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「そうか。彼はもう学校に来ないかもしれないね」


 会長は残念そうな笑顔を作った。私は残念に思うところよりも不思議に思うところの方が多い。今日、一体彼に何が起こったのか。ところどころ目を外したこともあったが、山本や周囲の行動はしっかり見ていた。

 もちろんそこにいじめ、もしくは一般的にいじめととれる場面はなかった。

 私の主観がおかしいのか? いや、何より彼は今日誰一人とも接していないはず……昼休みか!


「会長、多分私たちが教師に掛け合っている間に何かあったんじゃないですか? というより、それしか考えられません。私、昨日は彼の様子を観察してましたから」

「感心だね。終始彼に変わった様子はなかったのかい?」

「……はい」


 あれほどの怒りを感じるまでの出来事が今日起こったのだ。何か様子がおかしくなるのを感じることができてもいいはずだった。けれど、結局何もわからずに『何もなかった』と結論を出した。


「仕方がないということもある。岡本君が落ち込む必要はない」


 自分が何の情報も掴めず、このような事態に陥ると予測できなかったからなのか、山本に『何も分かっていない』と怒鳴られたことからなのか、悔しさで胸が痛い。


「ではこれから僕たちで色々と調査してみよう。何かわかるかもしれない」


 会長はそう言って立ち上がった。その背の高さを感じる。

 聞き込み調査とはまるで探偵のような少し恥ずかしい手段ではあるが、この状況において比較的効率の良いものでもある。その点を踏まえて私は首を縦に振った。


「まずは今日の山本君の動きについてだね。岡本君が見ていた授業中、ホームルームの時間は何もなかった。そして放課後はすぐに下校。僕たちが把握していないのは登校中と昼休みに絞られる」


 そうか。登校中という時間帯を考慮していなかった。

 彼は今日私よりも早く登校していた。というより私自身がそこまで早い時間帯に登校していないのだから、クラスの殆どの生徒が私よりも先に教室にいることになる。


「では君のクラスメイトで朝早く登校している生徒に話を聞いてみるとしよう」


 会長はそう言うと棚から私のクラス名簿を取り出した。こんなものがこの部屋にあったのか。


「誰か心当たりはあるかい?」

「えっと、多分この野球部の生徒は早朝練習で早く登校していると思います」


 そう言って名簿に記された名前を指さした。おそらくこの生徒なら早朝練習に参加しているだろうし、会長にも快く協力してくれるだろう。他の野球部の生徒よりも。


「行こうか」

「はい」



 すでに練習が始まっているそのグラウンドに足を運んだ私達は、とりあえず野球部のキャプテンの姿を探した。一塁側のベンチでストレッチを行っているジャージ姿の男子生徒がキャプテンだそうだ。


「彼はとても誠実で熱い男だ。覚えておいたほうがいいかもね」

「いや、でも来年卒業してしまいますよね?」

「未来のプロ野球選手候補だぞ。そういった面でもお近づきになっておいてもいいだろう」

「私、スポーツマンとかタイプじゃないですから」

「これは失礼」


 会長のジョークはたまに本気に聞こえるのであまり好きではない。そもそも私はからかわれることに対してあまり耐性がないのかもしれない。

 会長と共にそのプロ野球選手候補の元に行き、聞き込みの対象の部員を借りる許可を得た。


「まぁ会長の頼みだからな! おい女! いい男捕まえたな!」


 体育会系のこういった雰囲気が苦手で仕方ない。それにしても仲良さげな2人だが過去に何かあったのだろうかと気になりつつも、特に重要なことでもないと思ったので胸の内にしまっておいた。

 キャプテン曰く、その部員は学校の敷地周りをランニングしているそうだ。

 殆どの1年生はまだグラウンドでは練習していないらしく、目標の生徒もその中の1人と言うわけだ。校舎の外周を走っている生徒が次々に前を通り過ぎる。集団でのランニングではなく、マラソン形式でそれぞれ個別に走っているようだ。自主トレに近い。


「いた。僕が呼んでくるよ」


 会長は目当ての部員を見つけるとその足を止めさせて招いた。向こうもいきなりのことに驚いた様子で、少し動揺している。

 会長より少し高いぐらいの背丈で腕や足がかなりゴツゴツとしている。線が太いのだがふくよかな体系とは違う筋肉質な体格なので動揺している様子が何とも不気味である。


「大丈夫だよ。別に報復しにきたわけじゃない」


 私だったら報復とまではいかないでも向こう1年くらいは根に持つと思う。あの時のガラスが目に入ってたらもっと大変なことになっていたに違いない。

 それにあのとき咄嗟(とっさ)に会長が庇っていなかったらこいつは停学になっていただろう。


「いやぁびっくりしましたよ! あの時はありがとうございました! すんなり許してくれたもんだから絶対なんか裏があると思ってました!」

「ふふ。なかなか面白いことを言うね。しかし特に何か仕返しをするつもりはない。本当に安心してくれ」

「今ならわかりますよ! もうすごい穏やかですもんね! 会長!」


 こいつ、やたら声のうるさい奴だな。すぐ隣で話されたらしばらく耳鳴りでもするんじゃないか?


「ていうかなんか用ですか!? 力になれることならなんでもしますよ!」

「いや、少し話を聞かせて欲しくてね。今日の朝について」


 会長はそう言ってネクタイを軽く緩めた。


「今朝、学校には何時頃着いたんだ?」

「うーん。6時半頃ですね!」


 やたらに早い。ちなみに私はその時間はまだ寝ていた。


「教室には何時頃入った?」

「朝練の時は部室直行で、練習が終わってからだから……8時くらいですね!」

「そのとき、クラスには誰かいたかい?」

「誰もいませんでしたよ! すぐに山本が来ましたけど!」


 ――山本!

