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竜公爵と約束の乙女  作者: 紫月ゆう
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1. エリシアの秘密

 エリシアを乗せた馬車は、一路、北にある公爵領へと向かっていた。

 公爵家から寄越された花嫁のための馬車は、二人乗りとはいえゆったりと座れる広さがあり、クッションが敷き詰められた座面は、おしりも腰も痛くならない心地よさだ。



(望まれてるって感じるわ。あ~っ。……どうしよう)



 サークライス伯爵家の娘たちに結婚を申し込んだオルレアン公爵は、25歳という若さで広大な公爵領を任されている有能な人物らしい。


 「らしい」と言われてしまうのは、その人物に会ったことのある人が少ないせいだ。レオノーラに「不細工に決まってる」と言わしめた所以(ゆえん)でもある。


 王国の有力貴族であり、資産家でもある有能な青年公爵。落ち目の伯爵家に多額の結納金を支払ってまで、伯爵家の娘との結婚を望む理由は何なのか。

 ……怪しい。



「……絶対、何か隠してる!」

 エリシアがそう思うことは必然だった。



          ◇・◇・◇



 とはいえ、私、エリシア・サークライスにも隠しごとがないわけじゃない。まだ短い人生だが、それなりに考えて生きてきた。




 王都で慎ましく暮らしていたエリシアが、オルレアン公爵家に嫁ぐことになったのは、元をたどれば伯爵家に引き取られたことに始まる。


 実母(はは)を亡くし、初めて父親のサークライス伯爵に会ったのが六歳の時だ。


 それからは伯爵家の一員として暮らしてきたが、愛妾であった実母の存在を疎ましく感じていた義母(ままはは)義妹(いもうと)との生活のなかで、多少のすれ違いが生まれてしまったのは仕方のないことだと諦めている。


 両親の愛情を独り占めにする妹の姿も。あの人呼ばわりされることにも……。エリシアにとって、いつしかそれが当たり前になった。



 また義妹のレオノーラは、昼はお茶会、夕方からは夜会にと、貴族の令嬢らしく社交に励んでいた。

 なので、朝から行われる教会のバザーや孤児院の慰問などは、もっぱらエリシアの担当だ。

 でも、エリシアはそれでいいと思っている。子どもたちと過ごす時間は楽しいし、華やかな場所には、華やかな容姿の義妹の方がよく似合っていると思うから。


 だからといって自分を卑下しているわけではない。

 ふわふわした淡い金色の髪に緑色の瞳は気に入っているし、義妹に比べると大人しい容姿というだけ。


 けれど、瞳の色が実母とサークライス伯爵の両方の色を受け継いで、緑にも青にも見える所は気に入っている。義母の気を損ねそうなので、このことは家族には内緒だ。


 それともうひとつ。エリシアには、誰にも言っていない特別な秘密がある……。




 隠し続けてきたそれは、小指の先ほどの大きさしかない。


(この石に、どんな意味があるんだろう……)


 エリシアは、指で摘まんだ透明な丸い石を見つめる。馬車の窓から射し込む太陽の光を受けて、その石の表面は色味を絶えず変化させている。


 この不思議な石は、実母が残した遺言に関係するものだ。


『エリシアがお母様のお腹から出てきた時、あなたの手に握られていたものなの。あなたをきっと守ってくれるわ。誰にも取られないように隠しておきなさい……』



 成長して分別が身についた今になって理解できるのは、母の立場が難しいものだったことと、母の遺言がどこか秘密めいていること。そして、自分の手に握られていたというありえない存在……。



 エリシアは言われた通り、母から渡された透明な石を伯爵家の自室の床板の下に隠した。その上に家具を置き簡単に見つからないよう細工もして。また遺言の内容についても折に触れ調べてきたが、伯爵家の書庫にある本にはそれらしい記述は見当たらなかった。


 ……ただ、母の遺品のなかから見つけた一枚の書付を除いては。


 それは、古めかしい装丁の古い外国語で書かれた本の途中に挟まれていた。本の内容は読めなかったが、本に比べ明らかに新しいインクで走り書きされたそれには、こう書かれてあった。


『聖なる石に導かれし……乙女。聖なる場所にて……愛と慈しみを捧げん……』


 エリシアの持つこの石が、「聖なる石」であったなら、自分は「導かれし乙女」で、聖なる場所で、愛と慈しみを捧げることになる。



「……うーん。私の解釈でいくと、未婚のまま修道院に入って、祈りを捧げることだと思ってたんだけど……。そもそも、私のことだなんて、……到底、思えないし」



 古めかしい文章は解釈によって意味合いが違ってくる。伝説の類いであれば、なおさら正解にたどり着くのは難しい。


 この石を手にいれた経緯を思うと不思議としか言い様がないが、石にまつわる手がかりが少なすぎて、エリシアにはそのままの意味にしか取れなかった。


「お母様が生きていたら教えてくれたのかしら……。あっ!」



 目指す北都メルトアが目の前に迫っている。


 不思議な石と書付よりも、公爵がどんな方なのか気になり始めたエリシアだった。

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