二話
どうしよう。 今の私は本当にこの一言に尽きる。 つい先ほど日本人としての記憶――前世とでも言うのだろう――が頭の中に浮かんだところだ。
前世の私は、どこにでもいるような女子高校生だった。 まあ1つだけ特徴を挙げるとしたらある1つの乙女ゲームにはまっていた、ということだろう。
特に大きな特徴のあるゲームでは無かった。
ただヒロインのビジュアルが私の好みどストライクだった。だからはまった。なんて単純な理由なんだ。
まあ、そんなことは置いておくとして、
そのゲームの中で私アリアは、悪役令嬢だった。 王太子の婚約者でことごとくヒロインを虐めて最後には追放される、そんなよくある悪役令嬢。
そうだった。 このゲーム、悪役令嬢も美人なんだった。 ヒロインのような可愛らしさとはかけ離れているけれど美しさでは悪役令嬢が勝ってたと思う。
なるほど、私は美人悪役令嬢に転生してしまったわけである。いくら美しくても最後には追放されるのだ。 絶対いやだ。
本当にどうしよう。
今思ったんだけど、私の読んだことのある転生悪役令嬢たち、みんな理解早すぎない? 理解、っていうか自分の状況判断して身の振り方を考えるのが早すぎる。
私、まったく自分の状況受け入れられて無いんですけどーーーー????
でも、よく考えたらまだ分かんないよね。 追放されるかどうか。 幸い幼い頃に記憶が戻ったしまだ未来は変えられると思う。 そう思いたい。
よかった、このタイミングで本当によかった。 断罪の直前とかに記憶が戻っていたら最悪だった。多分泣いてた。
よし、じゃあ未来を変えるために、何をすべきか考えよう。 まず、王太子の婚約者にならなければ婚約破棄されないよね。
――――え、これじゃん。 これ出来たらもう怖いことなく無い?
結論、王太子に近づかない。以上だわ。
朝までまだ時間があるみたいだしもう少し寝ようかしら。うん、寝よう。
ちょっとだけ夢オチとかないかな、なんて期待もしていた。
☆
朝起きてやっぱりまだ記憶はあった。 うん、夢じゃなかった。 私はやはりあのアリアのようだ。
よく考えてみると、私もかなり身の振り方決めるの早かった気がする。 人のこと言えないや。
夜に考えたことって朝になると意味わかんなかったりすることがよくある。 でも今日に限っては、朝になっても気持ちは変わらなかった。
――王太子に関わらない
そんなに難しくない気がする。 そもそもこんな決意しなくても、婚約者でない私が王太子殿下に関わることなんて無いと思う。
そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。 きっとエミーだろうと思って入室許可を出すと、予想通りであった。
「お嬢様、朝食の準備が出来ております」
「今向かうわ」
朝食だ、ということで先程までの思考は完全に停止した。 食べ物に目がないことは自覚があるし、これは前世も同じだった。 仕方ないじゃない、美味しいのだもの。 侯爵家の食事だから当たり前と言えばそうなのだが。
おはようございます、と食堂にすでに揃っていた家族に普段通り挨拶をする。 それぞれ返事を返してくれるのもいつもの通りだった。
そこからもいつもの様に穏やかな会話が続いた。 だから、というわけでもないが完全に失念していたのだ。 何をって?
「アリア、茶会のことだが」
父に話を出されたとき、一瞬なんの話をしているのかわからなかった。 そして思い出したのだ、昨日の昼の出来事を。
夜に記憶が戻ったことばかりに気を取られていたが、確かに昨日の昼クロード殿下に招待していただいた茶会の話もしていた。 完全に忘れてた。
「アリア?」
と急に黙った私を不思議に思ったのであろう父に名前を呼ばれ、どこか遠くへ飛んでいた思考が戻ってきた。
が、自分で言うのもなんだがさすが侯爵令嬢、すぐ気を取り直し大丈夫です、と返事した。
いや全然大丈夫じゃないのだけれど。
殿下に関わらないという朝の決意は無駄だったようだ。 向こうから関わってこられたらたかが侯爵令嬢の私は抗えない。
先が思いやられるわ……とひそかにため息をついたのは誰にもばれていないはずだ。