国を守る為に
ヴァレアに会ったばかりに突然ヴァレアを自らの配下に加えようとするネルル。「何度も言ってますが、私は貴方の配下や側近になるつもりはないです。ただの一人の"リンドウ"で私は充分なのです」丁重に断るヴァレア。どうやらこれが初めてではなく何度も勧誘しているようだ。
「何故そう頑なに断る?貴殿程の実力者はそう居ない。貴殿さえ居ればこのルムロは完全安泰、永劫の平和が待っていると言うのに」「私はただの人間です。この命はいずれ尽きます、この国に仕えても永劫の平和は訪れはしません」
ネルルはヴァレアの目をじっと見つめて「はぁ…まぁ良かろう。今回は貴殿の勧誘が目的ではない。少々話があってこの場に呼んだ」勧誘を諦めて話の本題に入ろうとしていた。
するとネルルは隣にいる女性に「ケイ、兵を連れて部屋から立ち去れ。決して誰も部屋に入らせるな、近づけさせるな。万が一のためにケイは部屋の近くにいろ。兵は他の警護に回せ」
兵と共にこの部屋から出て行けと行ったネルル。「よろしいので?殿下様お一人にさせるのは私としては不本意ではありますが」女性はネルルと三人だけにはしたくないようだ。
「我が目の前にいるのは最強の"リンドウ"だ。これ以上の無い程の護衛であろう?それに私の命が聞けぬと言うのか?」「…仰せのままに」女性はネルルの命令を受けて兵士達に「全員この部屋から出て行け。各自王宮の警護につくんだ」「ハッ!」女性の言葉に即座に動き出す兵士達はすぐさま部屋から出て行った。
兵士達が全員出て行くのを確認した女性も歩を進め、扉まで歩いていく中でヴァレアを横切る際に耳元で「殿下様に何もしないでください」と、小さな声で言ってそのまま部屋から出ていった。
「相変わらず心配性な奴だな」女性の性格を知っているヴァレアは口にはせずに振り返って女性が出て行くのを見送った。三人と殿下だけになった部屋、広い部屋に四人だけの空間は静けさが漂っていた。
「さて、皆居なくなったな……」ネルルは辺りを見渡して本当に自分達以外は居ないかと入念に確認して、足を下ろしてクルクルと回していた王冠を頭に被り、立ち上がったネルルは突然走り出してヴァレアを抱き締めながら「ヴァレア~!ひっさしぶり!!やっぱりヴァレアはそのクールさがチャームポイントだね~!」さっきまでとは打って変わって甲高い声に無邪気な笑顔でヴァレアに抱き締めて離さないネルル。
ヴァレアは抱き締められている事に少し困った様子を見せながらも引き剥がそうとはせずに「全く、少しは兵士の前でも柔らかい態度で振舞ったらどうだ?緊張感を持たすのは良いことかもしれないが萎縮してしまうぞ」敬語で話していたはずだったがネルルが豹変してからは友達のような感覚で接するヴァレア。
「無理無理、私のこんな姿を見られたら威厳が無くなっちゃう。皆の前ではしっかり殿下としての居ないと。
それよりも何で私の配下にならないの?私の直属の側近になれば良いこと尽くしだよ。豪遊出来て部下もいっぱい出来て、ヴァレアの損になることは絶対にないよ」態度が変わってからも勧誘の姿勢は変わっておらず再度配下になるように言っているネルル。
「毎回言ってるだろ、私は"リンドウ"だ。ここに配下につもりはない。それに部下なら私の立場で言うと把握出来ないほどいる。"リンドウ"として"マリー"を討伐しなければこの国にも被害が及ぶかもしれないだろ?間接的にはなるがルムロを守っているのは私が"リンドウ"の立場であるのは同義のはずだ」最もらしい言葉にネルルは「ちぇ、まぁいいわ。配下になるまでずっと、ずっーーと勧誘してやるんだから。覚悟しておいてよね」「どこぞの宗教勧誘か」
ずっと笑顔のネルルにヴァレアも再開した友人と楽しく話して楽しくなっているのか微笑みを見せていた。
「それはそうとして、ネルル」「ん、何?」「ここにいるのは私とお前だけじゃなくて私の後ろに二人いるのは気づいているのか?」
ヴァレアを抱き締めながらヴァレアの顔を逸らして見ると二人いた。
