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カエデ  作者: アザレア
感情の解答
48/86

バツ印の痛み

ヒガンが口にした反乱組織"アフィシャル"。ディーナは初めて聞く組織の名前に「"アフィシャル"ねぇ。どういった組織かは分からないけど"マリー"を捕らえて改造するなんて、ろくでもない組織には違いないね」

危険極まりない"マリー"を捕らえるのは特別な許可が無ければ違法行為にあたる。ましてや改造まで施すのは"マリー"を実権に使っているのと同義、決して許される事ではない。


「主の言ってる事は大方間違いではない、世界の敵でもある"マリー"を利用しているんじゃからな。その"マリー"を使って何をしているかは知らんが、わっちは見過ごすことは出来んな」ヒガンはずっとにこやかな表情をしていたが"アフィシャル"の話になると一気に真剣な顔になりにこやかな表情は消えていた。


「それで、"アフィシャル"はどこにいるの?その組織を止めるために私が呼ばれたんでしょ?」

「"アフィシャル"は生半可な組織ではない。規模もそれなりに大きい、じゃが表立った行動をほとんど起こしていない。だから世間では名も存在も知られてはいない。わっちのような物好きぐらいしか知ってる者もいないじゃろうな。

"アフィシャル"は今も"マリー"を捕らえておる、それと同時に"リンドウ"もここ最近、行方不明者が後を絶たない。原因も分かっておらんがな」


"マリー"のみを捕らえていると思っていたディーナだがここで"リンドウ"の名前も出てきた事により「"リンドウ"も捕らえられている、なんのために?」と、疑問を持った。


「主が遭遇しているかは分からんが、鎧を纏った人間のような"マリー"、黒いローブで身を隠した"マリー"等、今まで見た事のないような"マリー"が目撃されている。その"マリー"達を見た人達は全員こんな証言をしていた。『武器を持った人間を持っていた』って。

武器を持つのは"リンドウ"以外に他にそう居ない。ましてや目撃者全員がそう言っているんだ、"リンドウ"以外ありえない」


ヒガンの話を聞いている最中にディーナは立ち上がって「鎧の"マリー"、私は戦った事がある。あれも"アフィシャル"が作った"マリー"だったのね」過去にエーデルと赴いた廃校にいた鎧の"マリー"が"アフィシャル"と関係していたと確信したディーナ。


「その"マリー"は何をしておった?」「人を…"リンドウ"を殺していた。何人も無造作に積み重ねて…」

思い出しただけでディーナは胸が苦しくなり、胸の辺りをギュッと握りしめた。悔しさを下唇に噛み締めて。


「"アフィシャル"の"マリー"じゃろうな。わっちもその"リンドウ"達が連れ去って何をしているかまでは分からん。有望な"リンドウ"じゃ、生きておればよいがな。その遺体はどうしたんじゃ?」

