醒めない夢
ディーナとフェリスがスズカを家まで送った後に宿に戻り、エーデルは力が完全に戻ったと言って三人は廃墟に向かった。
廃墟に着くころには夕方になっており夕日が三人を照らしていた。ディーナがキョロキョロと見渡して「スワイは?」どこにもいないスワイの事を聞いた。「廃墟に下調べに行くと言ったが、何をして……言ってたら来たぞ」
上空からスワイが飛んできてエーデルの腕に止まった。「遅かったな、何かあったか?」「その逆、何も無さすぎて探し回って遅くなっちゃったよ」「何も無い?"マリー"はいなかったのか?」
「廃墟の周りを重点的に探したけどそれっぽい様子は無かった、廃墟の中も全部を探し回ってはないけど"マリー"の姿は無かった。ただ、二箇所だけは調べてない、明らかに不穏な空気が漂いすぎて入れなかった」
スワイの話を聞いて思ったことがあったディーナは「遅くなるほど部屋がいっぱいあるの?普通の廃墟じゃなさそうなんだけど」ディーナは廃墟と聞いて何かの屋敷かと想像していたが話を聞くとどうやら違うようだ。
「エーデル言ってなかったの?今回行く廃墟のこと」「行けば分かることをわざわざ言う必要はないだろ」
ディーナは苦笑いを浮かべて「一応ある程度は教えて欲しかったんだけど」「安心しろ、もう見えてきた」
ディーナが真正面を向くとそこにあったのは何年も前に廃墟になっていた学校があった。かなり年季が入っているのか所々の石の壁が剥がれて至る所にある窓ガラスを割れている、外見だけでも入ることを躊躇ってしまうほどに酷い状態だ。
「廃墟って言うより廃校だね、学校で"マリー"退治は初めてだね。ちょっとワクワクしてきた」笑みを浮かべるディーナであったがエーデルがこの学校の詳細を話した。
「この学校は数年前までは町外れにある近くの学校だったが"マリー"の襲撃を受けて学校は閉鎖、その残骸がこの有様だ、なんのために"マリー"が襲ったかなんて分からないが少なくとも"マリー"が今ここで住処を作ってるいるのは確かだ」建物が"マリー"に襲われるのはこの世界では珍しいことではなかった。"マリー"が何故襲うのかは定かにはなっていない。
「ここでも、"マリー"の被害があったんだね……ねえ、お姉ちゃん」「何?」「なんで"マリー"は人を襲うの?」フェリスがこの"マリー"がいる世界での最大の疑問をぶつけた。"マリー"が人を襲う理由、それはフェリスにとって謎でしかなかった。だが、それはディーナやエーデルにとっても同じだった。
「それは……正直分からないよ。"マリー"がなんで人を、女性を襲うなんて。それでも、守らない理由にはならない。原因なんてどうでもいいんだよ、守るために"リンドウ"がいる、ただそれだけ」ディーナの今の答えはこれだった。理由は付けることが出来ない、たがほおっておくことなんて出来ない。それが"リンドウ"の使命だったからだ。
「私はどうだっていい、仇を討つ。それだけだ」"リンドウ"ではない彼女は標的の"マリー"を討つ、それだけで動くだけだった。
学校の昇降口の前まで来た三人と一匹、するとここでディーナが「ここに入るのフェリスはちょっと危ないかな、"マリー"がいることか分かってる所で入らせる訳にはいかないよ」フェリスの安全を確保することが出来ないと思ったディーナはここに残るようにと伝えた。
「う、うん、お姉ちゃんがそう言うのなら残るよ。怖いけど、フェリスのわがままだから……」明らかに不安な顔をするフェリスにディーナは置いていくことを躊躇っていると「お嬢さんのことなら任せて、ウチも残るから」スワイがフェリスと一緒に残ると言った。
「えっいいのスワイ?エーデルについて行かなくて」「エーデルだって子供じゃないから大丈夫。お嬢さんぐらいだったら何かあっても連れて行けるぐらい軽いから」
スワイの何気ない言葉にエーデルは「私は重いと言いたいのか?」殺気めいた言葉でスワイを睨みつけた。
「そういうことじゃない!フェリスぐらいの身長とかも考えたらってこと!」
「でもエーデルはいいの?スワイがいないと……それは大丈夫か」「私がこの鳥を必要としたことがあったか?"マリー"を殺すんだ、一人で充分だ」
スワイは口にはしなかったが「昨日名前を叫んで必要としてたじゃない」
