紫黒の少女
一軒の古いレンガの家を見つけたディーナは興味本位で家まで近づいた。
レンガの家は頑丈で何百年経っても壊れることは無いのだが、欠けたレンガや汚れた窓、ツタの葉も張っているためかなりの年季が入っている家であるのが分かる。
近くまで行くとそのレンガの家は大きく家族が住むぐらいの大きさである。
ついに家の前に来たディーナ。鉄格子の門の先に玄関があり、門の脇には鉄がさびているポストもある。しかしポストはしっかり開け閉めが出来て新聞の切れ端があることから最近まで使われている跡もある。
「誰か住んでいる、こんな場所に?」独り言を囁き、ついに鉄格子の門を開けた。
先にある玄関まで歩いてインターホンを鳴らそうとしたがそもそもインターホンも無かった。相当な古い家と判断したディーナだったがお構い無しに玄関の扉をノックした。
しかし反応がなく、しばらく時間が経った。
「やっぱ、誰もいないのかな?もう一回叩いて誰もいなかったら帰ろ」
そう思ってもう一度玄関をノックした。少ししてまたしても反応がなかったため諦めて帰ろうとしたディーナだったが突然玄関の扉が少し開いて「し、新聞屋さん、前に、ポ、ポストが、あるから、そこに入れて・・・」か細く弱々しい女の子の声が微かに聞こえた。
しっかりと耳を澄まさないと聞こえない程の声量だったが森の中ということもあり静かな空間だったためディーナはその声が聞こえた。
「あっ、ちょっといいか・・・」ディーナが声をかけた一瞬で玄関の扉が閉じられた。
「えぇ、そんなに怪しい人に見えたかな?でも姿は見えなかったけど声の感じ的に女の子、少女ぐらいだったかな。う~んこのまま帰るべきかそれとも・・・」
ディーナはもしかしたら一人なのかもしれないと考え悩んだ末に玄関の扉の取手に手を伸ばし「お邪魔しま~す」と言って家の中に入っていった。
家の中を見渡したディーナは驚いていた。「これ、普通の家?」中に入ると両端に階段があるがそれ以外は何も無く広い空間だけだった。天井にはシャンデリアがあるが明らかに最近作られた物では無いのが分かる。
「あの子一人で住んでるのかな・・・にしても大きすぎる」ディーナは少し探索することに。
まず本当に何も無いかどうか辺りを歩いたがめぼしい物は何も無かった。
「ここには何も無いか、それじゃ上だね」両端にある階段を上がることに。左の方が近かったため左から先に上がった。
階段を上がると右の手前に扉と奥にもう一つの扉があった。部屋に繋がってると思いまずは手前の扉を開くと多くの本が置いてありどうやら書斎のようだ。
部屋に入り一つの本を手に取り読み始めたがかなり古い本だろうか文字が掠れて全く読めない。恐らく他の本も同じく古いと判断したディーナは本を戻し部屋から出た。
次に奥の部屋に向かった。同じように扉に手をかけて開けようとしたが押しても引いても開かなかった。扉の取手をよく見ると鍵穴がありどうやら鍵が掛かっているようだ。
「じゃあ次は向かい側の部屋ね」階段を降りて正面から見て右の方の階段を上がった。同じような作りをしており手前に扉と奥に扉がある。
どっちかに女の子がいる、そう考えながら手前の扉を開けた。開けた先には二人用の椅子とテーブルにキッチン。ここはリビングらしい。キッチンはあまり使われていない様子だが手入れはしっかりしてある。棚にある食器類を見たら見たことのない柄や触れば崩れそうなかなり脆い食器もある。
ディーナはさっきの書斎もこのリビングを見てあることがわかった。
「この家、相当前に建てられた家なんだ。古くて何も読めない本とかこの食器、あの子がもし住んでいるとしたら多分元々ここの住人じゃなくてここに住み着いているって考えなきゃね」
推測としてここは古く建てられた家であって恐らくは一人で孤独の少女が家も身寄りも無くたまたま森の中に見つけたこの家を住処にしていると思い始めたディーナはリビングから出て奥の部屋にいるであろう女の子と一度話し合ってみることにした。
意味があるない関わらずそうしないといけないと思ったから。
ディーナは奥の扉前に行き扉を開けた。
部屋は子供部屋のようで勉強机におもちゃ箱、絵本等の子供が喜びそうな物が多くあった。そして、ベッドがありベッドの上には布団でくるまっている何かがあった。
さっきの女の子だと思ったディーナはベットに近づいて「ごめんね勝手に入っちゃって。私はディーナ、森の"マリー"を退治しに来た"リンドウ"だよ。"マリー"に襲われそうになってこの家に入ったならもう大丈夫、私が全滅させたから」
優しい口調で自己紹介と安全を示した。しかしいくら待てど一切の返事がなかった。
「あの~お姉さん別に怪しくともなんともないよ。勝手に家に入るのは非常識だって分かってるけど、女の子一人をここで放っておくのも危ないからまずは顔だけでも見せてくれない?」さらに優しい声で言ってみると布団の中から声がした。
「ほ、本当に、何も、しない?」と、またしてとか細く弱々しい声が聞こえた。怯えた声でもあったがディーナはようやく声を聞けたことに微笑んで「約束するよ。出てきてくれない?」
