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『わざわざ来ていただいたのに申し訳ありませんが、息子が入れるなと言っております』


 門前払い。インターホン越しに山本の母親にそう言われ、成す術がない。


「どうしても、ですか?」

『ええ。先程担任の先生もいらして、機嫌を悪くしたようです』

「……そうですか」


 ここで『はいわかりました』と引き下がるわけにもいかないが、山本と直接会話を交わすことはほぼ不可能に近くなった。


「インターホン越しでもいいので、彼とお話がしたいのですが」

『……ちょっとお待ちください』


 目的は山本を生徒総会に出席させること。彼がこれから先、元気に登校できることもまた最終的な目標のひとつなのである。彼からもっと有力な情報を得られれば更によかったのだが、この状態では仕方あるまい。


「岡本君、今日は総会に来てくれとだけ伝えよう。彼に精神的負担をかけるのはよくない」

「そうですね。ですが、言うだけで本当に来てくれるでしょうか?」

「来てくれるさ。大丈夫」


 自信というよりも希望。先の不確定な事柄でも、とにかく信じなければ前は見えてこない。もちろん最悪のケースも想定して動かなければならないのだが、今の自分の行動に希望を持っていなければそれは既に最悪のケースに等しい。


『……生徒会長か』


 インターホンの向こうから聞こえる声、あまり記憶に残ってはいないが、山本の声だ。


「そうだ。君のクラスメイトの岡本君もいる」

『モニター式だからそりゃわかるさ。で、何の用だい?』

「端的に言う。今度の生徒総会に出席してくれないか」

『生徒総会……?』

「ああ。再来週の水曜、約10日後だ」

『……』

「僕が学校に訴えかける。学校の問題についてね」

『……僕になんの関係がある』

「君にもわかってほしい。戦っているのは、君だけではないと』

『……』

「学校の為でもあり、君の為でもある。恩着せがましいかもしれないが、僕たちは君の為にも戦っている」

『……去年も同じこと言っていましたね』

「よく知っているね」

『去年の生徒総会、見に行きましたから』


 2年前から入学希望者が見学可能となった生徒総会。私は見学には行っていなかったけど、去年の生徒総会を見た者は『またか』と感じるのだろうか。


「去年とは意図が違っていてね。今回はまさに闘いだ」

『……』

「君にとっても悪いものではないと思う。どうだ? 来てくれるかい?」

『……生徒会長』

「なんだい?」

『僕、去年の生徒総会であなたがした演説を聞いて、入学を決めたんです』

「それは光栄だ」

『こんどは登校する意志を僕にください』

「約束する」

『じゃあ生徒総会の日、楽しみにしています』

「ありがとう」


 交渉成立。想像よりもあっさりと。

 会長が去年の生徒総会でしたことが決め手だったのか。というより会長の演説で入学を決める生徒がいるだなんて、想像できないほどの影響力を持った言葉だったんだろう。一度でいいから聞いてみたいものだ。


「じゃあまた当日に」

『期待していますよ』

「ご心配なく」


 会長がそう言うとインターホンが切れる音がした。同時に笑みを浮かべる会長に、私も同じ表情で返事をした。


「会長、これで後は当日を待つだけ……ですよね?」

「ああ。もう少し材料があってもいいが、最低限のことはできたし、最低限の材料も揃った」


 しかし、1つ気になることがある。少し前に話していた向こうの攻撃。


「会長、先程川崎に遭遇しましたが、こちらの動きがばれてしまったのではないでしょうか?」

「心配はいらないだろう。あの副校長の表情、見たかい?」

「ええ」

「不登校児を今日までほったらかしにしていたことへの怒り、僕はそう捉えたよ」

「私にもそう見えました」

「これで敵が下手に動くこともないだろうね。かなりの好都合じゃないか」


 権力を持つ者が敵に回るということは恐ろしいこと。この学校のどこからどこまでが敵なのかは分からないが、少なくとも1人はこちらに同調している可能性が高いということだ。これは心強い。副校長の権力を敵に回すことが、向こうにとってどれだけのデメリットなのかはわからないけども。


「今日からは大人しくしておかなければね。これ以上こっちの尻尾を掴まれるようなことがあってはならない」

「はい。様子見、ということでいいんですね?」

「そうだ」


 こちらの動きは順調に進む。あと少しの間、理子を守ることができればもう大丈夫だ。向こうの動きを警戒しつつ、時が過ぎるのを待てばいい。

 準備が整った今日、私は迫る決着の日が待ち遠しくなった。必ず、勝つ。



 2日目の文化祭を終え、振替の休みも終え、気付けばもう水曜となっていた。勝負の日まで、あと1週間。学校に来る日にちはもうかなり少ないのだ。


「優華ぁ! おっはよう!」

「おはよう」


 いつになく元気な理子は満面の笑みを浮かべて朝の挨拶をくれた。決着がつくまで被害を受け続けてしまうであろう彼女を一刻も早く助けたい。演説も、その後の行動も確実なものにしておきたいところだ。


「あのさ、これから毎日、帰るときは江藤君が送ってくれるって!」

「え! 毎日?」

「うん! なんかそう言ってもらっちゃった!」

「江藤もさりげなくいいとこあるんだよね」

「これでもう心細くない!」


 江藤が自らそうやって動いてくれるということは私や会長にとっても非常にありがたい。あの憎まれ口に直接は言いたくないけど、心の中でそっとお礼でも言っておく。ありがとう。


