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4 微笑

 全神経が痺れた。あのいつも爽やかな笑顔の会長が、宣戦布告ともとれる言葉を怒りの感情を剥き出しにして投げつけた。

 声、表情、言葉遣い。会長は、私が想像できないほどに憤慨している。今まで見たこともなかったあの姿は、私だけでなく、おそらくここにいる全ての人間を震撼させたであろう。

 でも、怖くない。怒りに満ち溢れたその姿が、むしろたくましく見え、非常に頼もしい背中を映し出していた。


「すまないね。少し熱くなりすぎてしまった」


 驚きのあまり一瞬我を忘れた私の隣に戻ってきた会長は、いつものように柔らかな笑顔を浮かべていた。

 いいんですよ、会長。私も熱くなれましたから。


『次に、校長先生からの閉会の言葉です』


 司会進行ももうすぐ終わる。この生徒総会が私たちにとって成功かと聞かれたら、迷うことなくこの首を縦に振ってブイサインを送れるであろう。



『……以上を持ちまして、生徒総会を閉会といたします』


 マイクを置くと同時に、一息ついた。

 同時に向こうから江藤と理子が肩を並べて向かってくるのが見えた。


「優華よく頑張った! 私が100点をあげよう!」

「ありがとう。会長にも、120点くらいあげてね」

「もちろん! 2人とも本当にお疲れ様っ!」


 理子はきっと会長のまっすぐな演説に魅せられたはず。この眩しいほどの笑顔がそれを証明している。

 聞いたでしょ? 理子は1人じゃない。一緒に闘える仲間がいて、理子の痛みに怒れる仲間がいる。これ以上ないってほどに確信していいから。私たちは理子を裏切らない。


「おい。さっきからあそこ座ったままの野郎はいいのか?」


 江藤の視線の先。他の生徒がぞろぞろと体育館から出ていく中、ただ1人並べられた椅子から離れない生徒がいた。拳を握り締めながら、袖に顔をうずめる生徒が。

 真っ先に足を進めた会長に続いて、私たちもその生徒のもとに歩んだ。


「山本君。今日は来てくれてありがとう」

「せ……生徒会長……うっ……」

「泣くことはないさ。もう1人で怯えなくてもいいんだから」

「ううっ……あり……ありがとうっ……ございます……!」

「今日から君もまた闘うんだ。僕たちと一緒にね」


 顔をぐしゃぐしゃにして泣くじゃくる山本を、情けないだなんて思わない。あの日に訳もわからず怒鳴られたことも、もう忘れた。

 この少年も、理子と同じように闘っていた1人の仲間。彼が既に一度たたきのめされてしまっていても、また立ちあがって闘う勇気はきっと消えていない。会長の演説でそんな彼の勇気を呼び起こせたなら、会長も本望だろう。


「山本君。もういつでも学校に来ていいんだからね。まだ辛いなら、時間を置いてもいい。私もまだまだ図書委員やれるんだから。ね?」

「……ありがとうっ……でも……僕……明日から行くから……! もう負けないから……!」

「そう。よかった」

「江藤君、皆と一緒に先に戻っていてくれないか?」

「……行くのか? アイツのところに」

「罪犯し者には罰を与えねば。そういう世の中だろう?」


 計画は順調。会長が明日、全てを解決に導く。


「挑発も程々にな。相手もそんなに馬鹿じゃないと思うぜ」

「あぁ。わかっているさ」


 そう言うと会長は、私たちが戻る場所とは正反対の方に向かって歩いて行った。そう、まったくの正反対の方向に。



「アイツ、めちゃめちゃブチぎれてたな」

「そうね」

「そうね、ってお前……。まぁいずれにせよ明日だな」

「うん」


 会長は今、相手に果たし状を叩きつけているところであろう。明日の昼休みに、決着をつけるために。


「めんどくせぇことしねぇで、現場取り押さえちまえばいいのによ」

「会長が納得いかないからこうしてるんでしょ」

「あくまで自白にこだわると……」


 会長はこんなときでも優しさを忘れていない。自分が闘う敵とは言えど、相手も同じ人間。対等な立場から向かっていきたいという会長の気持ち、今なら理解できる気がする。

 人は失敗に対して反省するから前に進める。その反省が強制的なものでは意味がないと思っているのだろう。向こうに自ら反省させることが会長の目的であり、懲らしめるということはそれのおまけに過ぎないのだ。