 私が教室に入ったのが8時25分頃だから、それまでに約25分あったことになる。その間に何かあったとすれば……。


「山本君は教室から出た?」

「いやぁ、あいつびっくりするぐらいじっとしてるんですよ! 寝てるのかと思いました!」

「でも実際起きてたんだろう?」

「まぁ昔からあいつはそうですからね!」


「……昔?」


「はい! 俺山本と同じ中学なんで!」


 これは一石二鳥。この後に山本の元同級生を探して更に掘り下げていこうと思っていたのだがそれを探す手間が省けた。できればもう少し声のボリュームが控え目な方の方が好ましいけども贅沢は言っていられない。


「よければ山本君がどんな人物なのか、詳しく聞きたいんだ」

「あいつが何かやらかしたんですか?!」

「いや、そうではないのだが彼からある依頼を受けてね。どうも手詰まりになりそうなのさ」

「よくわかんないですけどとにかく聞きたいってことですね!」


 申し訳ないのだが、私から見て彼はそこまで優れた知能の持ち主ではないと判断できた。


「あいつは中学の時はずっといじめられてて、クラスでも友達のいない奴でした」

「3年間ずっと?」

「多分そうです! 3年の時なんかは友達がいないことをネタにされていじめられてました! 本当に暗い奴で、いるかいないかもよくわからないんです!」

「なかなか酷いことを言うね」

「あ! すいません!」


 会長は人の悪口染みたものを嫌い、耳に入ればその言葉を発した本人を諭すこともしばしばある。この場合は発した側にそこまでの悪意が感じられないと思ったのだろう。指摘はないも同然だった。


「いいさ。続けて」

「はい! 俺は山本と2年間一緒のクラスでしたけど、1回も話したことないです!」

「山本君のほうが心を閉ざしたような感じか?」

「あいつは授業で先生に指されたときくらいしか喋りませんからね。高校になってもそうです! これまでの約半年でも全然喋ってないです!」

「岡本君、どうやら僕たちはとんでもなくレアな音声をリアルタイムで耳に刻んでいたようだね」


 そんなにも影の薄い生徒だったとは思わなかったけれど、その話の流れで言えば私が山本の名前を覚えていなかったことも納得できる。決して私が周囲に関心のない人間ではないと言い訳できる。


「その山本君が僕たちに相談に来てね。詳しい内容は守秘義務を貫くために秘めさせて戴くがよろしいね?」

「いいですよ! 他に何かありますか?!」

「そうだな。彼がいじめを受けることになった原因も聞きたいね」

「原因ですね! あいつ、無茶苦茶な虚言癖なんですよ!」

「虚言癖……?」


 これは重要な情報だ。私はこの一言で山本が昨日言っていたことが真っ赤な嘘だったんじゃないかと思った。虚言癖の人がどのような気持ちで嘘を吐くのかは知らないけれど、暇つぶし程度にからかってきた可能性もあるだろう。


「俺が直接聞いたわけじゃないんですけど、喧嘩に負けたことがないとか、バックにはヤクザがついているとか、そういうくだらない嘘ですよ! 言っていることがあまりに嘘ばっかりなもんだからそのうち誰も信用しなくなって友達がいなくなったらしいです!」

「なるほどね。珍しいパターンではない。それでいじめが始まると同時に口を閉ざすようになったと」

「多分そんな感じですね!」


 このクラスメイトが言っている話が嘘には聞こえない。嘘を吐くメリットもないし、人格的にそういうタイプではないだろう。


「山本君は高校に入ってからもいじめられていたのかい?」

「いやぁ、友達がいないのはわかりますけど、いじめは全く見てないですね! 高校生になってまでそんなくだらないことをする奴も珍しいんじゃないですかね!」

「そうだなぁ」


 会長は少し考え込む様子を見せた。彼から話を聞いて私の中ではもう一つの結論が出たのでもう聞き込みは十分だ。


「色々とありがとう」


 会長は礼を言うと彼を練習に戻らせた。


「もう解決しましたね。結局は山本の狂言です」


 全くもって不愉快だ。怒鳴られて縮こまった自分がたまらなく情けない。

 何故山本があのような嘘を吐いたのかはわからないけど間違いなくこれは奴の悪戯だ。


「何故そうと言い切れる?」


 始まった。会長の行き過ぎたお人好しが。


「彼は山本に対するいじめは『高校では見ていない』と言っていました」

「そうだね」


「私も中学のときに近くでいじめを見ていたから言えますが、本当にクラスメイトからいじめを受けていたら休み時間にからかわれたり、物を隠されたりします。ですがそんな様子は全くなかった今日、あたかも何かあったかの様に私に言葉を突き付けてきました。もはやからかっているとしか思えません」

「まだそうと決まったわけではないだろう?」

「会長がそう言うなら、他の生徒にあたってみましょうよ」


 会長は人が良すぎる。理由もなく怒鳴り散らされた私の身にもなって欲しいものだ。

こういったことに耐性がない、というのも怒りを感じている原因ではあるが、親身になって話を聞いてくれた会長の気持ちを踏みにじった山本の行為が許せない。

 頭の中に強いフラストレーションが溜まっていくのを感じた瞬間に会長が言う。


「岡本君、熱くなっているようだが冷静になれ。物事を決めつけることは自らの視野を狭める。問題には柔軟に向き合わなければいけないだろう」


 会長がそっと私の血が上った頭に手を置いた。

 ……会長の言うとおり、確かに熱くなりすぎた面もある。そこはあくまで冷静でいなければいけないのはわかっているつもりだ。

 今日の私は一体どうしてしまったんだろう。会長に聞かれないようにそっと小さく溜息を吐いた。

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