ディーナは先程の高飛車な様子からは打って変わった姿に戸惑いながらも、目が合ったネルルに控えめに手を振り笑顔を見せた。フェリスも今までにここまで豹変する人を見たことが無いようで、どうすればいいか分からずにただネルルをじっと見ていた。
ヴァレア以外に人がいることを知らなかったネルルは固まり動かなくなってしまった。だがしばらくするとヴァレアから離れて二人に近づいて行き「客人がいたか、歓迎するぞ。我が名はネルル・クラウン、この国を統べる王だ。ヴァレアの同じ"リンドウ"か?よろしい、貴殿の名を聞こうではないか。さぁ、名乗れ」
兵士達が出て行く前の高飛車な性格に戻り、二人を歓迎すると言って名前を聞いた。逆戻りした姿を見たヴァレアは一言「無理があるだろ」
----------
ネルルは玉座に戻り手で顔を隠していた。顔を隠す前の顔は頬が真っ赤に染まり、とても恥ずかしそうにしていた。
「まぁこの事は誰にも言わないでくれ。彼女の名誉や威厳に関わってくるからな」ヴァレアもネルルのもう一つの一面は他言無用にと頼んだ。
「それはいいんだけどね、私としてはどちらが本当の殿下様なのか分からない…っていうのは聞かない方がいい?」まだ困惑気味のディーナ。しかし何も聞かないのもどうかと思ったディーナはネルルの性格について聞いていた。
「察しているのなら聞くな。あの姿を見られたのはネルルにとっては不本意だったからな」
ヴァレアは顔を伏せているネルルに振り返って「ネルルもいい加減に挨拶したらどうだ?見られた事はもう覆はしないんだから」顔を手で抑えていたネルルは恥ずかしがりながら手を離して赤く染まった顔で「だってぇ、ヴァレアとか本当にごく一部の人しか知らないんだよ。それにその人達は皆すっごく仲のいい人だから…初対面であの姿は堪えるよ」
「考え方を変えたらいい、初対面の相手にさらけ出したのだからこの二人には隠す必要がない。本当の自分を知っている人が増えたと思ったら気が楽だろ?」
ヴァレアの説得によりネルルは目線を下に向けて誰とも目を合わせずにしていると、しばらくして目線を戻してディーナと目を合わせて「ヴァレアの言う通りかも。貴方達には何も気を使わなくていいから、ずっと気にしても仕方ないよね。
それでは改めて、私はルムロの殿下であり王のネルル・クラウンです。今後とも国と共によろしくお願いします」玉座に座りながらではあるが一国の王が客人であるディーナに一礼した。
「そんな大層な。王様のネルル様?に頭を下げられたら私も申し訳ない気持ちになりますよ」"リンドウ"ではあるがディーナは一般人、大国の王に頭を下げられてしまっては気さくなディーナでも申し訳なくなってしまっている。
「そうだネルル。ディーナに頭を下げるなんて国の価値が落ちてしまうのと同義だぞ」「ちょっとそれどういうこと?」ディーナと言う名前を聞いてネルルは頭を上げて驚いた顔をしていた。
「貴方がかの有名なディーナさんなのですか?名前だけはヴァレアや他の人から伺っていましたが実際に会うのは初めてで驚いています。まさかこんな形で会うなんて」ネルルは"リンドウ"としての名声を上げているディーナと一度対面したく思っていたようで、想像していなかった初対面に驚いていた。
「"リンドウ"界隈では私を知らない人はあんまり居ないんですけど一般的にはあんまり知られていなくて。王様に名前を知っていただけているなんて光栄ですよ」
自分を知ってくれていたネルルに嬉しさを顕にするディーナ。
「頼りになる"リンドウ"の一人ってヴァレアが言っていたので、私もいつかは会いたいと思っていました」「へぇ~頼りになるね~」顎を触りながらニヤニヤしてヴァレアの方を見るとそっぽをむいて「お前の実力は買っている、"リンドウ"としての名声は確かな物だからな。だが私生活や生活習慣に関しては論外の一言だからな」
「言い方の棘は相変わらずだけど私生活に関しては私も何も言えない」ある程度の自覚はあるようだ。
「でもネルル様…」「あぁ様なんて付けなくてもいいです、敬語も必要ありません。私のこの姿を見たのなら友達のような感覚で大丈夫です」
