それぞれの役目
強化型人工"マリー"を前に臨戦態勢に入る三人。槍を突き立てて三人に向かって再び突進の構えをする人工"マリー"。
ディーナは向かってくる前に属性の込められていない銃弾を数発撃った。撃った銃弾は人工"マリー"に当たったが鎧がかなり頑丈なのか全て鎧に当たって弾けてしまい、一切の傷を負わす事は出来なかった。
「わぉー頑丈。普通の弾丸じゃ無理ね」鎧の強度は銃弾を通さないほどの硬さを誇っていた。
すると人工"マリー"はエーデルに突っ込んだ時と同じ速度でまとまっている三人に突っ込んだ。ディーナとクロカは再度に飛び込み、エーデルは「飛べ」と言ってスワイを飛ばせてスワイの鳥の足を掴んで宙に浮いた。
誰もいなくなった場所に突っ込む人工"マリー"だが壁に衝突するギリギリで自身に急ブレーキをかけて止まった。
クロカは後ろを向いている人工"マリー"にチャンスと考えて鎌をほおり投げた。
縦回転で進んでいく鎌に手を伸ばして鎌を遠隔で操る体制になったクロカ。何かの音が聞こえてきた人工"マリー"は振り返ると鎌がこちらに向かって来ているのが見えた。
人工"マリー"は冷静に盾を構えてこちらに向かってくる鎌を防ごうとした。鎌は盾にぶつかった、回転し続ける鎌の軌道を変えて人工"マリー"の後ろへと通り過ぎていった。
クロカはニヤリと笑って「さっきも同じなの。所詮は"マリー"には変わらないの」地上で倒した人工"マリー"と同じ方法で通り過ぎた鎌に手招きするように手を揺らすと逆回転になり帰ってきた。
まだ後ろを向いている人工"マリー"に当たると考えていたクロカだったが、強化型人工"マリー"はひと味違った。
鎌が帰ってきている事が分かっていたかのように突然振り返ってもう一度盾を構えた。回転する鎌を盾で防いで再び軌道を変えた。
「嘘でしょ!?」予想外の行動に動揺を隠せないクロカ、軌道を変えた先には鎌を操るクロカ一直線に向かっていく。自分が投げた鎌に当たるのを避けるために咄嗟に人差し指を上に上げる動作をして、鎌を浮かせて自分の手元に戻した。
なんとか鎌を手元に戻したがクロカの目に映ったのはこちらに突っ込んでくる人工"マリー"。槍を突き立てクロカの体を貫こうとしていた。
実戦経験が浅いクロカは突っ込んでくる人工"マリー"にどうすればいいか瞬時に判断することは出来ずに呆然と見ることしか出来なかった。
「嫌だ、まだウチは…」抗おうにもその手は動かない、ただ死を待つだけだったクロカだが槍が体に直撃する瞬間にクロカの服の襟を掴んで後ろに上がりながら飛ぶスワイ。
「危ないとこだった、ウチに感謝をしなさいな。クロカちゃんは助けた、さっさとボコりなさいよ!」上空高く飛ぶスワイとクロカ。
対象がいなくなった人工"マリー"はまたしても急ブレーキをして止まったが、止まった先には二つの亜空間が左右に広がっていた。
「穿て」と聞こえると左右の亜空間から細い黒い棘が勢いよく飛び出した。交差するように飛び出した棘は人工"マリー"の首より少し下の鎧を貫通して突き刺さった。
棘は刺さった瞬間に瞬時に亜空間へと戻っていった。よろめきを見せる人工"マリー"にエーデルは死角から人工"マリー"に近づき足音を頼りにしていた人工"マリー"は死角の方を向くと鞘から刀を抜いて突き刺そうとしていた。
一瞬て判断して反撃しようとしたが棘に突き刺された反動か体が瞬時には動かなかった。エーデルは人工"マリー"の首に狙いを定めて刀を首に突き刺した。
突き刺した刀の鋒から人工"マリー"だが赤い血の水滴がポタポタと流れていた。
「厳重な鎧も手薄な所を刺せば意味はない。力が無い私ですら突き刺せる箇所は息を繋ぎとめる為に身軽にする首周り、その程度も対策出来ていないのなら三流だなお前」
