マイペースと庭園
翌日、ディーナとヴァレアは王国の一部屋を借りてルムロに進行する"マリー"の対策を考えていた。
「にしても二体の"マリー"ねぇ。ネルルが忙しくてまだ詳細を聞いていないけど、どう考えても普通の"マリー"じゃなさそうね」「どうあっても"マリー"には変わらない、討伐するだけだ」
"マリー"に対して無情のヴァレア。それはディーナも同じだがヴァレアに対してこんな疑問を。「ヴァレアってなんで"リンドウ"になったの?貴方はお金目的で"リンドウ"になる人じゃないって分かってるけど」ヴァレアとは長い付き合いではあるがまだ"リンドウ"になった理由を聞いていなかった。
「聞いてどうする?」「興味本位…とは違うかな。友達のルーツを聞いて少しでも"リンドウ"の参考になればいいかなって」最強の"リンドウ"とも謳われるヴァレア、その過去を聞けば少しでも力になると考えてディーナは聞いた。
「私は…自己的に"リンドウ"にはなっていない。私の力を見込んで当時の協会が私を"リンドウ"に仕立て上げた。それ以来は"リンドウ"のままだ、いつしか"最強のリンドウ"と言われるようになったが、自ら口にするのは憚られる。ただ長い経歴を持つだけだからな」
決して自分を褒めたり、慢心も何も無く、キャリアがただ長いだけとヴァレアは言った。
「経歴が長いとか関係ないでしょ。貴方の実力が万人に認められてその二つ名を貰ったのでしょ?そもそも二つ名は誰しもが与えられる訳じゃない。実力が伴って"マリー"から人を守って国を守る。その全てが相まってようやく世間から"リンドウ"として認められる。全部貴方が努力して掴み取ったもの、でしょ?」
ディーナの言う通り、二つ名を所持している"リンドウ"はほんのひと握り。実力があるだけでは二つ名は与えられない。"マリー"を討伐し国を守る、強大な"マリー"に打ち勝つ等、世界に危機をもたらす"マリー"を討伐し万人から"リンドウ"として認められようやく二つ名を与えられ名乗れる。
どれだけ経歴が長くとも、どれだけ実力を備えても、それを人のために振るわなければ意味は無い。
ヴァレアの持つ"最強のリンドウ"と言う二つ名は、それ程大きな功績が称えられて二つ名である。
「……人を守る、世界を守るのが"リンドウ"の役目。私は至極真っ当な事をしているだけ、これからも私は"リンドウ"だ。この身が砕けようともな」
固い決意を見せるヴァレアを見たディーナは微笑みを見せた。「物事を全部器用にこなして"マリー"も目にないヴァレアだけど、生き方は不器用。でもそんな決意があるから貴方について行く人が多いのよね」
ディーナは手を後ろに組んで「だから今回も楽勝でしょう、なんて言っても"最強のリンドウ"のヴァレアがいるんだからぁ」今回はヴァレアに討伐を任せて自分はサポートに回ろうとしていたディーナだが「私は"マリー"の元には赴かない。お前が討伐の任だ」
思わぬ言葉にディーナは動揺して「えっ!な、なんで私?」「私一人だったら"マリー"を討伐に行くが"リンドウ"が二人いる中で同時に行くのはルムロが危険だ。私は万が一お前に何かあった時にルムロを守らないといけない、それに二体いるのなら別々に行動する可能性だってある。全ての状況を考えるなら私がルムロに残る方がいいということだ」
あらゆる危険の可能性を潰しておきたいヴァレアは最前の方法は自分が残りディーナに討伐を任せると言うシンプルな理由だった。
「まぁ貴方の判断だったら逆らう理由もないし、貴方がこれで守れるって考えたのなら文句は…ないことはないけど、概ね納得は出来るよ」多少なりとも不本意ではあるがヴァレアの判断であれば一人で"マリー"討伐を行くことを決めた。
「いつ襲来するか分からない、準備を怠るなよ」ヴァレアの一言で作戦会議は終了した。作戦と言うより誰が討伐しに行くかだけの話だった。
「……ん?ヴァレアが"リンドウ"になった経歴は分かったけど明確な理由はなんかはぐらかされたような気が…別にいっか、またそのうち聞けば」
すると、ヴァレアがキョロキョロと見渡し始めてあることに気づいた。「そう言えばフェリスはどこに行った?隠れていると思って何も言わなかったがどこを探しても見つからない」ずっとディーナと一緒にいたフェリスが見当たらない、一人でどこかに行動出来るような子ではないと知っているヴァレアは不自然だと思っていた。
「あぁフェリスならメイドさんに連れられて行ったよ。どうもネルルがフェリスを呼んでいたらしくてね、私は貴方と会議に行かないといけなかったら一緒に行けなくてね。部屋で一人で待つよりかはネルルと一緒の方がいいからね。フェリスは私と行けなくて不安になってるのが目に見えて分かったけど、私以外の人と交流を持たないと世界が広がらないからね」
