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1日、また1日。更にまた1日。理子の様子を気にしながら、ときどき他の友人にも不登校の生徒がいないかと尋ねてみたり、理子の愚痴を聞いてみたり、家に帰ってぐったりしてみたり。
放課後の生徒会室で、自分が得た情報を報告する。会長も江藤も、考える。私も、考える。
「川崎は前の公立高校で生徒と揉め事を起こして、この学校に2年前から赴任」
「ふむ……。何かコネでもあったのだろうね。教員採用試験の倍率が凄まじい時代だ」
会長が江藤と話す。ここ最近の毎日。
「2年前は10人の教員採用に、管理職の交代もあったようだね」
「学校の方針自体が変わったっつーことか」
「この年から生徒総会が見学可能になっているね」
「人気上げて頭の良い生徒を少しでも多く集めたい、とかな」
今日も放課後の生徒会室は会議。明日もそうだろう。
「図書委員の活動内容がこれ」
「ありがとう。今も変わってはいないよね?」
「おそらくな」
ほら。今日も同じ。あれからもう、1週間以上も経っているのに。
「岡本君。君にも渡しておく。目を通しておいてくれ」
「……はい」
3人でこの部屋にいる放課後の風景には見慣れた。ここ最近、ずっと同じだから。授業の風景も、文化祭の練習や準備も、いつもと同じように流れて。
でも、そんな中で『見慣れたくもないいつもと違うこと』が、日に日に大きさを増して私の目に映されていく。
「理子?」
「……」
「理子!」
「あ! うん、何?」
昼休みのお弁当の時間に、時々ぼーっと遠くを見つめてみたり、箸を止めて何やら考え込んだような顔をしてみたりと、理子の元気は徐々に曇っていく。
こんな日も、放課後の生徒会室は変わらない。
「図書委員が鍵を持ち出し、昼休み等の時間にいじめの対象となる生徒を呼び出す」
「もうある意味伝統になってたんだろ。馬鹿げてるがな」
「教員の体系が変わって、その旨がすべて知られてしまった」
「去年から図書委員にいた2、3年生がほとんど退学となったってわけか」
「罰としては物足りない気もするね」
今はこの2人と、理子の強さを信じて……。
そう、絶対に負けられないんだ。絶対に。
「岡本君」
「……なんですか?」
「生徒総会まであと少し。覚えているかい? 目的を」
「……」
「演説。『全校生徒と新入生の前』での演説だ」
そう。これは学校の皆に聞いてもらう演説。私たちの意見を代表して、会長が呼び掛ける。
「岡本君。全校生徒の前で、大ダメージを与えてやろうじゃないか」
「会長……!」
大ダメージを与える。会長の綺麗な顔に似合わない、黒い意味合いを持つその言葉で、少し目が覚めた。その腹黒い悪役のような笑顔が、いつになくたくましく、頼もしい。
やっぱり、会長はハナからまともに演説する気なんかなかったんだ。おかしいと思ったよ。ただ演説したいだけならさ、調査なんかいらないはず。会長がハッキリそう言ってくれるのを待ってたんだ。
「明日の文化祭が終われば、総会まで12日。岡本君が握りしめた拳も、全てぶちかましてやろう」
「はい!」
理子、あと少し、あと少しだけ頑張って。絶対にすっきりさせるから。私も会長達と頑張るから。お願い……!
