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「理子、何人中何人だっけ?」

「30人中9人」

「約3割……」


 図書委員会における幽霊委員の割合は高い。どんよりした雰囲気を身体から漂わせる人物ばかりなだけに、納得できなくもない。


「図書委員てさ、やらされてる感覚の人ばっかりなんだよね」

「やらされてる?」

「そう。休み時間とか、放課後とか、結構図書室の管理って自分の時間割くじゃん? だから立候補する人がいなければ、押し付け気味で委員が決まっちゃうみたい」

「生徒会なんて1人でも成り立つのにね……」

「まぁ生徒会は各委員会の管理とかが役割だし、各クラスから1人づつ選ぶほど人数もいらないしね」


 昼休みにお弁当を食べながら昨日与えられた任務をこなしてみる。相手が理子やクラスの友人でなければ私は調査などできないのかもしれない。知らない人にいきなり話しかけたり、なんてできないよ。


「だからさ、元々クラスでいじめられてるような人たちが自然と集まっちゃうんだよね」

「なるほど……」

「優華、私さぁ、いじめって根本的に理解できないんだけど」

「というと?」


 理子はいつになく真剣な表情で自分の中にある解けない謎を語り始めた。


「いじめる方は何が楽しいのかわからないし、いじめられる方もどうして抵抗しないのかわからないの」

「うーん。前者はまだ納得できるかも」

「抵抗しないって相手に悟らせたらさ、また繰り返し。結局は意志ではじき返すしかないんじゃない?」

「あぁ。だから理子は山本にはちょっと厳しい見方をしてるんだ?」

「え、山本が不登校なのっていじめが原因なの?」


 ……口が滑った。別に隠すようなことではないとは思うんだけど、なんとなく後ろめたさを感じてしまう。しかし調査を少しでも進めないといけないのでここは私なりの判断で。


「まぁ詳しくは知らないんだけど、一部の噂でね」

「そうなんだぁ。急だったよね、本当」

「いつも教室では1人だったけど、突然学校来なくなるなんて思わなかったよね」


 少しばかり誤魔化すことを許してほしい。今は教室にたくさん人がいるし、後でしっかり話すから。ほぼ100%ありえないけど、仮に山本が本当にクラスでいじめられてたとしたら、ここでその話をするのは得策じゃない。

 ――話すのも、隠すのも後ろめたい。


 一言に調査と言われても、ある程度こちらの意図を隠しつつ進めなければならないということは少しばかり障害となる。これから他の1年生にも話を聞いていかなくてはいけないと思うと、掛かる時間の長さや手間の多さに溜息が漏れる。


 でも、あのときは予想していなかったことが、考えてもみなかったことが今、少しずつではあるけれど、見えてきている。ただ、まだそれは推測の段階に過ぎない上に、辛うじて線が繋がるようなものでしかない。主観、感情、憶測。




「二人とも、お疲れ様」


 放課後の生徒会室に3人の生徒がいるという光景が当たり前になるのだろうか。というより、江藤は生徒会に入会する気はあるのだろうか。大人しくしていてくれるのなら別にいても構わないと思うけど。


「僕の方は、今日はあまり収穫がなくてね。聞き込み以外での調査でわかったことが少し」

「俺は過去5年間で停学を喰らったことのある人間をリスト化しといた」


 2人は今日1日で結構な量の情報を収集したらしい。まぁ、想定していたことだけど。江藤はともかくとして、会長はおそらく『少し』なんて量ではないだろうともう一つ予測してみる。

 江藤は鞄から2枚の紙を取り出し、机に置いた。


「念のため、リスト化した人間は割と詳しく出してある。まぁじいさんの協力あってのものだがな」


 どれだけ詳しいかによっては個人情報保護法が黙ってはいないと思うけど。

 机に置かれたその紙を手に取った会長は、そこに記載してある文字を読み始めた。


「平成15年、2人。平成16年に1人。平成17年は2人……」

「うちの学校ってやっぱり平和なんですね」

「……とんでもない、これを見たまえ」


 会長が顔色を変え、その紙を私に手渡した。

 ――平成18年、15人……! こんなに!? 


