助けられる命
超大型"マリー"が接近してから一週間、やれる事をやった"リンドウ"達と兵士。訓練を終えた兵士や"リンドウ"は厳しいヴァレアとケイの指導に耐え抜いて身体と精神がかなり鍛え上げられて普通の"マリー"では怯くさない程になっていた。
しかし、集まっているのはディーナ達を含めて十人。他の兵士達はルムロに待機していた。全員で行く必要はなく後の援軍として来るようだ。
ディーナ達が集まっている場所は荒廃した街、超大型"マリー"の襲撃があり既に人が住んでいない街にいた。
シスイ曰く「私が最後に目撃したのはこの近辺です~なので人間がここにいれば"マリー"もこちらに来るかと思われます~」シスイか前日に"マリー"の様子を伺ってこの街に集まっておけば"マリー"が来ると予想していた。
シスイが"マリー"自体の偵察に赴いているとスイレンにも伝えた。スイレンは驚いていたがディーナの説明もあって大方は納得していた。シスイの情報収集、そして属性は明かしていない。目で見ていないディーナはシスイに属性については何も聞いていない。
以前スイレンがシスイの属性について聞こうとしたがその場にいたディーナは「あぁ別にシスイの属性は現場で見るから言わなくても大丈夫よ~」「えっそれでは連携が…」「多分だけどシスイは一人の方が強いと思うよ、だから"マリー"との戦いまではお楽しみとのことで」
「そんな、遊び感覚では皆が…」「何かあったら私の責任でいいから。シスイの実力は私が保証するから、私も見たことないんだけど」
ディーナの確証のない保証にはスイレンは納得出来ずに反論を繰り返していたがディーナの説得の説得によりなんとかスイレンが少し折れてくれて、シスイの属性は明かさなかった。ディーナとスイレンのやり取りをずっと近くでニコニコとしながら見ていたが自分からは声をかけなかった。
シスイがディーナに見せたあの姿は一度きり、それ以降は優しい笑顔を崩さないお人好しに。ディーナはシスイのもう一つの側面に誰にも話してもいない、それどころかあの事を忘れているかのように普段通りにシスイに接している。
ディーナが感じた恐怖は確かなもの。だがそれ以上にディーナはシスイに対して何かを見出していた。その何かはディーナ自身でも分かっていないが、あのシスイの側面に悪意は一切無かった。ただそれが、分かったことぐらいである。
荒廃した街に集まった精鋭達、指揮をするのは三人だが実質的にリーダーになっているスイレンが全員に「皆さん、肩の力を抜いてください。短期間ではありますがヴァレアさんやケイさん、微力ながら私も皆さんに可能限りの力を付けて来ました。自信を持って、私達であれば超大型"マリー"に対抗出来ます」
"マリー"戦が初めての兵士、"リンドウ"は超大型"マリー"と言う強大な力を持つ敵、各々が不安や恐怖を感じ震えているのを見たスイレンは全員に声掛けをしていた。
「大丈夫、落ち着きは深呼吸をすれば取り戻せます。皆さんゆっくりで良いので、自分のペースを作ってください。本来の力を発揮するきっかけになりますので」スイレンの声掛けに、不安を感じている兵士や"リンドウ"は一人ずつ落ち着きや自信を取り戻していった。
全員が各々のペースを作りそれを自分の物にしている姿を見て安心して一呼吸を置いたスイレン。するとディーナとシスイがスイレンに近づき「落ち着くのは貴方もでしょスイレン。顔には出てないけど胸に手を当てるのをよくやってる、鼓動が早くなってるのを落ち着かせたいんでしょ?」
「スイレン様ご安心ください~ディーナ様や私もいますので~なんとかなるかと思います~」
スイレンの仕草で焦っている時は胸に手を当てるのを見抜いた二人は同じ仕草をしていたスイレンに自分も落ち着くようにと言った。いつも通りの調子を崩さない二人に「二人はよく落ち着けていますね。私はまだ経験が浅いので皆さんを落ち着かせるのに精一杯です。でも私なりに戦わないといけないので」
「さっきもスイレンが自分で言ってたでしょ?自分のペースを作れって。私は、多分もシスイもそうだけどそのペースを崩さずに守れているからこんなにも落ち着いているように見える。スイレンは経験もそうだけど皆を優先しすぎて自分を後回しにしてるのよ。だからまずは自分が優先、そうじゃないと冷静な判断なんて出来ないわよ」