「あのまま放置するのもいけなかったから、私の属性の炎で埋葬しておいたわ。私にはそれぐらいしか出来ないから、ご冥福があるようにね」

少し落ち着いたディーナは椅子に座った。


「お姉ちゃん、だからあの学校に火をつけたんだね。フェリスは待ってただけだったから分からなかったよ」

フェリスにはあの時廃校に火を付けた理由を言っていなかった。ただ、ディーナが燃える廃校を見て胸に手を当てて目を閉じているのを今でも鮮明に覚えていた。


「ごめんねフェリス。でもフェリスを関与させる訳にはいかなかったから。これは、私達の仕事だからね」

「ううん。お姉ちゃんがフェリスに言いたくない事は、フェリスはまだ聞かなくてもいい事だって。だから、お姉ちゃんは悪くないよ」

まだディーナの行動を全て理解している訳では無いが、あえて理由を説明しない時は自分が関わる事が出来ないことだと分かったフェリス。


「ありがとう、フェリス」何も理由も伝えなかったフェリスだがそれでも何も言わないフェリスに感謝を伝えて笑顔を向けた。


「じゃがその選択は正解だったかもしれんぞ。"アフィシャル"にその遺体が渡るのなら、そうやって埋葬した方が死んだ"リンドウ"も報われると言うものじゃ」

そう言うヒガンの目を再度見たディーナは微笑んで「貴方って不思議な格好とか独特な言い回しをするけど、クロカが慕っているし本当は心暖かい人なんだね」

見た目ではどうしても分からない事だったが少し話しただけでヒガンの本質を見たディーナ。


「主から見てわっちがそう見えているのか。嬉しいものじゃ、そう言ってくる奴らいなかったからな。

話を戻そう、"アフィシャル"には計四箇所の支部がある。その内の一つがこの街の近くにある、第四支部がな」


「四箇所、他の支部は?」「残念じゃが今はここ一つしか分からん。第四支部に潜入し壊滅出来れば"アフィシャル"の連中も黙っちゃいられないだろう。だからこそ、危険がつきものになる。呼んで今更ですまんが、"アフィシャル"に首を突っ込むと言うことはどこに潜むか分からん"アフィシャル"に敵視されるということじゃ、"マリー"だけではなく"アフィシャル"からも狙われるかもしれん。

それでも、わっちのこの依頼を受けてくれるか?」


ディーナの意思確認をせずに話を進めていたヒガン。"アフィシャル"と言う組織は今も規模を広めている、いずれは"マリー"と並ぶほどの脅威になるかもしれない。そんな組織に目をつけられればディーナの"リンドウ"家業に支障が出てしまう可能性もある。


依頼を受けるかどうかはディーナ次第、本来であれば断ってもおかしくない依頼であるがディーナは少しほくそ笑んで「結局"アフィシャル"を止めないと平和なんて訪れない、それは"マリー"と同じ。それに…」話の途中でフェリスの頭を撫でて「この子が穏やかに暮らせる日が来るまでは、私はこの力でどんな脅威でも立ち向かわないといけないのよ。この子の、家族としてね」


フェリスの過ごした時間はもうディーナにとっても切り離せない大切な思い出になっていた。どんな形になってもフェリスを守り通す事がディーナの一つの使命になっていた。


ディーナの言葉にフェリスは感激し涙がこぼれそうになったが必死にその涙を抑えて、ディーナの手を掴んで一言「ありがとう、お姉ちゃん」零さない涙を必死に震える声に変えて、ディーナに感謝を伝えた。


その光景を傍で見ていたクロカはいきなり机を叩きながら立ち上がって「ごめんなさい、少しだけ外に行ってくるの」怒っているのか静かな声で、一人外に出て行った。


突然の事に驚くディーナとフェリス。するとヒガンは外に出ていったクロカを見てヒガンも立ち上がって「すまんのう。クロカも少し想う事があってのう。暗い空間で話すのも少し飽きただろう、わっちらも外の空気を吸うか」


「フェリスも大丈夫?」「ちょっとビックリしちゃったけど、フェリスは大丈夫だよ」フェリスの状態も確認してから、三人は家の外に出た。


ディーナは辺りをキョロキョロと見渡してもクロカの姿は見えなかった。クロカを探すディーナにヒガンは「今は一人にしなんし、少しすれば戻ってくる」そう言いながら歩き出すヒガン。どこに行ったか分からないディーナは心配だったがフェリスと一緒にヒガンについて行った。


改めて街の風景を眺める二人。常夜灯に灯された幻想的な風景にやはり見とれてしまう二人。すると目の前に人集りが出来ていた。

気になって人集りが注目する方を見るとオペラ歌手のような甲高い声の男性が歌を歌っていた。


「この街では時折ああやって歌を公衆に広げる者もいる。自らの歌声を他者に聞いてもらい、いずれは有名になる努力をする者達じゃ。小さな積み重ねがいずれ大きくなることと同じことじゃ」

ラゴンは決して大きな街とは言えない。だがその幻想的な風景を見に来る観光客が多い。世界的にも太陽が届かない街はこのラゴンの他に無いため、物珍しさに来る人もいる。その観光客達に向けて自らの才能を見せる人達も多い、ここで成功した人もそれなりに多い。

