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「顔真っ青じゃねぇか。こりゃ笑えるぜ」


笑い事ではない。本当に怖かったのだ。


「じゃあバイクどっかに止めねぇとな。あの床屋の駐車場借りてくるからちょっと待ってろ」


そう言って江藤は何のためらいもなく床屋のドアを叩いて中に入っていった。まったく、少しは遠慮というものを知って欲しいものだ。

床屋の主人に了承を得たらしく、店から出てきた江藤はヘルメットをしまった。

学校に近付くに連れて野球部やテニス部の掛け声が聞こえてくる。土日の貴重な時間を費やしてまで夢中になれるものがあるということは、羨ましくもあるが時間が勿体無いんじゃないかとも思う。

私は元々文化系なのでスポーツに打ち込んだ経験はないけれども、朝から本を読み始めて気付いたら夕方になっているような感覚で彼らは部活をやっているのかもしれない。

そうだとしたら少しはその気持ちがわかる。まぁ全て私の主観での話だけど。


「川崎は……。よし、職員室にはいねぇな」


職員用下駄箱の『川崎』と書かれた場所を開けて確かめる江藤。しかもこれがまた平然にというか、当たり前のようにやっているものだから困る。


「今日はじじいに話聞いてもらうからよ。ほら、あの生活指導の」


 以前、会長と私で山本のことを相談しに行ったときに話したあのおじいさん先生のことだ。正直なところ、あれから話をしていないので少しばかり気まずい思いがある。


「今日はいるはずなんだけどな。ちょっと教室かどっかで待ってるか」

「休日の教室って立ち入っていいの?」

「知らねぇよ。来ねぇならそこで突っ立ってろ」


 こいつはもう少しまともな言葉を選べないのかね。突っ立ってるのも江藤に馬鹿にされるのも嫌なのでとりあえず教室でしばらく時間を潰すことにした。


「やっべぇ忘れてた。ここ職員室から一番遠いじゃねぇかよ」

「そのぐらい覚えときなさいよ」

「うるせぇな」


 江藤はいつものようにふてぶてしく椅子に座ると大きな欠伸(あくび)をした。

 そういえば今日こいつと逢ってからなんとなく気になることがある。自分から私に話しかけてきたこともそうだが、今日の江藤はなんだかいつもより明るいというか、高校生らしいというか……。いつもと違う様子な気がするのは何故だろう。


「岡本」

「何?」

「昨日は悪かった」


 その意外な言葉にすぐに反応できずに間を空けてしまう。急な謝罪に驚いたことと、江藤が人に謝るということに驚いたことがその原因である。


「悪かったと思うならもうしないことね。多くの人が迷惑したわ」

「帰って反省したよ」


 反省。本当に反省したのか? 言葉でそう言うのは容易だが、それを行動に表せるのかが大事となってくる。有言実行ができない人間は信用されなくなるのは当然のこと。


「だから今日は……じじいに頭を下げる」

「……川崎には?」

「それをやっちまうとな、問題をバラすことになるか、川崎をこれ以上調子に乗らせちまうことになる」

「まぁ、確かにそうかもしれないけど」


 江藤は会長の行動の意図をもう汲んでるようだ。自分が助けられたことをしっかりと理解している。まぁ理解していなかったら正真正銘の馬鹿なんだけどね。


「俺、思うんだ」

「何を?」

「絶対に曲げられない信念を曲げないように、人と交わした約束も絶対に破っちゃいけねぇ」

「当たり前でしょ」

「うるせぇな。俺ももう馬鹿な反抗とか、意味のない抵抗を一切やめる」

「本当かしら」

「今日から、変わる」


 いつも誰かを睨みつけるようなその眼が、ただ真剣な眼差しに変わっていた。

 まだ疑う気持ちのほうが強いけど、江藤は本気かもしれない。


「アイツさ、去年俺が暴力事件起こした時に毎朝門の前に立って署名活動してくれたんだ」

「……会長が1人でですか?」

「あぁ。ちょっと仲良かったくらいのクラスの連中も、委員会で同じだった連中も俺を避けたのに、アイツだけは最後まで俺のために動いてくれた。土曜日に間違えて学校来て同じことやってたこともあったらしいぜ」

「会長らしいと言えば会長らしいかも」

「俺がこんなんなっちまっても、アイツの対応は変わってない。しゃべり方はどんどん理屈っぽくなってるみたいだけどな」


 会長も昔、学校を避けて生きていた時代がある。私はそんな経験をしていないから、理解したくてもできないことがたくさんあるだろう。でも会長はきっと、昔の自分に江藤を重ね合わせて、今度は自分が救う側になりたいと思っているんだ。