シスイは笑顔でディーナの言葉に頷いていた。
「すみませんディーナさん。この前を仰ったように私はまだ自分で落ち着きがないと思っています。でもどこか安心しているんです。おそらく、ディーナさんが一緒に戦ってくれるからだと思います。とても、心強いお人ですから」
スイレンの心の中で自分を成長させてくれる人にディーナも入っていた。自分が焦っている時や分からない時いつもディーナが手を差し伸べてくれて助けてくれる。それに甘えるつもりは毛頭ないが、ディーナの寛大な心にスイレンは惹き付けられ、そばにいるだけで安心していた。
「と、突然やめてよね。今から大一番なんだから緊張感を持って」スイレンの突然の告白に動揺して顔を少し赤らめるディーナ。
それを微笑ましく見ていたシスイ。スイレンはシスイの腰の背中辺りに差している短刀を見て「シスイさんの武器はその短刀ですか?」と、質問した。実は初めてシスイの武器を見たスイレン。それはディーナも同じであった。
「はい~私はこちらで"マリー"と戦っています~小回りが利いて軽くて扱いやすいのですよ~」華奢な身体のシスイにとっては確かに打って付けの武器ではあるが、明らかにパワー不足だと感じているスイレン。ある程度の力がないと"マリー"を倒すことはかなり難しい。
「本当にそれで"マリー"を討伐しているのですか?私は少し信じられないのですが…」秘密主義者のシスイに不信感を感じてしまうスイレン。「本当ですよ~"マリー"が来たらやっつけてしまいますよ~」シスイの言葉に緊張感が無いように見える。
「一筋縄でいきません。相手は普通の"マリー"では…」そう言って振り返ったスイレン。すると三人の"リンドウ"が集まって周りを伺っていた。集団行動は良い事だが"マリー"がどこから来るか分からないのに集まるのは危険だと思いスイレンは三人の方に近づくために歩き始め「そこの三人、集まっては危険です。各々配置について…」と、伝えようとした時「スイレン!」ディーナがなにかに気が付き突然スイレンの手を掴んで自分の方に引っ張った。
「ディーナさん!?」驚いたスイレンが瞬きをした時だった。三人の頭上から勢いよく三つの指しかない巨大な手が勢いよく降りかかり、三人の"リンドウ"がまとめて踏み潰された。
絶命の声もなく、一瞬で三人の"リンドウ"の命が"マリー"の手によって失われた。"マリー"は踏み潰した三人から手を離しその場で咆哮を放った。地響きが鳴り始めその場にいた全員の身体が震え上がった。
超大型"マリー"は二本足で立ち、背面側は人間の血や"マリー"の血が入り交じった白色、腹部は黒色、非常に発達した四肢、大きな口は人間を引き裂くには充分な牙に爪、両手の甲には棘が生えており背中にはさらに大きな棘が生えており、何より特出しているのはその背中には巨体でも浮かせられるほどの巨大な翼が生えている。
超大型とあってその全長はディーナ達よりもはるか高く、その足で人を踏み潰すのは容易である。
その巨体に震え上がって一歩を踏み出すことが出来ない兵士と"リンドウ"。何より一瞬で三人の命を奪える圧倒的な力に参加した兵士と"リンドウ"は絶望と恐怖に溺れていた。
そんな中でディーナはスイレンの手を離して懐からチハツから受け取った白の銃、ローゼンを取り出し銃口を"マリー"に向けて臨戦態勢に入った。
「これは圧巻ね。超大型"マリー"、私も初めての戦闘経験だけど"マリー"であることには変わらない。ここで討つ」その目つきはフェリスやスイレン達に見せる穏やかなものではなく敵を眼前に本気で戦うディーナの戦闘モードだ。
すると一人の兵士と一人の"リンドウ"の感情がおかしくなってしまったのか自分の武器を構えてなんの策もなく"マリー"に突っ込んだ。無謀すぎる行為にディーナは「行くな!殺されるよ!!」と大声で叫んだがその声は届くことなく二人は"マリー"に挑んだ。
二人を睨んだ"マリー"は突っ込んでくる"リンドウ"に走っていき、"リンドウ"を片手で掴み握りしめた。"リンドウ"の断末魔が一瞬聞こえた後に全ての骨が折れる音がして"リンドウ"を遠くへ投げ捨てた。