自分以外の人と積極的とは言わないが少なからず親交を深めないと自分にずっと依存してしまう。今はこのままでも良いがフェリスの成長のためにも、ディーナは他の人と話をする事をフェリスに望んでいた。
「なるほどな、昨夜庭園の花を一緒に見に行こうと言っていたな。約束を守るためにネルルはフェリスを呼び出したのか」大方の理由が分かり納得したヴァレア。
「そんなにここの庭園って綺麗なの?」
「世界各国の花が同時に見られるのはこの宮殿の庭園の他に無い。その中でもカエデが多色見られるのは奇跡に近い。季節や地域によって色を変えるカエデの花だからな、本来の季節であれば一色のはずだが色とりどりのカエデの花が一箇所で見られるのは、どんな物よりも価値がある景色だ」
世界各地に咲くカエデの花、季節問わずに咲いており基本的に何処にでも見られる花なのだがカエデの花の特徴は季節や地域によって色が変わることである。同じ季節でも少しでも場所が変われば色が変わり別の景色が目に映る。この現象は現段階では詳しく解明されておらず、調査が進められている。
「私もカエデは見たことはもちろんあるけど、確かに咲いているのは一色だけの事が多いからカエデが多色に見られるのは貴重ね。でも私も詳しく知らないけど、カエデって確か人が触れると枯れるんじゃ?」
色が変わる不思議な花だが調査が上手く進められないのは人の手でカエデに触るとその場で枯れてしまうからである。人の体温が原因なのか、それとも人の肌と花が相性が悪いのか、それら全ては謎のままである。
「よく分からない花だからな、私達が生きている間に解明されたらいいな」ヴァレアも花に関してはそこまで詳しくないためこの話は切り上げた。
「で、これからどうする?"マリー"をこっちから迎撃する?そっちの方が安全だと思うけど」「いや、"マリー"が完全に二体だけとは限らない。"マリー"の出方を伺って迎撃した方が確実だ」
「それじゃあ今からはちょっと暇になるね。それなら私も庭園に行ってみようかな、世界最大の庭園は私も興味あるし」
そう言ってディーナは部屋から出ていった。しかしヴァレアも話が終わっていたために止める理由もなくそのままディーナを行かせた。
「"マリー"が来るまでは少々時間があるか…大規模な討伐戦を控えている、"リンドウ"の招集をかけなくてはいけない。今回の"マリー"の特徴からして相性の良い"リンドウ"は…」
ヴァレアも口元を触りながら考え事をしていた。歩きながら独り言を小さな声で呟きながら、ヴァレアも部屋から出た。
部屋から出て王宮の廊下を歩いているとヴァレアの後ろから突然呼びかけられた。「あら~ヴァレア様~、何かお悩み事ですか~?」語尾を伸ばして緩やかな口調で話しかけた女性だ。
ヴァレアは振り返って女性の方を見ると「シスイ、戻っていたのか」ヴァレアは女性と知り合いのようだ。シスイと呼ばれる女性、長い髪を束ねてお団子のような髪型にしており、水色の髪。タレ目が特徴的でとても穏やかな顔立ちをしている。
「はい~丁度お仕事も終わりましてのんびりとしていたところですわ~。ただやることも無いので王宮をウロウロとしていました~そしたらヴァレア様によく似たお後ろ姿だったので声をかけましたわ~いつもは間違えてしまいますが今日は間違えずに済みました~」
話しかけている間、終始満面の笑みを向けるシスイ。ヴァレアにだけではなく誰彼構わずにこの笑顔を向けているようだ。
「顔を見れば分かるだろ。後ろ姿で人を判断するな」「あっ、なるほど~声をかける前にお顔を拝見すれば間違える心配はありませんでした~ヴァレア様はアイディアが豊富なお方ですね~」考え無しに声をかけているのではなくただ単に思い浮かばずに後ろ姿が似ていると言う理由だけで声をかけているようだ。
「普通に考えれば分かる…王宮をウロウロとして何かしたいことが出来たか?」「いえ~こうやって何もせずに過ごす時間も良いと思ったので~日当たりも心地よくて朝から歩いていました~ところでここは王宮のどの辺りになるのでしょうか~?私のお部屋に戻ろうと思っていたらこのような場所に来てしまいましたわ~」あまりにもマイペースな言動や行動に少し気が抜けて微笑みを見せるヴァレア。
「いい加減王宮の構造を覚えたらどうだ?」「頭の中には入っていて目印も覚えています~ですが何度も改築しているのか、中々目的地には着きません~」「ここ数年改築なんて一度もしていない。目印を変えたらどうだ?もしくは自分で作るとかな」