「会長、これって……」

「見ての通りだ。これはもう学校がらみで何かあったとしか思えないね」

「翌年、俺が無期限停学を喰らった年は一転して停学者の数は1人、つまり俺だけ」

「これは重大な情報だ。参考にさせてもらうよ」


 1年で15人が停学処分を受けた年。毎年そうならば何も驚かないけど、前年まで1人や2人しかいなかったのに何故?


「言い忘れてたけど、その15人のうち、10人は退学になってるぜ」

「理由はわかるかい?」

「さぁな。俺みたいな境遇におかれたんじゃねぇか?」

「江藤みたいって……無期限?」

「普通なら途中で辞めちまうだろ、学校なんてよ」


 それが普通なのかどうかはよくわからないけれど、2年前にこれだけの退学者が出たこの学校で、何が起こった……?


「江藤君、詳細リストは?」

「あぁ、これだ」

「ありがとう」


 会長は先程と同じくらいの大きさの紙を江藤から受け取り、今度は声を出さずにそれを凝視した。


「江藤君、これをどう見る?」

「偶然じゃねぇと思うぜ。去年の俺の一件から考えてもよ」


 会長は無言で私にその詳細リストを手渡した。その紙には停学処分を受けた者の苗字、委員会、部活動、おおよその成績、そして顔写真が記されていた。少しガラの悪そうな奴ばかりで、停学という言葉がしっくりくるが、そんなことがどうでもよくなる程に目を疑う事項があった。


「全員……図書委員……?」

「そう。2年前に、図書委員会や図書室に関係することで大きな問題があったようだね」


 図書委員……。やっぱりそうだった。もはやあの場所で何が起こっているか、想像できてしまう。


「僕が調べてきたことも、役立ちそうだね」

「会長が?」

「ここ数年における、学校の歴史を調べてきたんだ。新制度の導入、校内施設の改良、教員の配置、新入生の枠、卒業生の人数等をね」


 そんなものを今日1日のこれまでの時間でどう調べたのかは全く予想もつかないが、会長の仕事の速さは理解できているので無理矢理にでも納得は出来てしまう。


「2年前に変わったことと言えば、普通科推薦入試枠の激減し、特進科のクラスが1つから2つになったこと。選択科目の美術が2コースに分離したこと。そして教員の配置が大幅に変わったこと」

「会長、私クラスの友人から聞いたんですけど……図書委員は今、不登校の生徒が多いようです」

「図書委員の担当は僕たちが入学した年に川崎先生になっている。その年から図書委員の停学者は江藤君のみ」

「言っとくけど、俺が図書委員やってた頃から、図書委員は不登校児ばっかだったぜ」


 具体的に口に出さずとも、私も会長も考えの末に行き着いた答えが同じであるに違いない。

 やけに広いこの学校の図書室を利用した悪質で卑劣な行為。 無法地帯とはまさにこのことか。怒りがこみ上げる。


「会長! 理子が……私の友人が危ないです!」

「岡本君、焦ってはいけない。まだしっかりと調べなければならないことがたくさんあるだろう」

「でも!」

「岡本!」


 江藤の声に私の言葉が響くのを阻止した。響く前に、止められた。


「俺はこれまでの1年間戦ってきた。この手で終わらせる日を望んできた。最後はどうあがいても逃げられねぇようにすんだよ。卑怯な手でかわされたら、元も子もねぇ」


 江藤が1年間戦ってきた相手が、卑怯で、愚劣で、残忍だということはわかる。でも、自分にとって大切な人が危険にさらされてるというのに、まだ動けないというの?


「あの理子とかいう女はよ、そう簡単にへこたれる奴なのか?」

「……」

「どっかの馬鹿と同じ、正面からぶちのめされても真っ直ぐ突き進むような奴なんじゃないのか?」

「……」


 理子は……強い。無邪気で女の子らしい像の中に、強い意志がある。


「悔しいが、僕たちが問題の解決を図る上で、その岡本君の友人のことも重要になってくるんだ」

「岡本。あの女を信じて、今はやるべきことをやる」

「……でも、もし解決の前に理子に何かあったら!」

「その時は僕も黙っていない」


 笑みの消えた会長の表情が、冷たく、鋭く凍りついていた。

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