一話
「もういいかい」
「まーだだよ」
エルラルド侯爵家の広い庭園で遊んでいるのは、この家の兄妹である。兄の8歳であるエドワードと、もう1人は6歳の妹アリアだ。
2人が仲良く遊んでいるのを、使用人達は優しい目で見守っていた。
「兄妹2人、よく似ていらっしゃるよな」
「ええ。おふたりとも美男美女ですし」
「将来が楽しみですね」
そんな会話をしつつも、彼らは仕事を放っているわけではない。何しろ侯爵家は広いため、遊んでいるうちにどちらかが迷子になってしまう可能性もある。それを防ぐための見守りであった。
「見つけた」
「もうお兄様、はやすぎるわ」
「ごめんごめん、次は何をしようか」
アリアは、6歳とは思えない美しさを持つ少女である。父譲りのきれいな金髪と、母譲りの空色の瞳が印象的だ。
しかし、いくら外見が大人びていても中身は6歳の少女である。鬼ごっこがいい、とはしゃぐ声がひびいている。
一方、兄のエドワードは金髪も、琥珀色の瞳も父譲りであった。ただ、顔の造形は母寄りの美形である。
――――7歳になる年から、この国の貴族は皆、学園に入学しなければならない。
13歳からの中等部と、16歳からの高等部は全寮制だが、12歳までの初等部は王都の自宅から皆通っている。
兄のエドワードは、去年初等部に入学した。まだ8歳のため、毎日自宅に帰ってきてはいるが、アリアと会える時間は減っていた。
そのため、アリアは兄と遊べる休日を大変楽しみにしていたのである。もちろん兄のエドワードも、可愛らしい妹と遊べるのを楽しみにしていた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
そう声をかけたのはアリア付きの侍女、エミリーである。
「分かったわ、エミー。 お兄様、行ってきますね」
エミリーはアリアの6つ歳上である。アリアは、エミリアのことをエミー、と愛称で呼ぶほど仲が良かった。
☆
「お父様、アリアです」
「ああ、入れ」
エルラルド侯爵家当主であるルーカスは、アリアの親だと納得できる美貌である。
ルーカスは、美貌だけでなく優れた知性の持ち主でもある。人を選ぶ力や人を動かす力は特に優れていた。
また、武術に関しても天才とまではいかないものの、侯爵家当主としては充分すぎるほどの腕前であった。
「クロード殿下から茶会への招待状がきた」
「まあ、クロード殿下から?」
「そうだ」
クロードとは、アリアと同じ歳の、この国の第1王子である。幼いながらも優秀であるらしく、王太子になるのは間違いないだろうと言われていた。
おそらく婚約者候補が集められるのだろう、とルーカスは説明している。確かに王族ともなれば、幼い頃から婚約していてもおかしくない。
「わかりました、失礼します」
部屋を出たアリアは、年相応の女の子らしく少し嬉しそうだった。エミリーはそんなアリアをみて尋ねる、
「何かいいことでも?」
「今度、殿下の茶会に行くことになったの」
「それは楽しみですね」
そんな会話をしながら自室へ向かった。
☆
その日の夜のこと。
「............え?」
眠りから急に覚めたアリアは、フリーズしていた。
「............私って悪役令嬢なの??」