りかかろうとした。一瞬である事を勘づいたエーデルは咄嗟にサイドに飛び込んで斧を避けた。
振りかざした斧は誰もいなくなった扉に突き刺さった。エーデルは体制を建て直し後ろに二つの亜空間を出現させた。「会った時から予感はしていたがやはりそうか。こいつが研究員を血祭りに上げているのか」あの一瞬で首元を斬りつけようとする動きを見て間違いなく惨劇の張本人だと確認したエーデル。
「だが人間。"マリー"のように言葉が通じない訳では…いや、過度な期待はよそう。とにかく対話してみるか」"マリー"ではなく、あくまで人間。もしかすれば会話出来るかもしれないというひと握りの希望を込めてエーデルは「おい!私は"マリー"じゃない、人間だ!殺す相手を間違えてるぞ!」
耳に届くように声を張ったエーデルだが扉に突き刺さった斧を抜いて「うるさい"マリー"だ…どうせ他者を殺す…"リンドウ"が止める…"リンドウ"が…"マリー"を殺す…」聞く耳を持たない所か理性すら無くなっているようだ。
それよりも彼女が発した言葉に疑問を抱くエーデル。「どうせ他者を殺す?何を言っている、人間が人間を襲うメリット等ある訳が無い。それに、"リンドウ"だと…こいつは間違いなく人間だ。だが、理性が無い。見境なく襲っている、こいつの眼前の前では人間だろうが"マリー"に見えるんだろうな」
女性に何があったかは分からないが、目に映る全ての生物を"マリー"と捉えて殺している。そして、自分自身が"リンドウ"だと思い込んでいる。
エーデルは亜空間を二つから四つに増やして「お前の"リンドウ"稼業も今日で終わりだ。お前には勿体ないアクセサリーも私が貰ってやる」この女性がネックレスを持っているかは分からない。だが既に理性が残されていない者が持つよりもエーデルが持つ方がよっぽど有意義ではある。
女性は斧を構えて「"マリー"は…ここで殺す…」と言って再びエーデルに突進して行く。亜空間を出現させているエーデルは腕を突き出して「哀れな"リンドウ"を穿て!」合図のように言うと四つの亜空間から黒い細い棘が女性に向かって突き刺して行く。
女性に胸辺りに向かっていく棘を避けようとはせずに斧を小さく振りかざし胸に刺さる瞬間に集まった棘の先端を切り落とした。しかしエーデルは焦りはせずに今度は女性の地面の下と頭上に亜空間を出現させて上下から穿とうとした。
同時に棘で突き刺そうとしたが女性は地面の亜空間を斧で勢いよく振り下ろすと亜空間が飛び出す棘がボロボロに折れてしまった。残った頭上の亜空間から飛び出す棘だが身を捩らせて棘を避けると斧で棘の先端を再び斬った。
先端を斬ると棘の先端を持ちエーデルに向かって飛ばした。飛ばした先は明らかに顔に目掛けて飛ばしてきていた。すぐさま目の前に亜空間を出現させたエーデル、そのまま先端の棘が亜空間へと入って行った。
亜空間の先が見えないため入ったことを確認してすぐに亜空間を消滅させたが目の前には斧を振りかざして今にも首を斬り落とそうとしている女性が。
エーデルは亜空間ではなく抜刀して斧と刃を交わして何とか場をやり過ごした。だが女性の力はエーデルの力よりもはるかに高く、首を斬られずにすんだエーデルだがよろめきを見せてしまった。
間髪入れずに女性は斧をすぐさま体制を変えてエーデルの頭に向かって斧を振り下ろした。エーデルは避けられないと悟り刀を盾替わりに頭上に刀を片方の手を刃に添えて構えた。斧の鋭利な刃と刀がぶつかりエーデルは受け止めた。
しかしエーデルよりも力では圧倒的に上の女性に徐々に押し負けていく。このままでは時間の問題と分かっていたエーデルは自身の腹部辺りに小さな亜空間を二つ出現させて出現させた瞬間にかなり細い棘が二つ同時に飛び出した。
亜空間に気がついていない女性はそこから飛び出す棘に気が付かずに腹部を刺された。
身体を貫通させる程ではなかったが少し動きを鈍らせるのには充分だった。斧を振り下ろす力が弱まった瞬間を逃さなかったエーデルは女性の腹に前蹴りをした。吹っ飛ばされはしなかった女性だがよろめきを見せて、エーデルはその間に距離をとった。
亜空間を消して少し一息つくように軽く息を吐くと「こいつ"リンドウ"だ。それにかなりの手練、属性もまだ使っていないのにこの動きはかなり骨が折れるな」女性の洗練された動きと瞬時の判断、そして力は全て"マリー"を討伐しできた"リンドウ"の動きとマッチしていた。
エーデルは"リンドウ"ではないがそれでも数多くの"リンドウ"を見てきたがこの女性の動きは中でも抜けている実力の持ち主である。
しかし理性を無くし全てを"マリー"と思い込む女性に目をつけられたエーデルだが退く訳にはいかなかった。
「悪いが、私にも譲れない心があるんだ。どんな奴でも可能性があるのなら、私の思い出を奪った奴を許す訳にはいかないんだ!」この女性が"リンドウ"であろうが、どれだけ可能性が低くても、エーデルの全てである思い出のネックレスを所持しているのであれば必ず取り返さないといけない。それがエーデルのただ一つの、生きる理由だからだ。