ディーナ達が見たのはまだ見習いのオペラ歌手だが素人目で見たらプロと遜色ない程の歌声である。


ヒガンは人集りを通り過ぎて少し先にあるアーチ状の橋の上に立ち止まった。橋の下は流れる小さな川になっており、橋の手すりに肘を置いたヒガンは裾から煙管(キセル)を取り出した。


「ちょっと、ヒガン」またしてもフェリスの前で煙管(キセル)を吸おうとするヒガンに注意しようとするディーナだが「外じゃから別にいいじゃろう?それにこういうのを吸う大人もいると言うのも経験の一つじゃ」

室内では煙が充満するためフェリスには悪影響になってしまうが外でなら煙は逃げるためヒガンは取り出した。

それにフェリスも吸っている所を見ているためディーナの仕方なくではあるがヒガンが煙管(キセル)を吸うのを認めた。


ヒガンは煙管(キセル)を吸って吐いた後に夜広がる空を見上げながら「あの子は元々"アフィシャル"にいた。"アフィシャル"の、実験体の一人として」実験体の一人と言ったヒガンを咄嗟に見るディーナ。


「実験体ってどういう事?」「"リンドウ"を捕らえるって言ったじゃろ?それは"リンドウ"が強力な属性だからこそ捕らえられていると思うじゃ。そうでなければ、一般市民の女子おなごでも良い事だからのう」

"アフィシャル"の事を話すヒガン。だがここである事をディーナとフェリスに聞いていた。


「フェリスはまだ知らんかもしれんが、属性と言うのは実は目に見えるんじゃ」「えっ?で、でも、フェリス見た事ないよ」

「わっちら女の体内に内包されているからのう。肉眼では確認なんか出来ん。じゃがな…」話しながらヒガンは自分の胸の辺りに手を当てて「属性は人間の体内から取り出すことが出来る。じゃがそれはやってはいけん事、下手に扱えば属性が持ち主の体に戻ろうとし暴走する恐れもある。それが強力な属性であればあるほど、その被害は甚大になる」


属性は女性の体内に内包されており、人間の器官の役割をしているのと同様である。その属性があるからこそ女性は不思議な力を使えているのだ。

だが属性は体外に出てしまった場合、本能的に内包されていた人間の体に戻ろうする。意思があるように、独りでに動く。その際に属性の力が漏出する場合もあり、周りを焼け野原にしたり、水没させたりと属性によって災害が変わる。死んだ人間から属性を取りだしても属性は元の場所に戻ろうとしている事も分かっている。


「クロカは孤児じゃった。身寄りがない時に"アフィシャル"に拾われた。"アフィシャル"では何不自由暮らせていて擬似的に母のような存在もいたそうじゃ。

じゃがそれは全て仮初、"アフィシャル"を信用していたクロカになんの疑問を持たせない用にしていただけじゃった。

クロカの顔を見たじゃろう?あの火傷跡、それに縫い傷。あれは顔だけではなく全身に火傷と傷跡が多数ある。何故あんな少女が一生残る傷があるか…」


ディーナは口元を触る仕草をした後にある事に気がつき「まさか…炎の属性を無理やり!」

ヒガンは煙管(キセル)を裏返して吸殻を捨てて「"アフィシャル"はクロカに他者から取り除いた炎の属性を埋め込もうとしておった。元々クロカには属性が内包されているのにな。他者の属性を体に埋めようなんて無理な結果だったんじゃ、属性は拒絶反応を起こしてクロカの体を燃やした。貴重な実験体の体を無くすのは惜しかったのか燃やし尽くす前に属性は取り出されたがな」


ヒガンの話を聞くだけで怒りが込み上げてくるディーナは「外道が、まだクロカちゃんも子供でしょうが」怒りで下唇を噛み拳を握り震えていた。


「"アフィシャル"共にはそんな感情は無いじゃろう。また新たな属性を試そうとしていた。そんな中で"アフィシャル"の支部からクロカは逃げ出しんたんじゃ。

火傷の治療も必要最低限、縫い傷は爛れてしまった皮膚を繋ぎ止めるだけのものじゃ。あの治療だけでクロカがあそこまで動けたのは奇跡に等しい。

そこでたまたま支部に偵察に来たわっちがクロカと出会った時の目は今でも忘れん。震え上がり助けを求めるが何も信じられず憎しみに溢れ睨みつけたあの目、今のその子ぐらいの年齢じゃったクロカがしていい目ではなかった」