「本当に?」「はい、ですので私もディーナと呼んでも大丈夫でしょうか?」どうやらネルルのもう一つの姿は一部の友人に見せているようでディーナとも友人になりたがっていた。
「もちろん。私もネルルって呼ばせてもらうよ」大抵の人とは仲良くなれるディーナはネルルも例外ではなく友人として接するようだ。承諾してもらったネルルは笑顔になり「うん、また一人友達が出来ちゃった」
「それでネルルはどうしてヴァレアの前じゃあんなに性格が変わったの?私とフェリスは偶然で見ちゃったからヴァレアが居なかったら皆の前で絵に書いたような殿下様でしか知らなかったから。理由があっての事でしょ?」ディーナは一番の疑問であったネルルの二面性について尋ねた。
「まぁそうなるよね。ディーナに見られちゃうのは事故でしか無かったから。本来の私はこっちで皆の前の私は仮初の殿下って感じかなぁ。今の私はほんのひと握りだけしか知らない。ヴァレアや王宮にいる一部の人、後は私の友人の"リンドウ"ぐらい。それ以外の人には絵本とかでよく見た悪い王様を自分なりに真似しただけの姿。だから世間ではそっちの方の印象が強いかも」ネルルのもう一つの姿はあくまで仮初。昔話の傍若無人や唯我独尊の王様の性格を全てではないにしろ参考にして作られた殿下としての側面である。
「あの時は本来のネルルじゃなかったって事ね、おおよそ把握してたけど聞くとスッキリした。その殿下様の方は理由は聞いていい?」もう一つ気になる事情の一つに何故兵士にあの性格で命令をしているのかである。
「その理由はすごくシンプル。王として、殿下としての立場を、威厳を失う訳にはいかないから。私の性格は人を導くにはちょっと向いていないって自分でも分かってる。そこで私なりに勉強して、向こう側の私になれる事が出来た。私だってあんな風にはなれないし、なりたくない。けれどそうしないと皆をまとめられない、国を守れない。心を鬼にして私はもう一人の私になる、皆を統一し民を守るために」
なりたくてなっている訳では無い仮初の姿。だが実際に仮初の姿で兵士や民衆の前に立つと統率が取れ国が活気づき安定もする。自らよりも大事なのは国と民、守るにはこの姿を厭わないのだ。
「その目、その覚悟は伝わったよ。なるほど、全ては国のためって事ね。それは素晴らしい事だよ、自らを抑えて悪者になる、それで国が救われるなら厭わないなんて。ネルルは立派な王様なんだね」
立派な王様と言われたネルルは頬を赤く染めて「いやぁ~別に立派とかではないようなあるようなぁ~私はルムロが平和ならそれでいいかなぁ~って」照れ隠しするネルルにディーナは「褒められ慣れてないな~」と、思っていた。
「話を割って悪いが、私を呼び出した理由を聞こうか。何も理由が無い訳じゃないだろ?」ディーナとネルルの話に割って入ったヴァレアは本題を切り出した。
「そうね、ディーナも"リンドウ"なら二人に聞いてもらっても大丈夫かな」
ディーナとの話はずっと笑っていたネルルは笑みは消えて真剣な表情になり、本題を話し始めた。
「実はここ最近この周辺で"マリー"の出現情報が入ってきているの」「"マリー"?幾度となく"マリー"を迎撃しているルムロであれば問題ないんじゃないか?」ルムロの防衛能力であれば有象無象の"マリー"であれば返り討ちにする実力があるのを知っているヴァレアは"マリー"の出現情報が入ったぐらいで"リンドウ"を呼ばない。
「ええ、私も普段であれば兵士達に任せれば難なく返り討ちすると思っていたの。けれど、先行突入した十人の兵士が戻ってこなかった。私もこの目では見てないから断片的な情報でしかないけど、"マリー"は軍勢じゃないの、たった二体の"マリー"」
ネルルの話を聞いたディーナはヴァレアの方を見て「今回ヴァレアを…いや、"リンドウ"を呼んだ理由は、国に危機をもたらす強大な"マリー"を討伐、依頼を要請しようって事ね」「ルムロに蔓延る危機か…"リンドウ"の出番だ」大国に迫る脅威を、"マリー"を討伐、それが殿下ネルルの依頼だった。