ディーナの優しい声に少しだけ心を開いたのかくるまっていた布団をゆっくりと剥がしていく声の人。どんな少女が出てくるか少し楽しみにしていたディーナだったが、布団から出てきたのは確かに女の子だ。
見た目は小柄の少女、紫黒の髪色で顔の半分程は髪で隠れて長髪。一件普通の女の子だと思っていた。
しかしその女の子には普通の人とは違いある施しがされていた。
女の子の目には黒い包帯のような布が巻かれていて目が見ることが出来なくなっていた。その布を見る限りでは今日昨日付けていたものではなくかなり昔に付けられたようで所々がボロボロになっている。
ディーナも予想していたことでは無かったためか少し驚いた表情をした。驚く理由はもう一つあり、目が隠れているのにも関わらずその少女はディーナがいる場所が分かるらしく明らかにディーナの方を見ていた。
ディーナは驚きはしたがすぐに平常心を取り戻して少女に声をかけた。
「改めて初めまして。さっきも言ったけど私はディーナって言うの。君の名前も聞いていいかな?」少女はまだ警戒心はあるのか震えた声で「ふぇ、ふぇり、フェリス、あす、アスル、ロサ」と、自分の名前を言った。
「フェリスね、可愛い名前だね。フェリスはずっとここにいるの?」「う、うん、こ、ここが、お家、だから」
「一人でここに住んでるの?フェリス一人にしてはちょっと大きいと思うけど」「ママと、一緒に、いる」
「・・・その、ママは?」
「お、お仕事に行って、くるって、帰って、来ないの」
フェリスの母の事はこれ以上深くは探れない事に気づいたディーナ。母の掟、それがあるからフェリスはこの場を離れないことも悟った。
少し考える素振りをしたディーナはフェリスに近づいた。「な、何です、か?」さらに怯え始めたフェリスの前に立ち手を差し伸べた。
「一人、なんでしょ?だったら私と一緒に行かない?ここにいてもずっと一人なのは変わらないよ。だったらここで会ったのも何かの縁だし、私と一緒にどうかな?」
思いがけない言葉にフェリスは戸惑いと動揺を隠せずに「え、で、でも、ママとの、約束、あの、その・・・」「約束?」
「ママが、ふ、フェリスを、愛して、くれる人、家族に、なってくれる人が、来るまでは、家から出ちゃ、ダメって言われたから」
やはり約束をしていた、ディーナの予想は的中した。ディーナはフェリスをここから解放したい、外の世界を見せてあげたいと思い決意を固めた。
「だったら私が家族になってあげる」「えっ」
「出会いは貴重だから、フェリスは私と会った。誰も愛してくれないのなら私が愛す。初対面でこんなこと言うのもどうかと思うけど、それでも貴方をここから出してもっと世界を知ってもらいたいから。
私と家族になってくれる?」
ディーナの本心の言葉にフェリスは震えながら差し伸べられた手を取り「本当に、家族になってくれる?」「もちろん。これからよろしくね、フェリス」満面の笑みを浮かべたディーナの手をギュッと握ったフェリスは「暖かい、一人は嫌だったよ・・・」目を覆っている布から涙をボロボロと零した。
かなり長い時間を一人で過ごして来たのか、ディーナはフェリスを優しく抱いた、彼女が泣き止むまで。
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少し時間が経ち、フェリスは泣き止みディーナの手を握りながらベッドから立ち上がった。
全身は黒いエプロンドレスのような装いをしていた。ディーナはフェリスの手を握りながら家から出た。歩く時もそうだがやはりフェリスの目は見えている、物の把握や現在位置まで全てが普通に見えていた。
しかしある程度の原因もディーナは予想がついているらしくここでは言及しなかった。
家から外に出るのが久しぶりなのかずっとキョロキョロと辺りを見渡しているフェリス。
鉄格子の門を開けて森を抜けようとしたがフェリスは一度家の方を向いた。そして何も言わずに手を振って再びディーナの手を繋いだ。
ディーナはずっといた家から離れるのは流石に悲しいと思い「寂しい?」と聞くと「ううん、ずっと一緒のお家にさよならって手を振っただけだよ。今からは、お姉ちゃんと一緒だから」フェリスは初めてディーナの前で笑った。それは警戒心の溶けた証でもあった。
その笑った姿にディーナは心を奪われた。
「お姉ちゃん・・・こんなにも心が苦しくなるとは。家族になるって言ったかはこの子いや、妹だけは必ず守り抜かないとね」
改めて決心したディーナ。二人はその後森を抜けて依頼主の元に行った。
「森の"マリー"退治完了ですよー。さてさて報酬の事なんですけど・・・」
「あっすいません、先払いなのでもう報酬はヴァレアさんに渡してあります」
「・・・えっ」
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こうして事務所に新しい家族が住むことに。ディーナにとってはフェリスを養っていくだけの事、そう思っていた。フェリスはディーナの事を今はどう思っているのかは分からない、だが何かしらの心許せる安らぎがあるからこそ、フェリスはディーナについて行った。
二人の運命はここから繋がっていく。