クロカが壮絶な過去を持っていることに何も気が付かなかった自分に悔しさと情けない感情が入りまじるディーナは静かにフェリスの後ろ髪を触りながら自分に引き寄せた。

もしフェリスがそんな目にあったらと考えるディーナ、今はフェリスを離したくなかった。


「それで、その後はどうしたの…?」続きを聞きたくはないが聞かないと目を背けてしまう自分を許せなかった。

「追っては来ておった。本能的にわっちもクロカを守った。奴らに掛ける情けなんてものは無いからのう。

すぐにクロカを連れて知り合いの医者の元に連れたさ。ここから遠いがわっちの応急処置でなんとか命を繋ぎ止めた。大国家都市ルムロにいる医者、わっち以上に変わり者じゃがあの腕は一級品じゃ」


ルムロにいる変わり者の医者、その条件が当てはまるのは一人しかいなかった。「セラよね。私も治療してもらったことあるから分かるよ」ヒガンは少し驚いた顔をして「そうじゃったのか、主も知り合いじゃったか。あまり人前に出る奴じゃないからのう」


ヒガンはもう一度煙管(キセル)を吸って吐いた後に煙管(キセル)を裾に戻し

彼奴(あやつ)の適切治療でクロカを命の危機から救った。包帯やガーゼまみれになったが、仕方の無いことじゃ。

しばらくわっちも入院するクロカの様子を見るためにルムロ滞在した。毎日のように見舞いに行って様子を見たが虚空を見続けて呼び掛けにも反応せんかった。ある日セラに呼ばれ話を聞いたさ。じゃがその日…


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クロカを保護して十日過ぎたある日、セラはヒガンを呼んでクロカの状態について話をしていた。


「クロカと呼んだか。お前が見つけた時からあの状態だったのか?」「そうじゃ、名はその子を連れ戻そうとした奴らから聞いたんじゃ。本当の名かどうか分からんがな。

あのままではいずれ死んでしまうと思ったからのう。主の元に来るまでにわっち知ってる限りの治療を行ったが、問題は無かったか?」

「いや逆だ。その治療が無ければ、クロカは既にここにはいない」そう言われてヒガンは一粒の汗を流す。


セラは椅子から立ち上がり「火傷や傷は全て治療した。最善を尽くしたが全ての跡を消すことは出来なかった。それに何を聞いてもなにも答えない、何があったかも分からない。だが突然発狂したり、自分の体に付いた何かをとり払おうとする。一種のトラウマから来る幻覚が見えている。それに食事を与えようとしても人を拒絶しているせいか何も口に付けない、薬も水も。

点滴を与えて栄養面では不足はしていないが、ずっとこのままでは補いきれん栄養もある。何とかして食事いや、水を与えないといけない」


精神面から来る幻覚はセラの薬で何とか解決出来るケースもあるがそもそも食事に手をつけない時点で薬を口にするなんて無謀である。それにまだ口も聞けない状態のためカウンセリングもまともには出来ない。


「わっちはどうすればいい?そのためにわっちを呼んだのじゃろう?」「ああ、私よりも話は出来ると思うからな、原因は聞けなくても飲み食いは出来る可能性はある」

そう言うとセラはクロカのベッドを仕切るカーテンを掴んで「クロカ、入るぞ。私よりも話が出来やすい人を連れてきた」と、言ってカーテンを開けるとそこにはクロカはいなかった。