フェリスを安全も確保出来たことでディーナはフェリスの目線までしゃがんで「それじゃ行ってくるよ。何か危険があったらすぐにスワイに掴まって逃げるんだよ」「うん、お姉ちゃん頑張って」
フェリスのエールに元気が湧いてくるディーナはフェリスの頭を撫でた。
「健気だねぇ」穏やかな二人に心が洗われるスワイ。「そう言えばお前が言っていた不穏な空気とはどこだ?」
スワイが言っていた調べられていない場所が気がかりになっていたエーデルは突入する前に聞くことに。
「場所で言ったら二階と三階。二階の部屋は図書室、三階はとある教室。教室は三階の一番奥だから分かりやすいよ」「そこが調べられなかったのか?」「ええ、あの二部屋だけは明らかに様子が違った。気をつけた方がいいわよ、何があるか分からないから」
エーデルは昇降口の方を向いて「忠告は受けて取っておく。ディーナ、行くぞ」歩き始めるエーデルにディーナも立ち上がってフェリスに手を振って後を追った。
エーデルら昇降口の扉を開けて二人は廃校に入っていった。
二人の背中を見送ったフェリスとスワイは「お姉ちゃん……ファイト」スワイに聞こえない程の声だったがスワイは聞こえていた。「エーデルもこの子ぐらい良い子だったら……想像つかないからやめよう」
----------
廃校に入った二人は一つ一つの部屋に入って"マリー"の姿を探していた。「廃校って結構不気味ね。"マリー"がいるからとかじゃなくて雰囲気的に入っちゃダメな場所なんだろうね」ディーナは"マリー"を探しながら廃校の雰囲気を楽しんでいた。「場所なんてどうでもいい、"マリー"を殺せば二度と来る事はない」ようやく"マリー"を討伐出来るからかかなり集中して探し回るエーデル。
「ある程度余裕が無いと倒せる"マリー"も倒せないよ」緊張をほぐすかのように言葉をかけるが「余裕?余裕はあるさ、私がこの場で笑っているのが答えだ」そう言ったエーデルの顔を見ると不気味な笑みを浮かべいた。
そんなエーデルの笑みを見てため息をつくディーナ。「それは恨みを晴らしたいだけでしょ」口には出さなかった。
一階の教室等を全て調べて"マリー"の姿は無かった。「やはり二階か三階、どちらかにいるか」「そうなるかな」階段を登る二人、二階に来た時にエーデルが「ここで別れるか。私は三階に行く」「りょーかい、私は二階を調べるね」
三階に上がろうとしたエーデルはディーナに一言「図書室は何かあるらしい、気をつけろ」そう言って階段を上がっていた。「図書室……ちょっと弾を補充しておこうかな」ディーナも銃を取り出してマガジンの入れ替えをした。
----------
三階に上がったエーデルは他の部屋には目もくれずにスワイの言っていた奥の部屋に一直線に向かった。そして、一番奥の部屋までたどり着いたエーデルは扉の目の前に立った。「何か変わった所は無いが、あいつはデタラメを言ってたのか?」
スワイの言葉に疑問を持ちながら扉に手をかけて開けると、その部屋は至る所に赤い液体がこびりついていた。地面や天井、教室だったのか幾つか生徒の机や椅子が散乱しておりそれにも液体がついていた。
その光景を見たエーデルは驚き「これは、人間の血。まさかあの"マリー"がここに来た人間をこの部屋で殺していると言うのか。あらゆる場所に血がついているのを見る限り、一人や二人だけではなさそうだ」赤い液体は人の血、何人もの人がこの場で血を流していた。
部屋に足を踏み入れ、数歩歩くと後ろ姿ではあったが昨夜町を襲撃した"マリー"がいた。エーデルに気づいていないのか錆びたチェーンが付いた何かをギュッと握りしめて胸あたりに供えて祈るように顔を下に向けていた。
「こいつ、余程その手に持っているものが大切なのだろうな。恐らくこの血は"マリー"を殺そうとしていた"リンドウ"の血、昨日の動きを見る限り生半可な"リンドウ"ではこいつに殺されるだけだろう。
"マリー"がここまで離さない物、期待していなかったがこいつの持っている物は……」"マリー"が持つものに見当がついたエーデル。
すると、何かの気配に気づいた"マリー"は後ろを振り返りエーデルの存在を確認した。エーデルは"マリー"の体を見ると昨夜突き刺した属性の棘が無くなっていた。しかし刺した後は残っており、僅かにだが体に穴が空いている事が分かった。