もう一人突っ込む兵士には兵士に向けて殴り掛かり、その巨体から繰り出す拳にはどうしようもなく兵士ははるか彼方に殴り飛ばされた。
この時点でディーナは二人は既に息絶えているのを確信し眉間に皺を寄せ改めて超大型"マリー"の脅威を確認した。
一瞬で五人の命が奪われた状況にスイレンは途方もない力を持つ"マリー"に圧倒され武器を構えることが出来なかった。
「まさか、ここまでなんて…あの五人は厳しい訓練に耐えた人達なのに、守れるどころか、私が臆している。駄目だ、足が動かない、腕も震えている。私は所詮同じだ、見ているだけの弱者…」
己の精神の弱さや無力に今にも絶望してしまいそうなスイレンの背中を痛くないほどに叩いたディーナ。
「でぃ、ディーナさん…」震える声をするスイレンにディーナは隣に立ち「後悔や弱音は全部後よ!これから一人でも生かしたいのなら、貴方が武器を持たないでどうする!自分が今何をするかは"リンドウ"なら分かるでしょ、見て分かれ、スイレン!!」"マリー"からは目を離さずに戦意喪失しているスイレンを鼓舞するように怒鳴った。
虚ろな目をしていたスイレンはディーナの鼓舞に目を見開き、もう一度しっかりと"マリー"を眼に焼き付けた。
「私は…私は……!」"マリー"はまだ一歩も動けない兵士に走っていき先程と同じように殴り飛ばそうとしていた。
恐怖に打ち勝てない兵士は近づく"マリー"に何も出来ずにいた。「くっ、私じゃ間に合わない…!」兵士を助けるために走り出したディーナだが"マリー"よりも早く兵士にはたどり着かない一目で分かりなんとか止めるために走りながら銃を構え少しでも動きを止めようとした時だった。
地面には水が張っていた、足元が少し浸かるだけの水だったが広範囲に広がっていた。そんな事はお構いなしに"マリー"は兵士に走り続け拳を構え殴りかかろうとしたがそこには兵士の姿はなかった。
兵士は水の上を滑り高速移動をしているスイレンに抱えられて難を逃れていた。そのままもう一人の生き残っている兵士まで移動してその兵士を抱えて、ディーナとシスイがいる場まで戻ってきた。
スイレンは抱えていた二人の兵士を下ろして「良かったです、なんとか無事で」生き残る二人を助けることが出来てなんとか安堵するスイレン。「あ、ありがとうございます。走馬灯が見えて何も動くことが出来ずに…」「命があるだけで私はもう充分です、今度は助けることが出来たので」
先程までの虚ろな表情から一変して柔らかな顔になっており助けられることが出来てホッと安心して微笑みを見せた。
スイレンは"マリー"がいる方へ振り返り、一呼吸を置いた後に背負っている両剣を手に取り構えた。一気に覚悟を決めて臨戦態勢に入った。
スイレンが臨戦態勢に入るのを見たディーナは少しだけ笑って「二人共、今は動ける?」助けられた兵士に動けるか聞いた。「は、はい、なんとかですが」「だったらルムロまで帰って。ルムロにはヴァレアとケイがいるから、その二人に援軍は出さなくても言いって伝えて」
この言葉を聞いて驚いた二人。「そ、それでは!皆さんが死んでしまいますよ!!」三人の身を案じた兵士だが「大丈夫よ時が来たら私達の秘策を使うから、まずは自分の命を優先して。二つ名持ちとヴァレアに認められた子もいるんだから簡単には負けないし、もう勝ってるよ!」ディーナの溢れんばかりの自信を感じて兵士の二人を向かい合って頷き「ご武運を祈ります!」と言い残してルムロまで走って行った。
一度逃した獲物を取り逃さないのかもう一度咆哮を放った"マリー"はもう一度兵士に走り出したがその先には"マリー"討伐に残った三人が。
銃口を向けるディーナ、両剣を片手に腰を下ろし構えるスイレン、そしてシスイも隣同士になるように歩き、短剣を抜きはしなかったがの柄を逆手に持った。
「あの判断はナイスよスイレン。よく二人を助けてくれた」
「ディーナさんに言われてようやく目が覚めました。今度はこの"マリー"の番です」
「私もお手伝い致します~張り切って"マリー"をやっつけましょ~」
超大型"マリー"との戦いが遂に始まる…!




