1 (2)
「不登校者の為の制度、と言いますと?」
「例えば、教室で授業を受けずに単位を取れるとか、専用の教室を設けるとか」
新学期、いや、私が生徒会に入会してから初めての客はとんでもなく世間知らずでわがままな客だったようだ。この要望を受け入れることができないのは誰でもわかる。
「結論から言いますと、僕たちの力では無理ですね」
「そこを何とかなりませんか?」
「そうですね……どう考える? 岡本くん?」
会長が話題を私に振ってきたのは意地悪でもなければ思考放棄でもないだろう。私が来客に興味を抱いた様子を見抜いたに違いない。
しかし私の意見も会長と同じだ。
「それは学校側や教育委員会に掛け合うようなことです。生徒会で対応できる問題ではありません」
こう返したが、これで少年が諦めてくれればいい、と簡単に切り捨てられる訳ではない。私としてもこのクラスメイトが『何故』そのようなことを思ったのか気になるところはある。
「ですが何故そのようなことを思ったのですか?あなたは現にこうして登校していますし」
会長が私の疑問を悟ったかのように言葉を発した。客人は俯きながらその理由を語り始めた。
「岡本さんは気づいていないかもしれないけど、今僕たちのクラスではいじめがある。1年生は学年全体でも割といじめの類は多いんだ」
ここまで聞いた人間は、この少年がそのいじめの対象になっていることが理解できるだろう。クラスでいじめがあるという事実に今まで気づかなかった私は自分で思っている以上に周囲に関心がないのかもしれない。
そしてこの生徒のように私がいじめについて把握していないことをなんとなくだが悟っている人間が多いとしたら、周囲には『岡本優華と言う女子生徒は生徒会副会長のくせに周りが見えてない』と認識されていることになるだろう。
「僕は入学早々からいじめられてる。いじめる人間ってのはさ、いじめられる人間を必ず嗅ぎ当てるんだよね。だからいじめられっ子はいつまでもいじめられっ子。酷いもんさ」
「いじめは見過ごせませんね……。おっと失礼。名乗り遅れましたね」
そう言って会長は懐からどこで作ったのかわからない名刺を差し出した。その様子は営業に出たサラリーマンのようだ。いや、会長のルックスを踏まえると若手のホストに見えなくもない。
「生徒会長って名刺なんて持ってるんですね。あ、僕は山本と言います」
「お見知り置きを。話を戻しますが、山本くんはもう学校には来たくないのですか?」
「明日から休もうと思っています。今日も新学期早々やられましたから」
山本が遭った今日の被害とはなんだろう。クラスでは席も遠いし、何より話したこともない。名前も知らなかったくらいだ。教室が騒がしいときは何かあったんだろう、と予想はできるけれども……。
「詳しくは聞きませんが、放っておけない事実です。僕の方から先生方に相談してみましょう」
「いや……先生は当てにならないんです」
こういったいじめ等の学級問題を教師が避けるのはもはや当たり前になっている。何か重大な事件が起きたとしても、『知らなかった』の一言で通せば最後まで通ってしまうからだ。生徒から直接泣きつかれてもその反応は微小なもので、悪い例では無視してしまう場合もある。
「先生方が取り合ってくれない、ということですか。相談はしてみましたか?」
「……いえ。僕がいじめに遭っている現場を素通りした先生に、話すことなんてありません」
「そうですか。我々生徒会でよければ力になりますが、どうでしょう?」
――お人好しだ。
これは学校の問題でもあるが個人の意志の問題が有する割合の方が高い。生徒同士のいざこざを鎮静するのが生徒会の仕事ではない。いくら初めての要望だからって、個人のわがままを聞いていいものなのか。
「でもきっといじめを無くすことはできません。今までもそうでしたから」
「そうですか。山本君の希望はあくまで先程述べた事項であると」
「はい」
「わかりました。生徒からの要望として先生方に掛け合ってみましょう」
「先生か……仕方がないか。ありがとうございます」
「できればでいいのですが、明日は登校してきてください」
「……わかりました」
納得がいったわけではない。しかし会長の意向は尊重したいので特に反論する理由もない。
用件を済ませた山本は会長に送られて生徒会室を後にした。
「反論はしません。ですがどうして意味のないことをしようと思ったのですか?」
「ごく僅かでも、先生方が耳を傾けてくれる可能性もあるからね」
この答えも、予想していたものと同じ。
微笑む会長はひじ掛けのついた椅子に腰掛け、挟んでいた栞を本から抜いた。