"マリー"の方も自分を撃退した人間と分かった途端に「ああああああああぁぁぁ!!!」獣の叫び声だった、鋭い爪を突き立てて完全に臨戦態勢に入った。
「微かな可能性も潰えた、お前を殺す理由は無くなった。だが、今から私の邪魔をするのなら、容赦はしないぞ」指を鳴らしエーデルの後ろには四つの亜空間が出現した、エーデルも臨戦態勢に入った。
"マリー"はエーデルに飛びかかろうと走ってきた。後ろに出現した四つの亜空間から一斉に黒い細い棘が飛び出し"マリー"を突き刺そうとした。しかし、"マリー"は棘が刺さる瞬間に鋭利な爪を持つ手で勢いよく振り払うと四つの棘が折れてしまった。
驚くエーデルに"マリー"はエーデルを爪で引き裂こうと振りかざし、一気に振り下ろした。一撃を食らうとひとたまりもない攻撃をサイドに飛び込んで凌いだ。振り下ろした腕は地面に叩きつけられ、地面はヒビが入っていた。
「最初から本気か、私も油断出来ないと判断したのだろう。楽はさせてくれないか」飛び込んだエーデルは立ち上がって"マリー"を見ると目の前には"マリー"が再度腕を振り上げていた。振り下ろす速度を考え避けられないと直感したエーデルは両サイドに瞬時に亜空間を出現させ二本の棘を交差するように"マリー"を刺した。
貫通することは出来なかったが動きを止めるには充分だった。一瞬硬直した"マリー"だったが刺されたまま腕を振り下ろした。その硬直を利用してエーデルは"マリー"の股の間からスライディングして"マリー"の後ろに立つとエーデルの頭上に大きな亜空間が出現した。
「穿て、そして消え……ッ!」"マリー"を穿った大きな棘を飛ばそうとした時、エーデルの足元には水が溜まっていた。水はどんどんと増えていきエーデルの膝まで浸かってしまった。辺り一体の床が水溜まりになり、エーデルは足元を取られて棘を飛ばせなかった。
"マリー"は振り返り片方の手を水につけた。「こいつ、水の属性を使うのか。単調な攻撃ばかり、それで何人もの"リンドウ"が殺られるのはおかしいと思ったがなるほど、隠し球としてはそれなりのものだな」"マリー"は力や速さはあるが片手しか使っていないために攻撃が見切りやすく単調だ。そのために水の属性を使い相手の動きを封じる攻撃を持ち合わせていた。
水に片手を入れた"マリー"は勢いよく水から手を上げるとエーデルの身長程の波が押し寄せてくる。避けようと動き出すが水の抵抗もあり上手く動けない。「くっ!あいつがいればな」スワイを置いてきた事に後悔するエーデルは波を真正面から受けてしまった。
波の勢いは貧弱な体のエーデルを軽く吹き飛ばす程で、エーデルは宙に浮かんだ。浮かび上がったエーデルの真後ろに瞬時に回り込んだ"マリー"はエーデルの体を掴み、水溜まりの中に体を押し込んだ。
息が出来ないエーデルは何とかして"マリー"の手を退かそうと動き回るが、"マリー"の馬鹿力や水の中のために手を退かすことが出来ない。徐々に苦しくなって行き、抵抗する力も無くなってきていた。
「がはっ……貴様、如きが……私に、触るな!」遠のく意識の中でエーデルは力を振り絞って右手を水から出して、指を鳴らした。すると、先程出現した亜空間から昨夜"マリー"を突き刺した棘が飛び出した。
抑え込むことに必死になっていたのか"マリー"は飛び出す棘に反応出来ずに、棘が体を穿った。エーデルを離して一歩二本下がり膝を着いて苦しむ"マリー"。その隙にエーデルは体を起こして"マリー"から一定の距離を置いた。
「がはっがはっ……はぁ、はぁ、油断した。遊び感覚では挑んでいられないな」咳き込み体に入り込んだ水を吐き出した。
突き刺された"マリー"は口から黒い血を吐いたが、すぐに棘を掴んで力を入れると棘は折れて、体から引っこ抜いた。棘を手から離して獣の叫び声をもう一度した。
「"マリー"の体力はまだあるか……悠長に戦ってもこの水が敷いてある状態ではまともに動けない、"マリー"の一方的な状態であることは確かだな。
仕方ない。一瞬で片付けるなら、多少の疲労も本気も必要か」
エーデルも少し本気を出すと決めたらしく、手元に亜空間を出現させてそこから剣の柄のような物が出てきた。
その柄を手に持ち引っこ抜くと、黒い剣だった。西洋の剣がモチーフになっており、どこでも斬り付けられるようだった。