 それからは放課後に江藤を加えた3人で生徒会室に残る日があったり、図書委員の活動がない日は江藤が先に理子と一緒に帰ったりと、その他は普段と何も変わらない生活を送った。

 土日は理子と買い物に行き、気になっていた小説の新刊や洋服を買った。山本が本当に生徒総会の日に登校してくるのか、敵からの反撃はこないだろうか等と不安に思う気持ちもあったが、私がそんな表情を見せる度に会長や理子が『大丈夫』という勇ましい表情で支えてくれた。


 月曜日には学校から生徒総会に関する連絡事項が回ったり、各委員会の委員長が放課後の練習にまわったりと、本格的に生徒総会に向けての予行練習が始まっていた。

 文化祭で浮かれていた全校生徒が、今やっとこの行事をしっかりと認識してくれたというところだろう。

 もちろん、敵からの表立った反撃は見えない。こちらの作戦は見透かされてはいないようだ。むしろ見透かされていては困るわけだが、そんな気配は微塵も感じられないのでこちらも安堵していられる。


「理子、帰るぞ」

「あ、ちょっと待ってよぉ!」


 江藤のボディーガードも抜群の効果を見せ、あれからというものの理子がこの世の終わりだというような顔をすることも、どこか遠くを見てボーっとしている様子も見られなくなった。こればかりはあのひねくれ者に感謝しておきたいところだ。


「江藤君、最近楽しそうだな」

「そうですか? いつもと変わらないように見えますけど」

「こればかりは理子君に感謝しなければならないね」


 江藤の様子については会長なりに思うところがあるのだろう。2人が一緒に下校していく姿を見て、嬉しそうに微笑む。


「理子君も向こうからの攻撃には動じなくなった。もう怖いものはない」

「ええ。ついに明日ですね」

「準備はまさに完璧な状態だ。今からでも間違いのない演説ができる」

「そうですね。会長」


 放課後の生徒会室に、夕日が差した。そろそろ私も帰ろうかな。



 ――生徒総会当日。曇り空が太陽を隠す嫌な天気ではあるが、決戦の日を迎えた私の心は青く晴れ渡り、闘志の太陽が燃え盛っている。昼休みに3人で生徒会室に集まり、午後一番から行われる生徒総会に向けて最後の会議を行う。


「正直、緊張している」

「緊張してもらわなくちゃ困るぜ。勝負時なんだからよ」

「はは。確かにそうだね」


 壇上で言葉を投げかけるのは会長だけ。それでも私はおそらく会長以上に緊張しているだろう。司会の進行もそうだけど、ひとつ引っ掛かっていることがあるのだ。


「会長……山本がまだ来ていないんです」

「……そうか」


 やはりインターホン越しでなく、しっかりと顔を合わせて伝えておくべきだったのか。彼がもし今日の総会を欠席しても、目的はある程度達成されるかもしれない。しかし、彼が被害を受けていることをこちらが把握しているんだと、相手に伝えることが難しくなる。山本が出席してきた当日に、いじめや不登校に関する演説が行われれば、たとえこちらの動きがバレていなくとも相手は気付くであろう。


「しかし、彼を信じようじゃないか。今こちらに向かっている途中なのかもしれない」

「そうですね……」


 山本、今日は来て。もうしばらくで、あんたも笑って登校できる日が来るんだから。


「俺はそろそろ教室に戻るぜ。2人とも、ミスるなよ」

「ありがとう。楽しみにしていてくれ」


 江藤が生徒会室から出て行くと、会長が立ち上がった。


「岡本君。君は冷静に司会進行を進めてくれ」

「はい。多分大丈夫です」

「そして安心してくれ。今日は全てをぶつける」

「はい!」


 会長の凛々しい顔つきに、私の気が引き締まる。ついに、本番。




 舞台袖から見える全校生徒は、並べられた椅子に腰かけて私語に興じている。これから始まる生徒総会は、ただの生徒総会ではない。だらしなく座っている生徒たちも、思わず姿勢を正してしまうような会長の言葉が待っている。

 よし、時間だ。


『これより、第55回生徒総会を始めます。まず初めに……』


 初めての司会、初めての壇上。想像以上に緊張している私は、自分が何を言っているのか自分でもよくわかっていなかった。周りが不思議な顔をしていないのを見て、自分がしっかりと進行できているんだなと理解する。

 各委員会からの連絡事項が次々と伝えられ、生徒側からのおかしな質問が場を和ませたり、それを待っていたと言わんばかりのおかしな返答にまた場が和む。想像より、堅苦しい場ではないようだ。

 体育委員の連絡事項に差しかかる頃、体育館脇の扉が開き、1人の生徒がその辺にいた教師に何やら話しかけている。少し遠いが、間違いない。

 ――山本! 山本が来た! 

 思わず会長にアイサインを送る。会長も山本に気付いたようで、二コリと表情を緩めた。

 よかった! 山本は、私たちを信じてくれた!


 そう、次は生徒会からの連絡事項。つまり、会長の番だ。

 山本が自分の座席についたところで、プログラムも進行する。


『続きまして、生徒会からの連絡事項等です。生徒会長どうぞ』


 会長は静かに立ち上がり、ゆっくりと、そして堂々と舞台の中央に向かう。

 マイクを自分の方に向け、その端正な口元を開いて演説を始めた。



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