序章
窓から空を見上げれば、遥か遠くを竜の群れが飛んでいる。隊列を組んで飛ぶ姿から、その背に騎士が乗っているのだろうと想像がつく。
(青色の竜……。ということは北都から来ているのね。……偶然って怖いわ)
空から家族に目を移す。
王国が誇る竜騎士団と同じく見目麗しい家族たちだが、何やら言い合っている。
その内容に、先ほど見かけた青竜の騎士団を所有する北都が関わっているから驚きだ。
「いいか、レオノーラ。北都を治める公爵様だぞ。大変名誉なことではないか。お前にとって不足はないだろう」
「月のように冷ややかだと噂される冷徹な方と結婚するなんて私は嫌。それに、顔も見たことないし! 社交界に顔も出さずに領地に引きこもっているなんて、きっと不細工な方なのよ!」
「やめないか、失礼だぞ。お前の言いたいことも分かるが……、公爵家からの申し出を断るわけにはいかん。一度でいいから会ってはもらえまいか?」
「公爵様が私を気に入られたらどうするの!」
「……」
一体その自信はどこからわいてくるのかしら。
「そうですよ、あなた。レオノーラの美しさは社交界でも評判ですもの。わざわざ冷たい人柄の公爵様を相手にせずとも、結婚相手には不自由しませんわ。例えば、若くて麗しいお優しい国王陛下でも……。ねぇ、レオノーラ」
そう言って義母は、義妹に笑みを向ける。
義母にとって、義妹は可愛くて仕方ない自慢の娘。豪奢な金髪に、パッチリとしたサファイヤのような瞳を持つ華やかな美少女だからだ。
義妹は公爵夫人ではあきたらず王妃の地位を狙っているみたい。外見はまぁいいとして、問題は中身よね……。レオノーラは享楽的な性格だもの。……いつの間にか家庭教師もいなくなってしまったし……。
(……それにしても、今日のお父様は粘るわね)
縁談相手が陛下の従兄弟にあたる公爵様ともなれば、熱が入るのは当然かしら……。
いつもであれば、義妹から私に対象を変えた父から用件を聞かされるのだけど、今回だけは違った。
実父であるサークライス伯爵は、この国の貴族たちの中では中くらいの立場にある。若い頃はモテたであろう容姿をした、優しい人だ。
欠点を挙げるとするなら、領地を預かる貴族にしては優柔不断な性格のせいで、先祖代々守ってきた伯爵家の財産をずいぶん減らしてしまったこと。多分、今回の縁談も相手側、つまり公爵家からの多額の結納金をあてにしているのかもしれない。
一緒に過ごそうという気がない家族たちのやり取りを何気なく耳にしながら、窓際で再び本を読む。
愛妾の子であるエリシアは、持参金が必要な結婚を自分がさせてもらえるとは思っていない。
時期が来れば修道院に入り、実母の冥福や国の安泰を祈りながら、穏やかな日々を過ごせればいいなと思っている。
だから、公爵家に嫁ぐという大変名誉な役目をいくら義妹が断ったとしても、こちらから断れない縁談だ。
愛妾の子である姉を差し出すわけにはいかない父が、義妹を説得し公爵と顔合わせをするはずである。……縁談が進展するかは別にして。
そう思っていたのに……。
その二日後。執務室に私を呼んだ父はこう言った。
「エリシア。お前が輿入れするのだ。……お前の母も誇らしかろう。陛下の従兄弟とお前が結婚するのだから」
えっ、なぜそうなるの……。
それも決定って、結婚、私が、公爵様と?
こうして私は、冷徹だという噂の公爵様が待つ、北都メルトアへ旅立つことになった。