反撃しようとも体が自由に動かない人工"マリー"は腕を振るえさせながらエーデルに少しずつではあるが槍を鋒を向けようとしていた。
それに気がついたエーデルは人工"マリー"の腹部あたりを前蹴りして距離を取った。飛ばした際に刀も抜いて血払いをするように刀を振って人工"マリー"の血を地面に落とした。
するとエーデルは体を左に逸らして「トドメは譲ってやる。その武器で殴ってやれ」そう言って後ろを振り返るとディーナはチハツから譲り受けた炎の狼の頭部を模した籠手を両手に纏わせて突っ込んで行くディーナ。
エーデルを通り越して逃げることも出来ない人工"マリー"の鎧の頭を正面からぶん殴った。
その勢いは凄まじく、盾も槍も落として吹っ飛んでいく人工"マリー"。そのまま壁に激突して少しひび割れる辺りの壁。人工"マリー"はめり込んた身体をなんとか抜け出そうと力を出すが、目の前を見て飛んできたのは自身が持っていた槍だった。
飛んでくる槍が鎧を貫通して人工"マリー"の胴体に突き刺さった。貫かれた胴体から流れる血を止める手段は無く、槍の取っ手を掴み抜こうとしても力を入れることは出来ずに、諦めたかのように手を離すと命が途切れ、強化型人工"マリー"は絶命した。
人工"マリー"を討伐した三人。「ふぅ」一息をついて両手を払う動作をすると炎が消えていき狼の頭部も無くなっていた。
「あれ着けると力が漲ってくる感じがするのよね物理的に。投げる力も上がってるから槍を投げて貫くことが出来た、炎の属性ってこんな効果があるのかな?」力が漲る理由が分からないディーナ。
「どうだっていいだろそんな事。それよりもなんだその属性は?銃弾にしか属性は込められないんじゃなかったのか?」初めて見た炎の籠手にあまり驚きはしなかったが気になっていたエーデル。
「私が頼んだ訳じゃないんだけどね。この銃を創ってくれた人が炎の属性でこの籠手に属性を込めたらしいの。そしたら私もその人の炎が扱えるようになったのよ。私自身もどうして扱えるかは分からないけど、私の新しい武器として使っているのよ」
ディーナの他の属性を扱える理由を考えるエーデルだが説明がつく理由が思い浮かばずに「全ての属性を限定的ではあるが扱えるお前だからこそ他の奴の属性が使える…私が思いつく限りではこれぐらいの説明しか出来んな。まぁどうでもいいがな」考えることを放棄した。
「エーデルもその剣はどうしたの?貴方が武器を使うこと自体珍しいと思うんだけど」前回会った時は刀を持っていなかったエーデルの武器に興味があったディーナ。
「属性だけでは対処出来ない事があってな。追い打ちやトドメにはもってこいの代物だ。譲ってくれた奴に感謝だな」エーデルは抜刀していた刀を鞘に納めた。
「譲ってくれたんだ。また機会があればその事を教えてよ」「その気になればな」今は敵の本拠地のためあまり時間は取れないため無駄話はここで終わらせたディーナ。
クロカを掴んでいたスワイは安全を確認した後にクロカをディーナとエーデルの元まで下ろしてスワイはエーデルの肩に止まった。
呆然とするクロカにディーナは「大丈夫だった?間一髪だったね、私がスワイに指示をして良かった。あんまり無茶ないけないよ」一瞬命の危機に晒されたクロカに安否を確認するディーナ。
するとクロカは手で顔を隠して「ウチ、自惚れてた。勝手に強いって思い込んでいたの。ディーナとエーデルが居なかったらウチは死んでいたの…強くなんか、なれていなの」自分の実力と二人の実力を重ね合わせて見た時に圧倒的に力不足を痛感するクロカ。人工"マリー"に対抗出来るだけの実力は持っていると言うのは事実だが、それ以上に複数体や強化型を圧倒するディーナとエーデルに劣等を抱いてしまう。