「アイツの過去は聞いたか?」

「昨日ね」

「そうか。アイツは今みたいなしっかりした人間に戻れたのに、俺が逆に堕落しちまったらがっかりさせるよな。それが嫌なんだ」

「意外と友達想いなんだ」

「大切に思うから友達なんだろ?」


 会長が言いそうなセリフが江藤の口から出るとは思ってもみなかった。

 でも、ひとつだけ確信した。2人は似てるんだ。

 すべてが、じゃない。心の奥の、一番大事なところが似通った人間なんだ。


「まぁ色々とあったがもう俺も大人になる。それで解決できることはすべてやっちまおう」

「今度こそ頼むわよ」

「あぁ」


 江藤に対する見方は少し変わった。もちろんいい方に。後は江藤が『見られ方を変える努力』をするかだ。人間の大事なところはそこにもあると私は思う。



 しばらくしてもう一度職員室に向かうと、机に向ってテストの採点だか何だかをしているような白髪の先生を見つけた。江藤がどうしてこの教師と話そうと決めたのかはわからないけど、多分会議の決定権的なものを意識しての人選だと思う。校長に次いでそれを担っているのは学年主任や生活指導の教師。実際に生徒の普段の生活をよく見ているのはおそらく生活指導なのでと、という理由だと推測する。


「おっす。じいさん」

「おお、江藤か。どうした? 今日は土曜日だぞ」

「いや、ちょっと相談があってな。悪いけど時間くれねぇか?」

「いいぞ」


 江藤があんなに気軽に話しているのに私は以前のことで恐縮してしまう。気まずい。もう一度あの件についておじいちゃんに謝罪するべきか……。


「岡本君も、前のことはもう気にしていないから、こっち来て座りなさい」


 以前の件を忘れているんじゃないかと思えるその笑顔を見て安心し、同時に反省した。あのときは『わからずやな教師』とか思ってごめんなさい。


「話ってのは他でもねぇ。昨日の授業中に窓ガラスを割ったあの生徒会長の件だ」

「ほう。その件は今まだ審議中だが何か?」

「処分はどうなる?」


 端的かつ単刀直入に問われたおじいさんは少し困ったような表情で湯呑に入れてあったお茶を飲む。これは関係のない生徒に他言していいものではないのかもしれないから、確かな答えが返ってくるかはわからない。もう少し、理由をつけて聞き出してみよう。


「あの、会長がいないと困る仕事が生徒会の方にありまして、復学の時期次第で見送るという方針で考えているのですが……」


 真っ赤な嘘だが仕方がない。もし会長が私の立場なら、仕方なしにこうするに違いないだろうから。


「そういうことか。なら教えておくべきじゃな」

「はい! お願いします!」


「一応今のところは……無期停学を考えておる」


「……え?」

 

 その予想斜め上の返答に硬直したのは私だけではない。江藤の顔にも焦りが浮かんでいる。


「おい! じじいどういうことだよ!? たかがガラス割っただけじゃねぇか!」

「それだけではないぞ」


 そう言ったおじいさんの表情が少し固くなる。


「授業を抜け出し、他のクラスの授業を妨害しておる。そして大した理由もないのに、躊躇いなくガラスを叩き割ったそうじゃないか」

「り、理由はあり……」


 そう言いかけた私に江藤が目で釘を刺す。わかってる、わかってるけど……。


「じいさん。それだけなら無期限謹慎なんてまだ割に合わねぇよな。他は?」

「そうじゃな。生徒会長という立場にいながらの行動、そして今年初めて起きた不祥事。これで軽い処分をくだしたんじゃ、見せしめにもならん」

「先生、見せしめってどういうことですか?」

「少し厳しいかもしれんが、はっきり言ってそれが停学や退学の最も大きな意味だ」


 処分は生徒の為のものではなく、学校の為のもの。確かにそうかもしれないけど、会長の今までの学校に対する貢献をもう少し考慮してくれてもいいのではないだろうか? それに見せしめだなんて……。仁義に反するように聞こえて仕方がない。


「問題を起こした人間というのは、学校側から見て邪魔でしかない。それはお前たちにも理解できるはずだ」

「できるっちゃあできるけどよ……」

「彼は非常に優秀な人間じゃが、何かあったときにあのような問題を起こしてしまう人間でもあるということがわかった。学校教育は慈善ではない。情じゃなく、規律で右か左かを判断せねばならんのだ」

「……」


 また、これだ。

 正論に違いないその言葉に、言い返す言葉に詰まる。言いたいことは本当にたくさんあるのに、あのとき以上にたくさんあるのに、言えない。


「まぁ無期限とはいえ永遠ではない。彼の反省具合や、謹慎中の課題の取り組みを見て復学を考えるという予定で案を練っている」

「それって……どれ程ですか?」

「少なくとも1か月は掛かりそうじゃな」


 1か月……? やっぱり重い!

 試験の時期と被るようだし、単位も危ないじゃないか……。

 ……何かいい案はないか? 考えるんだ……!


 何も言い返せないなんて……絶対に嫌だ!



 私が思考回路に様々な向きで電流を流し始めると、考えられないものが視界に映し出された。

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