手に取った剣の刃先を"マリー"に向けて「祈りでも唱えていろ、良い夢が見られるようにな」
エーデルはそう言うと斬りに行くのではなく、柄を逆手に持って剣を振りかぶって"マリー"に投げつけた。"マリー"も警戒していたが投げつけるのは予想外ではあったがエーデルの貧弱な体から投げられた剣など造作もない"マリー"は体に当たる直前で手で剣を払い除けた。
"マリー"とは違う方向に向かって飛んでいく剣だが、そこには剣を逆手に持ち"マリー"の体を突き刺そうとしているエーデルがいた。そこにいるはずのない人間がいることに驚き反応出来ずにいた"マリー"は体を剣で貫かれた。黒い血を吐く"マリー"。
エーデルは"マリー"の貫いた体から剣をすぐに抜いて"マリー"の顔に目掛けて剣を投げた。目の前に来る剣を顔を動かして間一髪避けた。エーデルの倍以上もある体を突き刺すには空中から刺す必要があり、剣から手を離したエーデルは"マリー"の前で倒れている途中だった。
その隙をつくように"マリー"はエーデルの体を再度掴もうとしたが、エーデルは蜃気楼のように消えた。消えたエーデルは剣を飛ばした"マリー"の真後ろに、飛ばした剣を逆手に掴んで「祈りは済んだか?なら堕ちて行け!!」隙だらけの"マリー"の首を突き刺し貫いた。
「あっ……ぁ……」声帯を貫かれたのか上手く声を発する事が出来ない"マリー"。酷い猫背のような体制になっている"マリー"の背中の上にギリギリ乗ったエーデルは首を刺した剣を更に深く突き刺した。剣を抜いて地上に降りたエーデル。"マリー"は首から大量の黒い血が溢れ出して、口からも血が止まらなかった。
遂には膝を着いて、土下座のように顔を地に伏せた。すると、「はぁ」ため息を吐くエーデルは回り込んで"マリー"の前に立った。ちょうどエーデルの身長までひれ伏した"マリー"は地に伏せた顔を上げると、エーデルが剣を向けていた。
「大丈夫だ、悪夢はいずれ終わる」剣を振りかぶり、"マリー"の顔を刺した。"マリー"は剣を抜かれると静かに倒れた。地面を張っていた水がどんどんと無くなっていき、"マリー"が完全に息絶えた事が分かった。
息絶えた"マリー"はフードを被っておりそのフードをエーデルは取ると、"マリー"は動物で鹿のような見た目だったが、"マリー"の目には傷がついていた。「こいつ、目が見えていなかったのか。だが私の居場所が分かっている所を見ると嗅覚が優れていた。目があったらもっと強かったかもな」どういう理由があって目に傷がついていたかは分からなかったが、もしまだ目が正常に見えていたらかなりの強敵になっていたかもしれない。
水が完全に無くなる直前でふと下を見ると錆びたチェーンがエーデルの足元に流れ着いていた。息絶えた事により手の力が無くなり持つことも出来なくなっていた。水が揺らめく動きによりエーデルの足元まで流れて来たのだろう。
錆びたチェーンを持ち先を見るとネックレスではなく懐中時計がついていた。金のメッキが施されていたが所々が剥がれてボロボロになっていた。時計の部分を開くと秒針は動いておらず壊れていた。
「やはりハズレか。途中から違うとは分かっていたが、ここに来たのも無駄骨だったな」目的の"マリー"も取り返したいネックレスも無かったエーデルは眉間に皺を寄せていた。「にしてもこの時計……」時計を見て何かを感じたエーデルは時計を捨てるのではなく持っていくことにした。
目的以外の物は邪魔だと切り捨てるエーデルだが何故かこの時計は持ち帰る。「違っても知らないからな」
エーデルは二階にいるディーナの元まで歩こうとしたが、足かふらついて上手く歩くことが出来ない。「今すぐに動くのは無理か、少々使い過ぎたか」独り言を発するとたまたま近くにあった学校の椅子に座った。
「少し休むか、五分もすれば動ける。にしても、この"マリー"以外にもう一匹いると聞いていたが姿も形も見当たらないな。もう一つの部屋、図書室にディーナは向かったはずだが、目撃情報が無いのは何かに化けているから……まぁどんな"マリー"だからと言って興味もない、それは"リンドウ"の仕事、私には関係がない」エーデルは手元に小さな亜空間を出現させてイヤホンと電子機器を取り出して曲を聴き始めた。一息の休息なのであろう。
そしてエーデルと別れたディーナは……