驚くセラは辺りを見渡し「あいつ、何処に行った!」患者を逃がしたセラは焦り始めていた。

しかしヒガンは冷静にベッドよりも奥の窓を見ると窓は開いていた。


すぐにヒガンは窓から出ていったと思われるクロカを追うように窓の傍に行くと、窓のすぐ下にしゃがみこんでいるクロカがいた。

しかし、その姿は、血にまみれていた。手にはセラが医療用に使うメスを持っていて、そのメスを顔の目の前まで上げて躊躇いなく自分の顔を刺そうとしていた。


しかし、間一髪の所でヒガンに手を掴まれ持っていたメスを奪い取りほおり投げた。

「何をしておるんじゃ。救われた命をまた主は…ッ!」ヒガンがクロカの顔を見ると、メスでバツ印を刻むように左目を自らの手で斬り目からかなりの血を流すクロカが少し驚いた表情で見ていた。


一瞬言葉を失うヒガン。なんて声をかければ分からないヒガンだったがクロカに対して怒りはせずに静かにこう伝えた。


「…痛く、なかったのか?」これ以上何も言わないヒガンだが少し間が空いた後に震える口を開いたクロカは微かの声で「……痛い。左目、見えない。けど、いいの。見えたら、また炎が、見えるから…また、家族が、ウチを、連れて行くから…」

クロカが見えていたのは属性の拒絶反応により体を燃やした炎と、"アフィシャル"の擬似家族が無理やり実験所に連れていかれる幻覚が見えていた。

どちらも耐えられない程の苦痛が毎日続く地獄を終わらせるために、自分の目を見えないようにするためセラが気が付かないようにメスを持ち出し左目にバツ印を刻んだ。


ヒガンは話を聞き掴んでいる手を離した。すると、虚ろな目をするクロカと目を合わせて「なら、今の主は何が見えておる?」突拍子もないことを言われたクロカは「えっ…何がって…貴方しか」ヒガンはクロカの右頬を優しく添えるように触った。


「その残った目でわっちが見えているんじゃろう?両目を失えば暗闇しか広がらん世界しか残らん。

じゃが、その片方の目があれば焼き付いた炎も消え、主を連れ去る奴もいなくなる。そうすれば後は主自身の目で幸せを見つける事が出来る。安心しなんし、わっちが主を強くする。愚かな"アフィシャル"共を一緒に潰そうではないか」


クロカを説得するヒガンだが、クロカは浮かない顔を浮かべて「優しく…しないで。どうせ、いつかは、ウチを裏切る…」擬似家族に優しくされた後に裏切られ実験体にされたクロカは何を信じればいいかも分からなくなっていた。だからこそセラに用意された食事や治療も、疑心暗鬼になり手も付けることはなかった。


ヒガンは言葉だけでは信用されることはないと判断した。すると、クロカから手を離して自分で飛ばしたメスを持ってきた。


そして、クロカの目の前で躊躇もなく自分の胸辺りを突き刺した。意図も何も分からないクロカはただ驚くことしか出来ず残った右目を見開いていた。


メスを抜いて胸から流れ出る血を手で塞ぐヒガンの口元にも血が流れていた。だがヒガンは笑っていた。

「主の苦しみに比べればこの程度。じゃが、痛みは痛みじゃ。同じ目ではないが、主の痛みはこれで感じる事が出来た。

それに、主の血が付いたメスをわっちの体に入れたんじゃ。これで家族同然、血が繋がっておらなくても、こうやって繋ぎ止めれば、わっちらは同じ血を流しておるんじゃ」理論も何もない。だがヒガンはクロカに信じてもらえるようにするには、自らを傷つけたクロカの同じ気持ちになり、クロカの血を自らの体内に流し、もう一つの家族になる。ボロボロになった心を少しでも支える一つの手段だった。


「なんで、そこまで…」感情を揺れ動かされるクロカ。すると、もう一度右頬を触り「わっちなりの理由もある。じゃが一番は、主のこれからの未来を、わっちと共に行けたらいいと思ったからじゃ」

ヒガンは出会った瞬間からクロカを引き取ろうとしていた。助けを求める子供の手を何も言わずに掴んだ時点で手放すなんて選択肢は無かった。

生きていれば必ず、目が開いていれば必ず、助けをくれる人がいることをクロカに教えたヒガン。


ハチャメチャな理由ではあったが、ずっと無表情だった感情をつき動かし、驚きの連続を与えてくれたヒガンの笑っている顔を改めて見たクロカは既に失明しているはずの目からも、両目で涙を流し「家族…本当に、ウチにいたんだね」ヒガンの前で初めて笑って笑顔を向けた。