顔を隠してやり場のない劣等感をぶつける場所が分からないクロカにディーナはクロカの肩に手を置いて「クロカちゃんはあんまり"リンドウ"を見た事がないのよね。世間には確かにクロカちゃんよりもずっと強い人達はいる。けれどそれは私達だって一緒。上には上がいる、私も痛感させられる事だって過去に何回もあったよ。
けれどね、どんなに強い人でも出来ないことはある。例え些細な事でも皆が出来る事を出来ない人だっている。だから私は考え方を変えたの、その強い人と一緒にいて足を引っ張らないようにするんじゃなくて、自分にしか出来ない事をやってその人と同じ土俵に立って協力する。こうやって考えた方がずっと気が楽になる。私なりにだけどね」
ディーナの言葉にクロカは顔から手を離してディーナの顔を見て「強くなくても、ウチにしか出来ない事?」「うん。その属性がある限り私はクロカちゃんの武器の使い方を真似なんか出来ないよ。だからさっきも言ったけど頼りにしてるよ、貴方の属性は唯一無二なんだから」
実際どれだけ強い属性を持つ"リンドウ"でも"マリー"の対策を何もしていない場合格下でもあっさりと殺られてしまう事は多々ある。逆に強敵と言われる"マリー"に挑む新米の"リンドウ"でも策を工夫して自分の属性を理解していれば勝利することも少なからずある。
戦闘において自身の属性の扱い方を知るのは戦闘経験よりも重要で大前提にもなる。しかし扱い方を知れば戦闘経験が浅くても"マリー"に勝利する事は充分に可能である。
クロカは自分の属性を理解しそれを実行に移して人工"マリー"を討伐出来る事をディーナに見せた。これだけでも頼れる存在になっているのは明白だった。
優しく言葉をかけてくれたディーナにクロカは俯いて少し震えて涙声になりながら「…ありがとう。ウチ、頑張ってみるの」そう言って顔を左右に振って、涙を飲んで「ディーナとエーデルをウチが支えてみせるの」実力の違いを認めて今度は二人を支えると言った。
ディーナは微笑んで「うん。改めてよろしくね」と、クロカの手を掴んで握手を交わした。
「話は済んだか?なら行くぞ。奴らも私達の襲撃に混乱しているはずだ。叩くのなら今が好機だ」エーデルとスワイは人工"マリー"が入ってきた扉へと向かった。
「エーデルってもしかして冷たいの?ウチらの話に全然興味も持ってなかったし」なんの感傷も抱かないエーデルに少し不信感を抱くクロカだがディーナは「いや律儀に待ってくれただけでもありがたいよ。自分が有意義な時間が少しでも無ければエーデルはほおって何処かに行っちゃうからね」
合理主義のエーデルは自分にメリットが無ければ捨てていく人間。ディーナとクロカの話が終わるまで待っていたのはクロカの属性を評価しているからこそだからである。
「そうなの?」「でもエーデルの言う通りかもね、連中が人工"マリー"の増援が来ていないのはあっちも私達を警戒しているのか混乱しているのか」
ディーナはクロカと目を合わせて頷いて人工"マリー"が入ってきた扉に向かった。
扉を開けて見えた光景は真っ白い空間に広がる三本道の通路があった。通路の先はまだ見えずにいる所を見るとかなり奥に繋がっている。
そして、エーデルは白衣を着た一人の研究員のような女性を壁に追い込んで亜空間から棘を左右に刺して逃げられないようにしてエーデルの後ろから亜空間が出現していつでも棘が射出出来るようにしていた。
殺されると怯える女性にエーデルは「教えろ。ネックレスを持つ人間か"マリー"はどこだ?白状すれば命だけは助けてやる。さあ言うか言わないか二つに一つだ」研究員を脅して目的のネックレスの情報を探っていた。