「そろそろ不登校になってる当事者に話を聞いて、核心に迫ろうじゃねぇの」
「それはまずいな」
「え、どうしてですか?」
「考えたくないが、敵はこの学校全体かもしれないからね。変に勘繰られたら僕たちも危ない」
慎重に、ミスのない運び方で進めていかなくてはいけない。確実に尻尾を掴んで、引っぱり出すんだ。
「しかし、総会前に1人、顔を出しておかなくてはいけない人間がいる」
「もしかして……」
「山本君だ」
会いたくない、という感情が綺麗さっぱりなくなった訳ではないが仕方あるまい。おそらく会長は総会に山本を来させ、演説を聞いてもらうつもりなのだろう。敵はもうわかっているということと、自分は貴方の味方です、ということを伝える。
そうだ、会長に……。
「あの、会長……」
「ん? どうした?」
「あのときはすいませんでした」
「あのとき?」
「会長が最後まで山本を信じようとしていたのに、私……」
「いいんだよ。君のおかげで、人を疑うことを覚えた」
しっかりと肝に銘じておく、会長はあの時そう言っていた。でも、私も肝に銘じておかなくてはいけない。『人を信じる』ということを。
「岡本。理子って奴が心配なのはわかる。でもこういうときだからこそ、いつもみてぇにキツい顔したお前でいなくちゃいけねぇんだ。お前までしおれた面してっと余計にあの女へこたれちまうだろ」
「そうね。少し油断してたわ」
いつもそんなにキツい表情していたかな、と思いつつ、今日まで集めた情報をまとめた資料を見る。久々に活字が生きたまま頭に入っていく。このいつもの感覚、いつもの思考回路。
そう、なんだかんだで1週間以上経っているんだ。理子が心配だとか抜かしておきながら、私自身がどんどん不安定になってた。この1週間、何も感じなかった。
でもそれじゃあ何の解決にもならないどころか、精神的には後退し、問題の解決において何ひとつ前進できない。
「学校全体が変わった、と話していたみたいですが、学校における教育体制等の舵をとっているのは実際誰なんです?」
「おそらく副校長や学年主任、生活指導あたりかな。決定権は校長にあるような話を聞いたがね」
「図書委員がいじめを行っていた2年前……ですか」
今、会長が挙げた辺りの教員の配属変更により、これまで行われてきた図書委員の横暴な行為が摘発されたのだ。その中の誰かが無法地帯を取り締まったということは、味方は確実にいる!
「……山本って苗字、世界で何番目に多いんだろうね」
「5、6番目くらいじゃねぇの? まぁ世界ってことはねぇだろうけど」
「これは失礼。日本だね」
過去の停学者に何人か『山本』という名字の生徒がいたことは私も気にはなっていたけど、まぁ学年に3人くらいいるみたいだし、たまたまだろう。
「会長、私たちは相手を追い込む為に情報収集しているんですよね?」
「そうだ。状況証拠をかき集めて問い詰めるか、精神的にダメージを与えて自白させるか」
「後者は結構エグいけどな」
それなら私にも考えがある。この際、直接的な方法で。
「理子に聞いてみましょう!」
「ほう」
「理子はおそらく今、なんらかの被害に遭っていると思います。彼女に何か聞いてみましょう!」
少し悩んだような表情で会長が視線を下ろす。
「岡本、あの女は事実を言うか?」
「え?」
「例えば自分がいじめられてたとして、他言するような奴か?」
「うーん……」
そう言われてみるとわからないな……。それに、理子を傷つけてしまう可能性もあるかもしれない。
「詳しく聞かなくてもいいさ」
「えっと、どういうことですか?」
「どんな被害を受けているか、誰から受けているか、そもそも本当に被害を受けているか。このうちのどれか1つでもわかればそれで充分さ」
「なるほどな」
「そろそろ図書委員会の仕事も終わるころじゃないか?」
時計は既に夕暮れ時を指している。生徒会室での時の流れはやはり少し早いように感じる。私たちは理子が図書室から教室に戻ってくるのを待つ為、生徒会室を後にした。明日から文化祭で、その後が休みになるからいつもより長く空けるね。バイバイ。また来週。
さて、もし理子があまりに酷い被害を受けていたと知ったら、私は我慢できるのだろうか。自信はない。これから教室に戻った瞬間にその現場に鉢合わせしたとしよう。その場合は2人ともごめんなさい。私は我慢できません。
教室のドアを開けるとそこには誰もおらず、机と椅子が造作的に並べられた殺風景な雰囲気が広がっていた。
追って会長が先程言っていた3つの事項のうちの1つを理解することができたのだが、その瞬間に言葉を失い、次第に怒りが込み上げてきた。