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1 来客

この物語はフィクションです。

物語に登場する人物、団体、学校名などは全て架空のものです。

 楽しみに待っていた夏休みは、過ぎてしまえばなかったかのように短く感じた。新学期が始まると今度は冬休みが楽しみで仕方ない。おそらく私以外の他の生徒も同じことを思っているだろう。

 しかし、今年の春から私が所属することになったこの生徒会の会長は違った。

始業式の日の放課後から投書箱をチェックし、いつものようにそれが空っぽであっても溜息ひとつ吐かずに生徒会室に歩いて行く。


「お疲れ、岡本くん」


 会長の挨拶はいつも『お疲れ』だ。朝であっても昼であっても、その時間帯のテンプレートの決まり文句は使わず、決まってそのような言葉を笑顔でかけてくる。

 そして無口な私が呟くようにしか返事ができなくても、その挨拶は毎日私の耳に浸みる。


「今日から新学期だね。そろそろ生徒会も活動が多くなる時期だ」

「そうなんですか? 活動と言えば文化祭くらいしか思い浮かびませんが」

「行事的な意味ではそうかもしれないね」


 『行事的な意味』とは何のことを指すのか、と考えた矢先。


「岡本君のクラス、何か変わったことはなかったか?」


 会長の言葉に思考を遮られた。

 しかしその言葉の意味がまたしても理解できない。本人が厭味っ気のない笑顔を保っているところを見ると遠まわしに伝えてる気はないようだ。


「夏休みの浮かれ気分をそのまま新学期に持ち込んでいる奴らは多いですね」

「そのくらいの可愛いものなら頭を撫でてやるぐらいでいいさ」

「と言いますと?」

「言葉は悪いが、頭をひっぱたかないといけないような連中が増える。この時期はね」


 なるほど。ようやく理解できた。というより、生徒会の一員として理解しなければならない状況なのかもしれない。

 生徒会の一員とは言ったものの、現在は会長と副会長の私しかいない。


「特に1年生はまだ中学生の気分を引きずっているからね。更に危ない」

「危ない、と言いますと?」


 なんとなく予想できることを聞き返すのは私の癖だ。口下手な私が会話を繋げるためにやっていたのが習慣になっている。


「去年は新学期明けてすぐに数名の生徒が停学処分を受けている。警察沙汰もあった」

「夏休みにガラッと変わってしまう輩も多いですからね」

「とりあえず君がそうでなくて安心したよ」

「一応、女ですから」


 一応、と付けたのは、万が一この人の良い会長が私を男性と変わりない人間として認識していたときの保険だ。

 穏やかで常に笑顔な会長からは『恋愛』なんて言葉も想像できないけれど。


「僕からは特に今日の指示はないから、家に帰ってゆっくりしてもいいよ」


 会長は私から返ってくる言葉がわかっていても必ずこう言う。

 言う人によっては『邪魔だ』と言っているように聞こえるかもしれないが、会長からはそんなオーラは出ていない。出すはずもない。


「いえ。本でも読んでいきます」


 いつも通りの私の返事。会長は「そうか」とだけ返し、本棚から心理学の本を取り出した。

これもいつも通り。会長と私が静かに本を読むだけで、雑音や喧噪は何ひとつないこの生徒会室。私が初めてここに足を踏み入れたときから、何も変わらない。

 さっきの会長の言葉通り、これから忙しくなるとしたら何か変わるのだろうか。そうに違いないはずなのだが実感がない。放課後のこの安穏が、半年ばかりで当たり前になっているから。



 1時間と少し経った頃だろうか。読んでいた小説が第二章を終えた時、いつもと違う、いや、初めての出来事が起きた。

 物音ひとつないこの静寂に、ドアをノックする音が響く。気のせいじゃないかと思ったが、会長が席を立ち、ドアに向かっていくのを見てそれが実際に響いたものだと悟った。


「どうぞ」


 客を迎えるときも変わらぬ笑顔は、それが会長のデフォルトの表情であることを私に確認させる。

 その笑顔に出迎えられて入ってきた気弱そうな男子生徒は、申し訳なさそうな表情で上座に誘導させられた。


「何か困ったことでもありましたか?」


 相手が下級生だとしても客を迎える際は丁寧語。彼のできた人格が覗える光景だ。もじもじとした男子生徒が口を開くのを待っている会長にいらついた様子は見られない。

 そして少し気づくのが遅れたが、この男子生徒は私のクラスメイトである。名前は覚えていない。私の興味が向けられる対象ではないからか。


「学校に、来たくないんです。不登校の生徒のための制度を考えてください」


 男子生徒はそう言うと会長の目を真っ直ぐに見つめた。

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