「ヒィッ!ね、ネックレスか分からないが何かを持っている奴はこの、右の通路の奥の部屋にいる。ま、"マリー"なら以前私達が大量の犠牲で捕らえたあの"マリー"が左の通路の奥の部屋だ…私が知っているのはそれぐらい。お願い、命だけは、お願い…」怯え震える研究員にエーデルは棘を亜空間に納めた。一安心する研究員だが研究員の首筋を刀の柄で強い威力で叩いた。
声にならない声を一瞬発した後に膝から倒れて気を失った研究員。その様子を見ていたディーナとクロカはエーデルに近づいて「容赦ないね。助けるって言ってそれ?」「何か約束を間違えたか?私は命だけは助けると言った、それ以外は知ったことじゃない」
エーデルは右の通路を見て「だがこの先にいるようだな、私が目的としている奴が。悪いがここでお別れだ、そいつを討伐して気が向けば戻ってきてやる」"アフィシャル"を崩壊するのが目的ではないエーデルはここでディーナ達と別れるようだ。
すると真ん中の奥の通路から飛んで戻ってくるスワイが来た。「偵察に行ってきたよ。ディーナちゃん達もいるなら好都合。この先にあるのは内部本拠地って所ね。人工"マリー"もいるけど数自体は少ない、多分あらかた地上で人工"マリー"を投入したんでしょう。最奥にある扉に多分誰かいる。まぁ他にも研究員っぽい雑魚はいたけどね」スワイの見立てでは研究員の戦闘力は皆無。だからこそ人工"マリー"をボディガード代わりにしているようなものだが。
「真ん中ね。ウチらが行くのは」やる気が溢れるクロカだがずっと考える素振りを見せていたディーナがここで「スワイ、ごめんだけどクロカちゃんについて行ってくれる?」
突然の発言にスワイは驚いて「えっ!ウチがクロカちゃんと?なんでよ、ディーナちゃんがついて行けばいいんじゃ…」ディーナは左の通路の方を見ながら「私にも少しやることが出来ちゃったから」
キョトンとするスワイ。だがエーデルは笑って「クククッ、つくづく"リンドウ"と言うのは忙しい奴だな。お前の考えは分かるさ。多数の犠牲者を出してまで捕らえたと言う"マリー"、お前が黙っている訳がないそうだろ?」
エーデルと言った事はディーナの的を捉えていたようで「ええ、ここを壊滅させるにもその"マリー"は討伐しないといけない。その役割は"リンドウ"である私がやるしかない」
ディーナはクロカの方を振り向いて「ごめんねクロカ。ここから先は一人になるけどスワイがいてくれるから。ここで待っていて、私が戻るまで…」「ううん。ウチは先に行くよ。スワイが警備は手薄って言うんだったらウチでもなんとか出来ると思うの」
中央の通路に単独で行こうとしているクロカに心配するディーナは「でもこの先は本拠地になるよ。何が起こるか…」「安心なさい。危なくなったらウチがクロカちゃんを無理やりにでも連れて行ってここから脱出するから。ディーナちゃんは安心して"マリー"を討伐してきたよ」
スワイは自分の役割を理解してクロカと同行するようだ。
「ごめんねぇエーデル。貴方にはついていけない。まぁどうせ邪魔はするなって言うんでしょ?だったらウチがいてもいなくても関係ないよね」「よく分かってるじゃないか。私一人で片付けなければ意味はないからな」
あっさりとクロカとの同行を許可するエーデル。元々自分一人で討伐しているためスワイがいてもいなくても問題はないらしい。
「それじゃあな。無事にまた会えたらいいな」エーデルは振り返って通路を歩きながら手を振って別れを告げた。
「じゃあ私も行く。討伐したらすぐに合流するからね、待ってて。スワイもクロカちゃんを守ってね」
クロカはディーナにガッツポーズをして「ディーナも頑張って。ウチも必ず生きてみせるから」
自信に溢れた顔を見たディーナは笑って親指を立てて通路を走っていった。
「二人共行っちゃったね。クロカちゃんも大丈夫?」「大丈夫、ウチが行かないといけないの」クロカとスワイも進み始めた。それぞれの役目を果たすために。




