5. 青竜と騎士団
(……こ、怖いけど、生き物には優しく!)
竜の背中は大きな鱗に覆われゴツゴツしている。鱗の隙間から覗く竜肌はほんのり温かく、硬質な鱗部分は冷たい。初めて触れた生き物は、その生命と同じく不思議な感触であった。
また竜が呼吸をする度に、背中にある鱗が微かに膨らんだり上下に動いている。今は大人しくしている竜が動き始めたならば、硬質な鱗が擦れ合うということも考えられる。
(……鱗で肌が切れたり、挟まれたりするのかしら)
目の前に鞍らしきものはあるが、一人用なのか狭い。公爵と密着しなければ座れない大きさだ。
エリシアが初めての経験に戸惑いつつ、これからどうなるのか考えを巡らせていた間に、背中に乗った生き物を確認するためなのか、竜が長い首を伸ばして、エリシアの顔近くまで、大きな顔を寄せてきていた。
「ひっ!」
目の前にある竜の細長い顔に、エリシアの息が止まる。
気難しくて荒々しいと言われていたが、自分を見つめる竜の双眸には理知的な光が宿っている。ただし、穏やかとは言いがたい。興味深そうにこちらを確認する目は水色で、爛々とした光を湛えている。
「…………。こ、こんにちは」
おそるおそる口を開く。何かを動かしていないと叫んでしまいそうなのだ……。
「ピィピィ! ピピィピーッ!」
すると竜があいさつを返すように、甲高い音を出した。さらに、人の顔よりも長くておおきな舌に、エリシアは顔をベロリと舐められた。
「……うっ! わ、私は、た、食べ物ではありませんよ~っ」
「ピィ?」
竜が首を傾げている。
可愛らしい仕草ではあるが、まだそうとは思えない。慣れるには時間が必要であった。
エリシアが竜の唾液でドロドロになった顔を袖口で拭っていると、ディオンと名乗った公爵が、エリシアの背後に跨がってきた。
エリシアの細い腰を両手で持ち上げると、一人乗りの鞍に横向きに座らせる。そしてディオンは、竜の背に直に座った。
「しっかり掴まれ。ここは狭い。一気に建物の上まで出るぞ」
「は、い?」
ディオンが竜の手綱を手繰り寄せた時、侍女のサリーが慌てて声をかけてきた。
「おっ、お待ちください。エリシア様、これをどうぞ」
サリーが布の塊を手渡してくる。広げてみるとそれは厚手のマントだった。
「飛んでいる間の風避けにお使いください。では、私はお屋敷で待っております」
サリーはそれだけ言うと、離陸する竜の邪魔にならないようにするためか、後ろにさがる。……もう、逃げられない。エリシアは覚悟を決めた。
「いくぞ!」
「はっ、はい!」
ディオンは、受け取ったマントを素早くエリシアに羽織らせると、竜の背中を数回たたく。また、エリシアは衝撃に備えるため、鞍の持ち手を握りしめた。
「バササササッ! バサッ、バサッ、バサッ」
竜は身を屈めて勢いよく飛び上がり、大きな翼を器用に動かす。すると、ディオンが言った通り、一気に建物の上に出た。周囲の建物には傷ひとつつけていない。
「す、すごい……!」
「話すのは飛行が安定してからにしろ。よし、カナロ! 上空にでる」
「ピイーッ!」
両翼のひと振りで、グンッと高度が一気に上がる。間近に見える竜の翼は、伸縮性のある薄い皮膜に風を孕み、規則正しく動きだした。
飛んでいると竜の姿がよく見える。しなやかに躍動する長い首や胴体、翼に合わせ、巨大な体がキラキラと光を反射している。太陽の日差しを直に受けた青竜の鱗が、青色や黒色、水色に輝いているのだ。竜の頭の両側には銀色の真っ直ぐな角もついていた。
(……美しい、生き物。ううん、そんな簡単な表現じゃ足りないわ。神が創られた美しい生き物ね)
エリシアたちが乗る竜が街の上空に出ると、街の外れに待機していた竜騎士団が合流し、十数頭の青竜と騎士たちに囲まれる。
(うわ~、青竜の騎士団……。すごい迫力!)
エリシアは、王国中に名を馳せる有名な竜騎士団をぐるりと見回す。
両翼を動かしながら滞空する竜たちは、個体差に多少の違いはあるものの、みな見事な青い鱗色をしていた。
竜に騎乗している騎士たちも、紺色の揃いの軍服に白いマントを着けた格好だ。竜に乗るためなのか、上着が長めで、サイドにスリットが入っている。スリットから覗く脚衣はぴったりとしていて、長めのブーツを履いていた。
王都で見かける騎士たちのなかには、筋肉質のがっちりした体躯の者もいるが、竜騎士たちはみな細身で、手足がすらりと長い。
(竜騎士の皆さんは紺色の軍服なのね。公爵様だけが黒色なんだ……)
「ご苦労だった。視察はこれで終了とする。皆、それぞれの持ち場に戻れ!」
「「「はっ!」」」
ディオンが取り囲む竜騎士たちに向けて命令すると、よく統率されているらしく一斉に返事が返ってきた。
各々が竜の首を向かう方向へ修正すると、方々へ素早く散っていく。
「カイル! 私たちは領内を回ってくる。お前は帰れ」
「は、はい?」
カイルと呼ばれた青年が、先ほどの統率された行動と真逆の返事を返してくる。あきらかに戸惑っていることがエリシアにも分かる。
「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか? それに、お一人ではまずいですって!」
「メルトア付近だけにする。そんなに時間はかからないから大丈夫だ。それに、お前がいると何かとうるさい」
「そんなぁっ! ディオン様、ひどいっ! 私もご一緒したいのに~」
「黙れ!」
名残惜しそうに訴える黒髪の青年を無視し、ディオンは竜の飛行スピードを徐々に上げていく。
「ずるいですよ~っ」
後方から青年の声がまだ聞こえる。
何だかかわいそう……と、エリシアは会ったばかりの青年に同情してしまった。