「その手がありましたわ~今度は目印を変えてみますね~」
あまりのマイペースなシスイに少しばかり苦笑いを浮かべるヴァレアであった。
「そう言えばヴァレア様はお悩み事ですか~?私にも解決出来るのであればなんなりと言ってくださいね~お力になれれば何よりですので~」悩んでいたヴァレアに手を差し伸べようと促すシスイ。
ヴァレアはシスイの言葉に一瞬シスイの目を逸らすと「シスイ、今後の仕事の依頼は無いのか?」シスイは懐からメモ帳を取り出し予定を確認してからメモ帳を閉じて「ここしばらくは急遽のお依頼が無ければお暇ですわ~」
シスイの確認を取れたヴァレアは「実はな…いや、ここでは人目に付くな。私達が使っていた部屋に来てくれないか?そこでなら気兼ねなく話せる」シスイは不思議そうな顔を見せて「分かりましたわ~他の人に聞かれてはご都合が悪いのですか~?」「ああ、聞かれてしまっては国民がパニックになるかもしれないからな」
シスイは一大事だと分かりこれ以上は何も言わなかった。ヴァレアとシスイは目を合わせて頷きディーナと会議をしていた部屋に移って行った。
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一方ディーナはフェリス達がいる庭園を探しに王宮を歩き回っていた。「にしても広いね。お初の私じゃ迷うのは必然ね、手当り次第に歩いて行くしかないね」庭園の目的地は分かるが問題はどうやって行くのかが分からないディーナ。
ヴァレアと別れてから数十分経つが未だに庭園にはつかない。諦めて誰かに案内を頼もうとした時だった。ディーナの目の前から昨夜ネルルの側近のような女性が歩いて来た。
知り合いではないが一目会った関係と言う事でディーナは女性に声をかけた。
「あの、ちょっといい?」ディーナが声をかけると女性も立ち止まってディーナと目を合わせた。「貴方は、昨夜ヴァレア様と共に参った"リンドウ"のお方ですね。このケイに何か御用ですか?」
女性もディーナの事は記憶に入れていたようだ。
「いえ、ちょっと時間があったら庭園まで案内してくれないかなって。王宮が広すぎて迷っちゃってね」「庭園に何を?」
「フェリスとネルルが庭園にいるって聞いたからね。私も一緒に見に行こうと思ってね。ダメかな?」
ディーナの申し出にケイは少し考える素振りを見せた後に「ネルル様からのお話でディーナさん、貴方がとても良い人だと伺っています」「私が?そう言われるとちょっと照れるなぁ」頬が少し赤く染るディーナ。
「ネルル様の事ももう既に呼び捨て…分かりました、庭園のご案内は任せてください。私も丁度ネルル様にご要件があった所でした」「一石二鳥ね。それじゃあ案内をよろしくね」
ディーナが歩き出すがケイはその場に留まっていた。歩かないケイの姿を見てディーナは「どうしたの?ネルルに要件があるんじゃ…」声をかけたその時、ケイが腰にかけていた大剣を握り、ディーナに襲いかかった。大剣を振り下ろす直前にディーナは咄嗟に反応して、後ろに下がりケイと距離をとった。
振り下ろされた大剣が地面に当たると、当たった床が粉々に砕けた。
あまりの突然の事に驚きを隠せないディーナだが、一度深呼吸をした後に「いきなりねぇ。何、私が何か気に食わなかった?」冷静に言葉を発した。
ケイは大剣を両手に持ち顔の横まで大剣を構えた。「確かに貴方がネルル様に認められたのは分かります。ですが、ヴァレア様の付き添いとは言えまだ信用に足りません。この国に少しでも危険が訪れないようにするのが私の役目、私は貴方を認めていない。
刃を交われば人の本性が分かる、私はそういう人間です…その力が国やネルル様に相応しいのか、国に害が無いのか、ネルル様の右腕であるこのケイが確かめさせていただきます!」
どれだけ殿下が信用する人物でも、わずかの可能性を潰しておきたいケイはディーナと戦うことに。ディーナの本性と実力、それを知れば何故ネルルが認めた"リンドウ"かを己が確かめるために。
ケイの国に対する想いとまだ自分が信用されていないと分かったディーナは少し笑って銃を取り出した。手にした銃をクルクルと回しながら
「そういう意味ね、私も敏感になり過ぎね。ちょっと前にこういう不意打ちを受けてその人が悪者って決めつけてた。貴方もそうやって私を倒そうとすると思ったけど腕試しなら話は別。いいよ、"リンドウ"の私の実力を存分に見せてあげる!」笑みを浮かべながらディーナは銃口を向けた。