女性は真っ直ぐにこちらを見るエーデルに何故か笑いだし「あはははっ!"マリー"が…そんな目をする…燃えれば…どんな目をする…?」女性は片方の手を握るとみるみると炎が手に纏わり、その手で斧に触れると斧にも炎が移り攻撃が当たれば火傷は確実になる。
さらに炎が纏う手で地面に生える雑草に手を触れると部屋一面に炎が移っていき、草原は焼け野原になった。
辺り一面は炎だけしかなくなりエーデルもこのままでは焼け死んでしまう。
だがエーデルは危機的状況だったが少し笑みを浮かべて「お前の属性かこれが。炎か、これで警戒する必要は無くなった。私も出し惜しみ無しで行かせてもらう」属性が不明な以上下手に攻撃出来なかったエーデルだが逃げ道を無くすように炎の属性を扱った。属性が分かった以上、エーデルも本気で挑むつもりだった。
一面に広がった炎を見た瞬間に女性はエーデルに向かって走っていく。走る最中に女性の左右に炎の槍を作り出しエーデルに向けて飛ばした。
エーデルも左右に亜空間を出現させてそこから炎の槍と同じような棘を飛ばして炎の槍とぶつけて相殺した。
炎の槍が相殺されたが女性は既にエーデルの目の前に来ており炎を纏った斧を両手に持った。未だ消えない炎の手で斧を持つとさらに炎が燃え盛り、少し掠っただけでも炎の餌食になってしまう。
振りかざす斧の前に、刀で受け止めれば刀にも炎が移りエーデル自身も燃える状況だったがエーデルはすました顔で「前しか見えていない奴ほど楽に倒せる奴はいないな」エーデルが挑発とも取れる言葉を言うと、女性の後ろから三本の棘が身体に刺さった。
線で結ぶと三角形を描くような形で棘が刺された女性の動きは止まった。女性は顔だけ後ろに振り返ると先程時分がいた場所に三つの亜空間が出現していた。音もなく静かに出現した亜空間に気がつく事が出来なかった。
エーデルはさらに追い討ちをかけ女性の腹部に亜空間を出現させて細い棘ではなく身体に大きな穴が空く程の棘飛び出させ刺し穿いた。
近距離で飛び出した棘により吹き飛ばされた女性は炎の手で腹部を抑えた。腹から流れる血と口から流れる血を止める手段は女性には無かった。
今度はあちらが吹き飛ばされて距離を取られたエーデルは手元に亜空間を出現させ、棘が出てくると棘を掴み引っこ抜いた。
長い槍のような棘を瀕死状態の女性に投げつけた。自身に向かってくる棘に力を振りしぼり手に持つ斧に力を入れ、棘の先端を折った。
刺さる事はなくなり一瞬安堵する女性だがその一瞬を見逃さなかったエーデルは飛ばした棘がある場所に瞬間移動し女性の目の前に来た、抜刀している状態で。
いるはずのないエーデルに驚きすぐさま斧で応戦しようとしたが、安堵の差によってエーデルの方が速く動き女性の首元を刀で刺した。
エーデルは木々が燃える音しか聞こえないがそれは女性の吐息も聞こえていない事も示していた。
エーデルは刺した後に女性の首元をよく見ると血に濡れているがあるネックレスをしているのが見えた。女性の服で隠れてあまり見えていなかったが、近くで見えてようやく分かった。エーデル側からしたまだチェーンしか見えておらず先端に何が付いているは分からなかった。
エーデルは刀を女性から抜いた。抜いた後に流れる血を抑える事も出来ずにただ立ち尽くす女性。
既に息絶えたと思い立っている女性のネックレスのチェーンの部分を持って引き剥がそうとした、その時だった。
エーデルは既に息をしていない女性だったが何故か全身が震えているのが分かった。「なんだ、何が起こった!」直感的に女性から離れないといけないと判断したエーデルは後ろにステップして女性から離れた。
女性は震えながら動くはずのない手を自らの顔の前まで持っていき「あ、あぁ……ああアあぁあアアああぁァぁ!!」
突如断末魔の咆哮を上げると、上半身の筋肉が膨張し始め、持っていた斧も地に落とし、傷穴だった身体と首元は発火していた。さらに斧を持っていた方の手も突然変異を起こし始め、五本の指の手は肥大化し人の身体を簡単に突き刺せる程巨大な爪を持った人間の手とは絶対に言えない程異形化した。
何より、顔は属性の影響か肌が焼け爛れ瞳孔も完全に開ききり、右半分の顔は焼け野原になり、最早人間だなんて口が裂けても言える状態ではなかった。
「……はっ?」あまりにも突然の事に絶句し思考が回らないエーデル。目の前にいた人間が人間じゃなくなればこうなるのも当たり前の話である。
息を飲み炎の熱さも今起きている現実に汗を流すエーデル。だが人間ではなくなった女性に今言える言葉は一つだけだった。
「何が"マリー"を殺すだ。お前自身が化け物、いや、"マリー"になっているんだぞ!!」女性はエーデルの目の前で"マリー"へと成ってしまったのだ。