「江藤君! 今日ちょっと付き合って欲しいんだけどいい?」

「断る」

「駄目! 断れません!」

「無茶苦茶だな……」


 今日も理子は江藤に任せて、私はこの問題についておそらく最後になるであろう会議に参加するとしよう。

 そうすればきっと今までのように平和でのんびりとした日々が待っている。1学期と違って、今度は江藤もいるから、更に賑やかになるだろうな。

 もちろん理子も強制的に生徒会に参加させて、もっと賑やかな生徒会にしよう。


 帰りのホームルームを終えて鞄の中を整理していると、今までとは別人のような明るい表情をした山本が私に話しかけてきた。


「岡本さん。ありがとう」

「お礼は会長にね」

「それより……ごめんなさい」

「何が?」

「いや、前に酷いこと言って……」

「気にしなくていいわ。色々あったんだし」


 そう。事情を知らなかったあのときと全てを知っている今では感じ方も変わる。人による捉え方の違いに加えて、状況による捉え方の違いだってあるのだ。


「中学の時にいじめられていたのは僕が悪い」

「……聞いた。それでもいじめる側が悪くないとは言えないわ」

「でも、生まれ変わらなくちゃいけない」

「そう」

「本当にありがとう。明日から、いや今日からでも頑張ってみる!」

「そうね」


 そう言って教室を後にした山本。いくら自身に悪い過去があっても、変わろうという気持ちで前に進むことができれば問題はない。ただ、その過去を知る者は先入観を持って接してくるだろう。それを嫌がってまたひねくれるのか、そのイメージを打ち消したいと思って必死に努力するのかは自分次第。自分を見ている相手を責めることはできないのだ。


 人それぞれの見方、価値観。そう割り切ってしまうことは非常に容易いけど、淋しいもの。自分が他人からどう見られるかなんて、自分の行動次第でいくらでも変えられる。

 無口で無愛想な私が喋ったり笑ったりすれば、周りの人は接しやすくなる。いつも元気で悩みのなさそうな理子が落ち込んでいれば、心配に思って相談に乗ろうと思ってみる。とんでもない不良の江藤が善いことをしていると知ったら、悪いようには見れなくなる。温厚な会長が他人の為に激怒すれば、その背中は更に広く見える。

 自分がどんな人間であっても、他人との関わりや繋がりはいくらでも広がっていくのだ。


「お疲れ様」

「お疲れ様です。会長」


 放課後の生徒会室はいつものように静かで、これから最後の締めに入るという緊張感を膨らませた。

 しかし、会長のその屈託のない笑顔が、固くこわばった心をすぐに和らげてくれた。

 この人なら、やってくれる。どんなことがあっても、立ち向かってくれる。そして解決へとたどり着くまで、隣でしっかり支えてくれる。


「明日、どうやら決着がつきそうだ」

「明日の昼休み、ちゃんと来ますかね?」

「ああ。向こうも感づいていたようだ。まぁ当然だがね」

「解決と同時に、学校中が大騒ぎになりそうですね」

「仕方がないさ。これからの平和のためなのだから」


 そう、この学校における平和のため。不登校の生徒が、これでまた元気に登校してこれるかもしれない。図書委員会がもっと明るい活動ができるかもしれない。少し騒々しい日々も訪れるだろうけれども、その先に見える光を掴むためなのだ。


「岡本君」

「はい」

「生徒会の人数が増えたとしたら、君は嫌がるかい?」

「いえ。嫌がりませんよ」

「そうか。ならよかった」


 どうしても江藤を生徒会に入会させたいというニュアンスが感じ取れる。だけど、いつものように遠まわしで伝えられたので敢えて質問を返さなかった。

 聞き返して欲しいと言わんばかりのその表情は、少し困ったような微笑み方だった。

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