六話
さらに数年が過ぎ、私も16歳になった。 高等部の入学式が明日に控えている。 初等部への入学の際は、はじめての学園ということで慌ただしかった。 中等部の入学の時は、入寮の準備で忙しかった。
高等部への入学は、中等部までと大きく変わることがないため特に緊張もしていないし、することも無く時間を持てあましていた。
けれど、高等部から大きく変わることが一つある。ヒロインが入学してくることだ。
子爵家の令嬢が高等部から編入してくるらしい、という情報は事前リサーチですでに掴んである。 ヒロインは子爵令嬢だったし、彼女でほぼ間違いないだろう。
あれこれ想像しても、暇であるのは変わらない。 せっかく時間があるし、シロにでも会いに行こうかな。
殿下との月一の茶会もどきは今でも続いている。 それに伴って、私とシロとの交流も今なお続いていた。
約10年もの間王城に通い続けた結果、ほぼ顔パス状態で庭園に入れるようになっていた。 大丈夫なのか、王城の警備体制。 まあ、通いつめている私でも、王家の方々以外を庭園内で見たことはないため大丈夫なのだろう。
あ、今わかった。私が異分子なのか、なるほどそういうことか。
☆
王城へ行き、庭園に入るとあのベンチにシロはいた。
シロには不思議なことがいくつかある。 その一つは、庭園は広いはずなのに必ずすぐに見つかることだ。
毎回このベンチにいるわけではない。 私も毎回ここに最初に来るわけではない。 それなのになぜか、庭園に入って5分以内には見つかるのだ。 「なんでだろうなぁ」とは思いつつも、特に害があるわけでもないのであまり気にしてはいないけれど。
「シロ、今はワスレナグサが綺麗ね」
シロとの交流のために庭園に来るようになり、私もかなり植物名の知識がついてきた。 交流によって得られた副産物の一つと言える。
シロと和気藹々と戯れていると、ふいにシロがどこかへ行ってしまった。 ああ、これは来るな、とわかる。
シロの不思議なところの一つとして、殿下が来ると絶対にいなくなってしまう、ということが挙げられる。 きっとクロード殿下は動物に好かれない体質なのだろう。
「お可哀想に」
「何が?」
おっと、思ったより近くにいたようだ。 「なんでもないです」とでも言ってごまかしておこう。
「そういえば、殿下は入学試験トップだったんですよね」
「まあ総合点で言えばね」
「おめでとうございます。 さすがですね」
「小さい頃からの教育のおかげだな」
殿下はトップはさも当然かのようである。 実際そうなのだろう。 私も幼い時から教育受けてたはずなんだけどなあ。
「けどアリア、君、国内外の文化の問題満点だったらしいじゃないか」
「ええ、少し興味があって調べていたので」
「少しなんてものじゃないだろう。 その分野は特別難しかったはずだ」
「偶然ですわ」
もちろん偶然なんかじゃない。 追放の回避が確定したわけではないし、殿下の婚約者がヒロインに決まった後、ずっと家にいるわけにもいかないから、どこかの修道院に行こうと思っている。
どこに行ったとしても生活できるよう、多様な生活様式や文化を知っていくことは必要なのだ。
つまり、あなたのせいですよ、クロード殿下。
「明日は入学式だな」
「殿下は新入生代表でしたね。緊張してます?」
「まあそれなりに」
嘘つけ。緊張なんてしてないくせに。 この殿下が何を考えて私と婚約しようとしているのか、未だに私は理解できていなかった。
「そろそろ戻らないといけないな」
「では私も帰ろうと思います」
「ああ、気をつけて」
「ありがとうございます。 では、また明日」
そう別れを告げて、家に戻った。
ワスレナグサは"勿忘草"と書きます。
花言葉は「真実の愛」,「私を忘れないで」。
「真実の友情」の場合もあるそうです。