「ようやく、笑ってくれたか。苦労したのう」ヒガンも安心した様子で一息ついた。しかし、クロカは笑顔を向けた後すぐに気を失うように倒れこもうとしていた。

すぐさま体を支えたヒガンだが、咄嗟に動いたことで胸に激痛が走った。

「うっ…無理はするもんじゃないのう」冷静に考えて自分が行った行動がどれだけ無謀だったか分かるヒガン。


「おい」窓の向こうから声が聞こえ上を見上げると、ブチ切れ寸前のセラが見ていた。「お、おやセラ…これは、だな…」痛みも相まって言い訳が何も思いつかないヒガン。


だがセラは一度ため息をついた後に「クロカは出血多量で気を失っている、即座に輸血を行うぞ。お前もその血で何処かに行こうと思うなよ。

二人まとめてその愚かな怪我が治るまでは面倒を見てやろう。だが治った後、お前達にはどれだけ愚かなことをしたかを分からせてやるからな」

セラは窓から飛び越えてクロカの体を持ち上げてそのまま窓から入って医療用のベッドに寝かせた。


「やはり怪我は放っておかんか。わっちも休息がてらしばらくは滞在するかのう…その後は少々覚悟を決めんといかとな」セラの治療により復帰出来る身体となった二人だがその後三時間程の説教をさせられたのは別の話。


----------


クロカとの出会いを語ったヒガン。橋の上で聞いたオペラ歌手の声も高い声で歌っており橋が少しだけ響いていた。


「その後はわっちの家があるここに来て、クロカ共に生活してきた所じゃ。すまんのう、"アフィシャル"からの話が逸れてしまって」途中からクロカとの出会いの話になったヒガンはディーナに謝った。


「クロカが家族の話を聞いて逃げたのは、まだ"アフィシャル"の擬似家族の記憶が残って、主らにその面影が見えたんじゃろう。もう三年ほど前じゃが、簡単に癒える傷ではない。もちろん主らが悪いわけではないがな」

過去に傷ついた心を癒すには時間をかけなければならない。それはたった三年では元には戻せないほど大きな傷なら余計に。


「分かってる、それはクロカちゃんにとってはトラウマの思い出、私達の光景も嫌になるのは分かる。それにどこで貴方とクロカちゃんが知り合ったきっかけを知れて良かった。やっぱり貴方、私と同じかもしれないわね」

同じ子供引き取った同士としてディーナはヒガンに親近感を湧いていた。それはヒガンも同じだったようで「そうかもしれんのう。主とフェリス、わっちとクロカ…ママ友出来て嬉しいぞ」「私はこの子の姉だから。母親ではないよ、姉の方が若く聞こえるし…」

「そうじゃったか。まぁ、どっちでも…」「良くない!」


「でもこれで決意出来たわ。私が"アフィシャル"を潰す。クロカちゃんのように被害にあった人達がたくさんまだいる、そんな組織は私が絶対に許さない。改めて、その依頼を受けさせてもらうわ」決意を新たに、ディーナは"アフィシャル"壊滅の依頼を受けた。


オペラ歌手の歌唱も終わり見ていた人々が拍手をしている中で橋の上に佇む三人を見つけて走ってくる少女の姿が。


「皆、こんな所でどうしたの?」クロカが橋の上で集まっている三人に聞いた。

「クロカ、もう良いのか?」「うん、ごめんなさい。いきなり何処かに行っちゃたりして」突然出て行った事に謝罪した。


「私達は気にしていないよ」ディーナが口にするとヒガンと会って喜びを見せるクロカの表情はとても笑顔になっていた。


そんなクロカの頭を撫でたヒガンはディーナに「この子のためにも任せるよ、ディーナ」「ええ、絶対にぶっ壊して来るわよ」"アフィシャル"壊滅戦が開戦しようとしていた。

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